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同和地区指定を拒否した全国水平社初代委員長の故郷(同和と在日2011/7)

By 鳥取ループ
鳥取ループ(取材・文) 月刊同和と在日2011年7月号

近江八幡駅で見つけた張り紙。

その日、筆者はJR近江八幡(おうみはちまん)駅に降り立った。目的は1つ、ある地域が同和地区指定を辞退した背景を調べるためである。

「声に出して読みたい「同和と在日」文献の旅」では、滋賀県近江八幡(おうみはちまん)市若宮町(わかみやちょう)のことを採りあげた。「近江八幡の部落史―くらしとしごと」によれば若宮町は被差別部落であったが、1969年に同和対策事業を辞退することを市議会に請願して可決されて以来、国の同和対策事業が終わるまで同和地区として指定されることはなかった。そして、一昨年の近江八幡市議会で冨士谷(ふじたに)英正(えいしょう)市長は「要は若宮町は正直に申し上げまして、以前といいますか、被差別部落という言葉がありました。でも、若宮町の場合は同和地区というのを指定を返上されたというふうに理解をしてるん」と発言した。

本誌では主に同和対策事業に着目して同和とは何かということを解明してきたが、同和を理解するためには逆に「同和でない」地域を知ることも必要であろう。そこで、部落解放運動のゆかりの場所でありながら同和地区指定されなかったという少し変わった歴史的背景を持つこの地区に興味を持ったわけである。

前の記事でも触れたとおり、近江八幡市では、部落解放同盟の不正会計問題を期に、冨士谷英正市長が地元との協議をせずに、隣保館など同和事業関係の施設を全て閉鎖した。なので、同和色は薄くなっているだろうと思っていた。しかし、駅のトイレに入って驚いた。そこには「差別落書きは犯罪です」「お互いの人権が尊重される差別のない明るい社会をつくりましょう」という張り紙があったのだ。「事業はなくなっても差別はまだある」そんなメッセージがそこから発せられているように思えた。

駅前に出ると、早速「近江八幡市人権センター」という案内板が出ていた。人権センターは駅のほど近くにあり、ちょうどこれから向かう方向と同じなので、とりあえず立ち寄ってみることにした。それに、この手の施設には大抵図書室があり、いろいろな意味で興味深い資料が見られるのではないかと思ったからだ。

センターの中に入ると、いきなり職員に「どんなご用でしょうか?」と声をかけられた。とりあえずは、正直に取材目的でやってきたことを告げた。しかし「若宮が同和地区指定されなかった理由を知りたいんです」と直球に言うのも何だったので、「若宮町を取材したいのですが。何でも水平社初代委員長の南(みなみ)梅吉(うめきち)の出身地だそうなので」と答えた。

「ああ、でも南梅吉はほとんど京都に住んでいたので、若宮に行っても何にもないよ」

職員の返事はそっけなかった。

「公民館とかに資料はありませんか?」

「若宮に公民館はないよ。自治会の草の根ハウスがあるけど、あそこは職員が常駐してないから今行っても閉まってる」

そこで、持ってきた「くらしとしごと」を見せると、「そのことなら市史編纂(へんさん)室に行ったほうがいい」と、市史編纂室の場所を案内してくれた。しかし、諦(あきら)めきれなかったので「南梅吉のこと以外も地元の人から聞いてみたいんですが」と言うと、こんな答えが返ってきた。

「それは難しいんじゃないかな。若宮は未指定地区だからね」

普通、行政職員があそこは同和地区だとか、ましてや「未指定地区」などということは言わないものだが、トップの市長が議会で公言してしまっているのだから、今さら配慮する必要はないということなのだろう。職員にしきりに市役所の方を指さされつつ、愛想笑いをしながらセンターを出た。しかし、筆者は彼らの助言を無視して若宮の方向へと一直線に進む。あそこまで言われてしまうと、ますます行きたくなるのが人情というものではないか。

田んぼの中に浮かぶ島

若宮の中心部にある教信寺の門。中には立派な本堂がある。

「くらしとしごと」では、若宮は「船の着かん港」と表現されている。しかし、地図で見るそれは港というより“島”という表現がしっくりくる。近江八幡駅の南側に広がる田んぼを海に見立てるなら、その中にぽつんと若宮の集落が島のように存在している。とは言っても若宮は非常に大きな集落だ。

