金井創牧師の闇「セクハラ加担で役職解任」「沖縄教区から同志社案件を横取り」「24日に教区で謝罪も」

By Jun mishina

内閣府沖縄総合事務局は5月22日、3月に辺野古沖で転覆事故を起こした抗議船「不屈号」の故・金井創船長を、海上運送法違反の疑いで刑事告発した。金井氏は事業登録をしないまま、2023年以降、同志社国際高校から謝礼を受け取り、計6回にわたり生徒らを乗船させた疑い。この一報に対し「死人に口なしの責任転嫁ではないか」との声もある。しかし、金井氏が抗議船運航の事実上の責任者だった以上、告発対象となるのは不可避だ。そして関係者への取材を重ねると、金井氏と同志社国際高校の重大な責任が浮かび上がる。(写真=金井氏の辺野古絵葉書)

3月21日に事実婚妻と信徒らで家族葬

南城市の佐敷教会。
牧師の欄には金井創氏の名が。

ある時は反基地デモで左翼活動家のように振る舞う一方、平和学習では中高生たちに温和な宗教者の顔を見せる。転覆した不屈号の船長、金井創牧師に対して左派活動家やメディアは殉教者の如く扱い英雄視する風潮がある。だが彼はそれほど高潔な人物だったのか疑問だ。

金井氏が2006年から牧師を務めていたのは沖縄県南城市・佐敷教会。金井氏は教会の3階で、事実婚の妻K氏と暮らしていた。彼女は教職者ではないが、沖縄YWCAのスタッフであり沖縄キリスト教学院大学でも講座を担当した人物だ。

駐車場で金井氏所有のワゴン車を確認したが、ボートをけん引するフックが装備されていた。抗議船をけん引していたのだろう。関係者によれば信徒は10人にも満たないが、戦争責任告白(戦責告白)に取り組む教会として活動してきた。教会の定礎に刻まれた一文からも特徴がはっきりしている。

定礎にも刻まれた戦責告白。

仲伊保地区住民の話。

「ニュースで転覆事故を知って驚きましたよ。3月21日に佐敷教会でお葬式を開くと聞きましたが、特に連絡はなかったです。なんでも内々で執り行うということで地域の住民は弔問に行っていませんよ」

地域住民と関係が良くなかったのだろうか。仲伊保区長はこう説明する。

「関係が良くないということではありません。犠牲者(武石知華さん)もいることなので葬儀はしめやかに営まれたということです。この辺りは自治会がお香典を出すことになっているので、お葬式の後で奥さん(K氏)やそのご家族が公民館へお礼に来てくれましたよ」

地元でも反基地を呼びかけているかと思いきや、実情は違っていた。

「もともとそういう(左翼的な)教会とは知っていたけど、金井さんが基地反対活動のリーダー格だったとは全く知りませんでした。辺野古闘争なんて一言もなかったですよ。どころか金井さんは地域活動にも協力的で2024年には自治会の班長をやりました。また南城市自治会の評議員も務めて、月1度の会議では〝こういうやり方はどうでしょうか〟という感じで建設的な提案をされていました」(同前)

区長は続ける。

「あそこ(佐敷教会)の牧師で地域活動に関わったのは金井さんが初めてじゃないかな。逆に前任者の平良(修)さんは何も交流がなくて地域行事にも参加しませんでした」

辺野古沖転覆事故に関心を寄せる人ならば平良修牧師の名を聞いたことがあるはずだ。平良氏は沖縄キリスト教界における反戦、反政府、反靖国の先導者的な存在。そして金井氏の師匠格の牧師だ。仮に平良氏の存在がなければ、金井氏が沖縄の反基地闘争に身を投じることもなかったかもしれない。

平良氏は1975年に佐敷教会に赴任し、2002年まで在任。その後、2006年から金井氏が牧師になるが、関係者によれば平良氏が呼び寄せたという。

沖縄恨之碑の会講演録 「私は沖縄の牧師である」によれば、「国家その他の社会機関を超えるものとしての教会を建てること、さらに教会の公務として福音宣教と平和・人権行動に徹する教会作りを目指した」という。こうした思想の下、佐敷教会は様々な取り組みを行った。