線路沿いに西に向かい、途中から白鳥(しらとり)川に沿って南に向かうと、右側に大きな若宮の集落が見えてきた。さらに田んぼの中にある農道を通って、いよいよ若宮町に入った。駅から歩いて20分ほどであろうか。部落にありがちな洪水を起こしそうな川が近くにあるわけでもなく、急斜面にあるわけでもない。駅まではずっと平地なので、駅まで自転車で毎日通うとしてもそれほど苦にならないだろう。近江八幡駅が新快速停車駅であることを考えれば、悪くないどころか、むしろ恵まれた立地にある。

集落に入ると、そこは拍子抜けするほどごく普通の田舎の村だった。大きな家もあり、小さな家もあるが、当然ニコイチ住宅や公営の団地のようなものはなく、見るからに悲惨はあばら屋というのもない。ちょうど筆者の実家の周囲もこのようなところで、田舎育ちの筆者には懐かしさを感じさせる風景だ。しかし、それでいて寂れているわけでもない。

集落の中ほどまで来ると、立派な寺が現れた。寺の名前を見ると「教信寺(きょうしんじ)」とある。これが文献(部落解放研究(2003年8月))に出てくる「十座村(じゅうざむら)の教信寺」だ。寺の境内には黒い石版があり、そこに本堂の改築にあたっての寄付者の名前が刻み込まれた石版があった。石版には「南」姓の名前がずらりと並んでおり、南梅吉の故郷に来たということを実感させられた。また、200人くらいの名前が刻み込まれた石版が3枚もあり、この集落の大きさを実感させるものでもあった。

田舎の集落とは言え、これだけの大きさになれば酒屋もあればコンビニ(セブンイレブン)もある。工場もいくつかあり、集落のはずれにある鉄工所は見るからにフル稼働中であった。しかし、一歩集落を出れば一面の田んぼである。旅館でもあれば泊まってみたいところだが、さすがにそれはないのが残念だ。集落の端には東海道新幹線の高架が貫いており、新幹線が通過すると、さすがに風切り音が聞こえる。

しかし、ここに来た目的は観光でもなく、歴史に思いを巡らせて感傷にひたるためでもない。さっそく住民に聞き込みを開始し、この地に詳しい人物を探し始めた。玄関に「身元調査お断り」というステッカー貼られた家があったが、今回は別に個人の身元を暴露しようということではなく、市議会でも公言されているように「若宮町が同和事業を辞退した」背景を知りたいだけなので、何もやましいことはない。そう自分に言い聞かせながら取材を続けた。

地元住民によれば、若宮町には市議会議員が1人いたのだが、既に亡くなってしまったのだという。それでも、この地に詳しいという有力者に会うことができた。

こんな大きな在所、隠せるわけないやんか

「うちのとこは、同和問題には敏感やで」

開口一番言われたのがこの言葉だった。さらに、本誌「同和と在日」の見本を見せるとさらに表情が硬くなり、「こんなカタい名前の本に書いていらん」とまで言われる始末だ。しかし書く。

若宮は世帯数が多い割には田んぼが少なく、160反の田んぼに対して農家が100世帯くらい、平均すると1世帯あたり1.6反(16アール)程度であったという。一方で産業として鹿子(かのこ)絞(しぼ)り(小鹿の斑点のような模様の染め物)があり、自営業で財を成した家がいくつもあった。ただ、中国や韓国から安価な衣料が入ってくるようになると、鹿子絞りの産業は廃れた。

部落全体では決して豊かではないとは言え、極端に貧しいというわけでもなかった。1954年に近江八幡市が発足する以前、桐原(きりはら)村だった頃には地区から村長を出したこともあったという。

早速、今回の本題である冨士谷市長の市議会での発言のことと、同和対策事業を辞退した経緯を聞いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。

「ウチは被差別部落だということは認めとる。別に寝た子を起こすなとか言うつもりはない。だいたい、こんな大きな在所(ざいしょ)、隠せるわけないやんか。300世帯くらいあるのに。あんたにはとても言えんような差別もあった。ただ、同和事業はやらんかった、それだけのことや」

国の同和対策事業が始まるということになった昭和40年代はじめ頃、地区指定を受けるかどうかで地区内の意見が割れた。しかし、最後は青年団を中心にあがった「物貰(もら)いみたいなことはしたくない」という意見が勝った。もちろん、今さら部落ということを蒸し返してほしくない、つまり「寝た子を起こすな」という考えを持つ人もいたが、そのことは一面にすぎないという。それよりも、極端に貧乏しているというわけでもないので、自主独立でやれるという思惑があったのだ。また、当時は同和事業を受けるためには解放同盟を組織する必要があったが、意見が割れたので、組織することもできなかったという。

「物事は何でもそうやけど、右向け言うたってみんなが右を向くわけはないやろ」

ただ、2009年から翌年にかけて部落解放同盟滋賀県連の名簿が流出する事件があったときに、支部名の一覧も出て、その中に若宮支部があった。そこで、あれは何なのか聞いてみた。

「特措法が切れる2年くらい前、平成11年のことやったかな。5、6人くらいが解放同盟の若宮支部をあわてて作った。やるんなら本気でやれ、支部員の名簿を見せろと言ったけど結局出てこなかったな。そんな調子だから「若宮の名を名乗るな」という声まであがった。特措法が終わってからは活動してないね」

無論、共産党系の全解連や保守系の同和会のような組織もできなかった。

「同和会なんて、名前からして“同和”って看板出してる時点でオレは同和だって役所を脅す気満々やろ。被差別部落だからという理由で役所から金をもらうのは本当の解放やない。その点若宮は同和事業の金はもらってない。1円も。そういう意味でうちは100%純粋な解放運動をやった。それだけは誇れる」

とにかく「同和」という言葉は不快であるかのような反応をされてしまう。「ここは部落かも知らんけど同和ではない」ということなのだ。本誌「同和と在日」への拒否反応もそうなのだろう。

しかし、同和事業を辞退したことの代償は大きかった。八幡(はちまん)、大森(おおもり)、堀上(ほりあげ)など周囲の「同和地区」は国の予算でどんどん整備されていく一方で、若宮は事業から取り残された。同和対策事業は3分の2が国の予算で行われる。それが一般対策なら、全て市が負担しなければいけない。近江八幡市の人口は8万人程度で、同じ滋賀県内の草津市のように人口が急増してどんどん企業が進出しているわけでもないから、特別に金がある自治体でもない。そこで、「同和地区」ではない若宮の事業は後回しになった。

「だけど、それはおかしいちゃうか。同和事業を辞退したからって、それは何にも事業をするなということではない。他の地区が新幹線なら、うちはどんでいくということで、同和事業でなく一般事業をやってくれと市にいったのに、なかなかしないから市議会であんな質問が出た」

若宮を含め、JR東海道線から離れた近江八幡市南部地域は未だに下水道が来ておらず、ぼっとん便所である。また、土地改良の補助の対象になるのは3反以上の田んぼという制約があったため、前述のとおり1件あたりの田んぼの面積が小さい若宮は土地改良事業を断念し、自前のポンプ小屋で用水をくみ上げているという。その一方で、若宮が被差別部落ということは周囲では有名過ぎるため、若宮は同和事業をやったと勘違いしている人もいて「自力で整備した道路でも、まるで行政の金でやったかのように言われることがある」と憤る。もちろん前述した教信寺の改築も、全て住民の寄付によるものだという。

「市にやってもらったのは、アスベストを使っているからということで、古い水道を改修してもらったくらい」

ただ、同和事業を辞退したことは後悔していないし、市を恨(うら)んでいるわけでもないという。

「たぶん市も後ろめたいところがある。一方でウチは市に借りがない。だから市に対して何でも言えるんや」

自主独立という「解放運動」

「部落問題人権事典」(部落解放・人権研究所編)には、未指定地区についてこう書かれている。

 未指定地区になった経緯については,さまざまな理由がある。第1に行政機関の部落問題に対する消極的姿勢,第2に地区住民の間で*という声が強いこと,第3に,ある程度豊かな地区であったため,に主たる力点を置いてきた同和対策事業の実施の必要がなかったため,などが挙げられる。第3の理由による少数の場合を除いて,未指定地区では,同和対策事業が未実施のまま,劣悪な生活実態が放置されている。

しかし、これはおかしい。客観的に見て「劣悪な生活実態」があるのなら、同和地区であろうとなかろうとそれを行政が放置してはいけないはずだ。しかも、事業を受けるためには「ここは同和地区である」ということを宣言し、なおかつ部落解放運動団体を組織する必要があるのなら、同和対策事業の目的は住民の生活向上ではなく、莫大な同和対策予算をエサに部落解放運動団体の組織を拡大することだったのではないか――そんな疑いさえ感じてしまうのだ。

「事業はみんな、解放同盟があって声の大きいところにいってしまった」

若宮の有力者が語るように、声の大きい人ばかりが得をし、控えめにやっていると取り残されるという実態があったのだ。そのような状況は今でもあまり変わっていないように思う。

ところで、滋賀県内の有名な「未指定地区」は若宮以外では栗東市の小柿(おがき)、近江八幡の御園町(みそのちょう)がある。そして、地区指定されなかった小さな集落は他にもたくさんあるという。しかし、その中でも若宮の規模は最大だ。