1987年、沖縄・国民体育大会。少年男子ソフトボール競技会の開始式で地元活動家、知花昌一氏が日の丸を焼却した事件が有名だ。佐敷教会は同国体に出席する天皇の沖縄訪問に対して「天皇の沖縄訪問に反対する声明」を発した。「天皇制そのものに反対します」で始まる声明文は到底、一介の教会とは思えない。共産党や新左翼を想起させる内容だ。

金井氏は自著などで本格的に反基地闘争を始めたのは佐敷教会に赴任した2006年という。もちろん来沖以前から反戦、反体制志向を抱いていただろうが、海上抗議活動に至ったのは紛れもなく佐敷教会、そして平良氏の影響があったはずだ。

佐敷教会では、8月の平和聖日に戦責告白、また2月11日の「信教の自由を守る日」、6月23日の「慰霊の日」、12月8日「太平洋戦争開戦の日」、これらの日に最も近い日曜日の礼拝で独自の告白を朗読する。

神さま、むかし、日本は戦争をしてたくさんの国々に迷惑をかけ、たくさんの人に悲しい思いをさせてきました。戦争は勝っても負けても、たくさんの命を奪うものです。弱い立場の人たち、赤ちゃんやお年寄りが最初に命を奪われていきます。神さまが創られた自然を、戦争はこわしました。教会はその戦争の手伝いをしました。(一部抜粋)

このような告白が長々と続くが、純粋にキリスト教の教義を大切にしたい信徒にすれば違和感を覚えるだろう。これが佐敷教会だ。

教会を戦責告白に導いた平良氏にも話を聞きたかったが現在、健康上の理由から取材が困難だった。また金井、平良両氏に近い関係者ならば佐敷教会の姉妹教会、日本キリスト教団うふざと伝道所(うふざと教会、南城市大里)の島しづ子牧師を挙げておきたい。島牧師は現在、佐敷教会の代務だ。また島氏も沖縄YWCAで平和学習プログラムの講師を担当する。

金井氏についていくつか疑惑を聞いていたので盟友たる島氏からも説明が欲しい。同教会2階の牧師宅で島氏を直撃してみた。

「取材はお断りします。そんな話(金井氏に関する疑惑)は嘘です。警察を呼びますよ」

「どうぞ。警察官立ち会いの上で事実関係を確認しましょう!」

すると島氏は階下に降りながら退去を迫る。彼女は名古屋市内の教会時代から言動は過激、金井氏に並ぶ活動家肌の牧師として有名だ。反体制、反権力を叫ぶ島氏が「警察」にすがるという。牧師ならば説法でなぜ立ち向かわないのか? 残念ながら「警察」と叫んだ島氏の姿は聖職者ではなく単なる高齢の活動家だった。彼女の活動についてはまだ指摘したいことがあるが、それはまだ先の話である。

金井氏、同志社から平和学習プログラムを直請け!

金井氏所有の車。ボートのけん引用フックを装備。

辺野古の海は美しいが危険と隣り合わせだ。地元の漁師やボート所有者も異口同音に海の脅威を語る。

「事故当日の波は3mだっけ? あの船でしょ。オレなら2.5mで船を出してくれと言われても断るよ」(名護市内のボートオーナー)

地元住民が必ず口にしたのは事故現場の海域にある「リーフ」だ。リーフとはサンゴ礁や岩でできた海の棚のこと。海岸近くはリーフによって浅瀬ができ一見すると穏やか。だがリーフの外側、つまり外洋に出ると一気に深くなる。そしてリーフと外洋の切れ目は沖に向かって強い流れとなる。転覆したのはまさにリーフと外洋の切れ目だ。

熟練の操船者ならばこの切れ目を避けて通るが金井氏や平和丸の諸喜田タケル船長にそこまでの技術はなかっただろう。そもそも船の専門家でもないし、気象条件もよくない。

もともと辺野古の海が危険であることは金井氏自身が承知していたはずだ。『キリスト教文化』(2014春)に寄稿した「沖縄-貴い隅の石」でも辺野古湾の危険性を綴っている。金井氏の著書『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』でも同様の記述があった。以下に引用する。

辺野古の海は恐ろしい。砂浜に立って沖を眺めると、エメラルドグリーンの実に美しい南国の海が広がる。しかし、船で航行するとなると様相は一変する。(中略)潮の満ち引きによって航行するのが極めて危険な個所が隠れ潜んでいるのが辺野古の海だ。ベテラン漁師に言わせると「辺野古の海は難しいよ。ここで一か月(船の操縦を)やったら、他の海で一年やったのと同じだよ」ということだ。

この通り危険性を十分、理解していた。しかし当時は支援者、シンパに向けた「危険アピール」の意図があったとみた。要するに海上抗議は自然的リスクも伴う状況の中で行われていると訴えたかったのだろう。だからこそカンパもあり、また『琉球新報』や『沖縄タイムス』などメディアからは「取材」という名の「広報支援」も受けられた。

どれほどの収益になったかはともかく、抗議船の絵葉書まで作っていた。まるで土産屋だ。金井氏は牧師というよりもはや〝反基地観光案内人〟といった方が相応しい。

金井氏の絵葉書。カンパ1000円で入手。

問題はなぜそのような危険が伴う抗議船に高校生らを乗せたのか、だ。活動家や野党関係者、寄り添い取材のマスコミ関係者ならご自由に乗船すればいい。仮に事故にあってもさぞかし本望だろう。ところが危険な海域、未熟な船長、事業登録がない船、こんな危険な状態で生徒を送り出した同志社国際高校は一体、どう遺族に謝罪し、責任を取るつもりなのか。

一方、亡くなった金井氏を刑事告発したことについて〝死人に口なし〟で金井氏に責任転嫁し幕引きと考える向きもある。また金井氏が所属した日本基督教団に責任を問う声も少なくない。当初、筆者もそのように考えていたが、取材してみると意外な実情が見えてきた。

それにはまず日本基督教団沖縄教区における金井氏の立場について説明しなければならない。

2017年頃に話題になったいわゆる「#Metoo」(セクハラや性的暴行などの性犯罪被害の体験を告白・共有する活動)を覚えているだろうか。性暴行を許すなの声はキリスト教団体も無縁ではなかった。

その2017年に聖路加国際病院にチャプレンとして勤務する日本基督教団所属のA牧師が女性患者にわいせつ行為を行うトラブルが発生。そして2022年に牧師と病院に110万円の賠償命令が下る。ところが判決後も金井氏は「A牧師を支えて守る会」に協力的でA牧師の冤罪を訴えたという。

金井氏知人がこう明かす。

「金井氏の言動について被害者側から日本基督教団本部や沖縄教区に抗議があったのです。教団内で調査した結果、金井氏へ謝罪を求めることになりましたが、当の金井氏は謝罪を拒否。しかも教団内にはシンパの左派牧師もおり、金井氏への処分について異を唱えたのです」

教団役員が対応に苦慮する一方、金井氏は抵抗し続けた。

「こんな状況にあって金井氏は支えて守る会のSNSにいいねをつけてしまったのです。これが火に油を注ぐ形となり、被害者側の反発をさらに強めました。金井派との板挟みになった議長は鬱病に追い込まれたほどです」(同知人)

さらに問題は続く。同知人が語る金井氏と同志社国際高校との関係を知って驚いた。

「結局、金井氏は謝罪がなかったため、2024年に沖縄教区は金井氏を役職から外しました。それから沖縄教区(沖縄キリスト教センター)でも平和学習プログラムを実施しており、同志社国際高校もその参加校の一つだったのです。そこで教区は金井氏に対してセンターが保有するボートや機材の使用を禁じました。ところが金井氏にすればむしろ〝願ったり叶ったり〟だったのでしょう。驚いたことに金井氏は同志社国際高校から平和プログラムを〝直請け〟したのです」

国交省の報道発表資料によれば金井氏は2023年以降(2025年を除く)、同志社国際高校から依頼され合計6回、生徒らを抗議船に乗船させていた。また資料によれば金井氏は学校側から依頼文を受け取り、いずれの年も謝礼を得ていたという。金井氏が同志社国際高校から直接受託したことの証左だろう。

プロテスタント系「会衆派教会」の流れを組む同志社が日本基督教団沖縄教区に不義理をした格好だ。事故後、日本基督教団にも批判が殺到したが、教団にすれば転覆事故は「とばっちり」だったかもしれない。

いわばフライングのような形で金井氏は同志社案件を請けた。平和学習の世界もパイの食い合いだ。金井氏は沖縄キリスト教センターのプログラムに関わっており〝抗議船船長〟という立場から存在感が高まったのだろう。同志社国際高校と個人的につながって修学旅行のプログラムを直接、受注したわけだが、教区からすれば〝横取り〟同然。それも聖路加国際病院問題で教団、教区に迷惑をかけたにもかかわらず、後ろ足で砂をかけるようなものだ。