「たぶん、こんな“隠れ在所”は他にないですよ。大きさでは全国一やと思いますわ。それに、人の出入りもあまりないから“純粋”やしね」

特定の地域を指して「あそこは未指定地区だ」という噂はネットなどでしばしば流れるが、確かに若宮ほど大規模な集落は聞いたことがない。しかも若宮の場合、意図的に地区指定を受けなかったのだから「未指定」というのには語弊がある。同和地区指定を辞退した地域というと、どうしても「被差別部落ということを蒸し返したくない」「解放運動をやりたくない」という消極的な理由であろうと勘ぐってしまうが、おそらく若宮の場合、同和地区指定を積極的に辞退し、自主独立路線で進むことが「解放運動」のやり方であったのだろう。

地区指定を受けなかったために、事業からは取り残されたわけだが、逆によかったこともあるという。

「これほど大きな在所やから、もし事業してたら権力争いになってたやろうね。だけど争って得るもの自体がなかったからそれもなかった。よその地区だと、二戸一を払い下げるという話があるけど、それなら自分でローン借りて家建てた人は馬鹿みたいだってもめてるでしょ。うちはもちろんそんなこともない」

近江八幡でも同和地区には二戸一の同和向け市営住宅が多数建っている。一般開放するか、住民に払い下げるかどちらかをしないといけないのだが、仮に二束三文で住民に払い下げるようなことをすれば、苦労して自分の家を建てた人よりも、手っ取り早く市営住宅を借りた人のほうが得をするということになってしまうのだ。

ところで、とある行政関係者からは、中学校の先生曰(いわ)く「スクールウォーズみたいなフィクションなんか目じゃないゼ!」というコメントがあった。これはどうなのか。

「子供が30人くらいおるからね。それだけの人数になればやんちゃなこともするわな」

ということだ。

若宮という地域も問題を抱えていないわけではない。しかし、そのほとんどは「在所」だからというよりは、おそらくは地方の農村であればどこでも抱えているような問題である。若宮の事例から見えてくるのは、地域が同じ問題を抱えていても「同和地区」であれば厚い手当を受けられ、そうでなければ後回しにされる、そういった不条理だ。

「まあ、何かよい解決方法が見つかれば、また来てください」

最後にそう言われて、筆者は若宮を後にした。

以上で、若宮探訪は終わりである。率直なところ、「書いていらん! 若宮ということを出したら抗議する! 書くなら書きっぱなしじゃなくてうちらと一緒に戦ってくれ」と言われている。

若宮と同和事業の問題は、いわゆる「未指定地区」に限るものではなく、様々な地域に当てはまるだろう。例えば昨今話題になる限界集落の問題、僻地(へきち)や離島等々。それらについて、声の大きいところばかりが優先され、本当の意味で住民の生活や、あるいはその土地の住人を守ることにより国土を守るという国益が忘れられているのではないかと思うことがある。まして、事業を受けるためには「ここは差別される地域です」と宣言しなければならないとすれば、事業自体が別の問題を生むことになる。「同和」という色眼鏡で地域を見るのではなく、純粋な目で地域の実情を把握することは、そのような意味で重要なことだ。

多少方向性の違いはあれど、本誌はそのために戦いまくっていると自負している。だから書く。(鳥)

匿名で企業に圧力大阪芸大「人権問題論」講師北口学の「エセ同和行為」(同和と在日2012/2)

By 鳥取ループ
鳥取ループ(取材・文) 月刊同和と在日2012年2月号

クリスマスに登場した謎のブログ

2011年のクリスマス、いつものようにネットで調べ物をしていたところ、奇妙なブログを発見した。ブログのタイトルは「blog」とあるだけ。ブログ作成者の名前も書かれていない。しかし、その内容は本誌の批判…というよりは、一方的な罵倒(ばとう)に近い。以下はその一部(原文のママ)だ。

三品(みしな)純(じゅん)と宮部(みやべ)龍彦(たつひこ)(鳥取ループ)恥文出版?