無論、同志社国際高校の対応も大いに疑問である。抗議船に乗船するという危険極まりない活動を金井氏個人に委ねたのは危機管理意識の欠如といったレベルではない。学校長や担当者の社会常識やモラルを疑うのは筆者だけではないはずだ。

なお余談だが、彫刻家・金城実氏のアトリエ見学も金城氏個人と同志社国際高校の長年のつながりで行われてきた。だが金城氏とは交流の深さや歴史が違い過ぎる。それに抗議船と異なりアトリエ見学だから身辺に何ら危険性はない。金城氏との取材については別稿に譲る。

24日総会で処遇が決まる予定だった

同志社国際高校から平和学習プログラムを沖縄教区から奪った格好の金井氏。それに加えてA牧師の支援団体に協力したことへのトラブルもあって同教区とは距離を置いていた。さらに金井氏には女性問題も取り沙汰され、民事訴訟寸前までいったケースもあったという。ところがこれも闇に葬られた。

基地闘争、そして不屈の船長として左翼活動家やメディアの間では擁護する意見も根強い。傍からみれば抗議活動は対決姿勢を演出しているようにしか見えないが、それでも心酔する人は少なからず存在する。

沖縄を背負って生きるとは、自分に何かができると気負って生きることではない。そうではなく、あきらめずにここに立ち続けることではないか。結果的に押しつぶされても逃げないこと。しかもヒロイズムに酔うことなく。なぜならイエスはみじめに負け続けたのだから。そのイエスが私たちの主なのだから。(「沖縄-貴い隅の石」より)

むしろ金井氏からは溢れるばかりのヒロイズムが伝わってくるのではないか。デモの渦中で配送業者の通行を妨害して、SNSでそんな横暴を誇る。ヒロイズム以外の何物でもない。 

そんな金井氏も自身が守ろうとした辺野古の海に散った。 

そこで不謹慎であることを承知であえて言おう。金井氏の死に限っては実は神による彼への〝救済〟だったかもしれない。

先の金井氏知人がこう明かす。 

「2024年に聖路加国際病院問題で沖縄教区の役職を解かれました。そして2年間の経過期間を経て、本来ならば今年5月24日、教区の総会に金井氏を招集して再度、謝罪の意思を問う予定だったのです。そこでもし金井氏から謝罪があれば沖縄教区としては役職に戻す意向でしたが、おそらく彼は拒否したでしょう。謝罪するメリットがないからです」 

筆者も金井氏は謝罪しなかったと予想する。辺野古闘争で名を挙げた金井氏には教団内にも信奉者が多い。それに沖縄教区といえども佐敷教会の人事に介入できないため事実上、金井氏の単立教会だ。牧師の地位も守られている。今さら謝罪し、役職に戻る必要性がない。それに同志社国際高校という〝太客〟もいるから収入も見込める。 

もっとも彼は召天した以上、謝罪を求められることもなくなった。逆に金井氏が存命だった場合、どうなったのか。 

転覆事故の犠牲者が金井氏ではなく、平和丸の諸喜田タケル船長ならば…。今頃、金井氏は針の筵どころではない。何より高校生を犠牲にした責任が問われるのは当然のこと。そして金井氏は取り調べを受けることになる。教区と距離を置き、辺野古闘争で自由奔放に振る舞ってきた活動家・金井創には耐えられない屈辱。 

それだけではない。金井氏がなぜ同校から直接、平和学習プログラムを請け負うようになったのか公になれば双方にとって不都合な話。ところがもはや金井氏は同志社国際高校との関係を説明する必要もない。 

全ての秘め事は金井氏とともに辺野古の海に沈んでしまった。金井氏の死は神の救済といった意味が理解してもらえただろう。ただしこの神はあまりに残酷で、何の罪もない若い命を巻き添えにしてしまった。 

なお金井氏の行動について日本基督教団沖縄教区にコメントを求めたが「取材は教団にお願いします」ということだ。

以上が金井氏と辺野古闘争、同志社国際高校を取り巻く問題点の概要、全体像である。詳細は来月発売の『季刊宗教問題』をぜひご覧頂きたい。 

Jun mishina について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

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