岐阜の集いに参加したというレポートを最近発表したと聞きます。内容はひどいものとも。被差別当事者たちと行政の人々が「これは許せない!」と声を挙げている彼等の行動、そのどの部分が行き過ぎなのかという検証もなく、有頂天(うちょうてん)で喜んでいる底の浅さにあきれていると。確かに自分の取材能力の乏しさ、人権運動に物申すと、えらそうに喧伝(けんでん)しながらの不勉強さには恥をまき散らしている事に自覚がないのでは?と神経を疑うわけです。いや、個々人宅をグーグルマップでマーキングした地図をネット公開しているという論外の行動は、どのような弁解もできないでしょう。本人たちも、その後ろめたさはあるのか、その件にかんする、その最悪の自身の行為には言及無しとか。

そもそも、問題ない、避難されるべきものではないと、幼児のような誤ったへりくつで自己正当化していますが、問題のない行為に法務局や行政担当者が彼等とコンタクトとるはずもないわけです。

「差別はない」と記述して、むごいネット公開をしながら、差別の存在を知っているわけで、差別者が喝采(かっさい)をあげるような雑文や悪質情報を提供し、金銭を得るという神経や行為は許されるのもではないでしょう。(以下略)

ブログには既に複数の記事が投稿されてた。最初の記事の日付は12月13日なので、ブログの作者が日付を変更していなければ、この時期から作られているのだろう。「岐阜の集いに参加したというレポート」というのは本誌電子版2011年12月号に掲載した「実況中継! 同和と在日がゆく「部落解放研究第45回全国集会」レポート 」のことだろう。そして、筆者がグーグルマップを利用して作成した同和地区マップにも抗議している。

ブログは1つだけでなく「宮部龍彦(鳥取ループ)と三品純」「クラフト」といったタイトルで同じような内容のブログがいくつか作られ、「両者に対する多くの批判HPが存在します」として、相互にリンクされていた。しばらく放置して様子を見ていると、数日の間に内容がエスカレートし、本誌の電子版を配信している会社(株式会社GNN)に対しても、役員の実名と共に「悪質な差別煽動(せんどう)をしては、注目を集め、電子書籍販売で儲(もう)けている」と非難した。

同時期の12月27日、部落解放研究集会にも参加していた清見(せいみ)久夫(ひさお)氏のブログに「このところ、鳥取ループの差別行為や差別地図の問題やらに抗議、反論するブログやHPが幾つかみられるようになっているようです。」という記事が書かれた。また、「blog」からリンクされているページに「私は 鳥取ループ氏による さまざまな差別行為に 強く抗議します」というタイトルのものがあった。このページの作者が清見氏であることはおそらく間違いない。なぜなら、清見氏のホームページ「わたしたち発メッセージ」と同じソフトを使って全く同じ方法で作られており、清見氏独特のデザインだからだ。このページが作られた日付は、12月12日となっている。

サーチエンジンで調べてみると、これらのサイトに全く別のサイトからリンクされている様子はない。このことは、これらのサイトがネットではなく「現実の世界で」連携している人々によって作られているか、あるいは1人の人物の自作自演で作られていることを意味していた。

インターネットの人権問題の専門家!?

そして大晦日(おおみそか)から年越しにかけてのこと。普通なら、家族と一緒に過ごして、年越しそばを食べて、年が明ければおせちを食べるところだろう。そういう筆者も家で酒盛りをしていたのだが、時々あの「狂気のブログ」の更新状況をチェックしていた。

まるで「1日1記事書くぞ!」と自分自身にノルマを課しているかのように、大晦日もブログは更新され続けた。さすがに元旦くらいは休むだろうと思ったら、元旦も更新されていた。しかも、ブログの数がさらに増え、10記事くらいがまとめて投稿されていた。驚くべきはその投稿時刻で、1月1日の午前5時から7時にかけてのことである。つまり、このブログの作成者は怨念(おんねん)と共に年を越し、それをネットにぶつけながら初日の出を迎えたわけである。

ここで、作成されたサイトの一覧を紹介しよう(括弧(かっこ)は利用されたサービスプロバイダ。タイトルは原文のママ)。
「私は 鳥取ループ氏による さまざまな差別行為に 強く抗議します」(忍者ツールズ)
「宮部龍彦(鳥取ループ)と三品純」(teacup)
「blog」(忍者ツールズ)
「クラフト」(FC2)
「鳥取ループに“NO”を言おう!SAY NO TO TottoriLoop」(アメブロ)
「鳥取ループによる人権侵害に抗議します」(teacup)
「ねっと世直しレディース隊」(goo)
「reikomamaのブログ」(Yahoo)
「japanHRのブログ」(アメブロ)
「鳥取ループ宮内龍彦・三品純は悪質すぎる差別主義者」(ライブドア)
「反差別の日記」(はてなダイアリー)
「鳥取ループ=宮部龍彦まとめサイト」(FC2)

なお、これらのサイトの内容は全て保存しており、筆者のブログ(//tottoriloop.miya.be/?p=1402)からダウンロードすることができる。

問題はこれらのサイトの作成者が誰なのかということだが、最初は全て清見氏によるものではないかと疑っていた。清見氏と言えば、筆者が作成した同和地区マップを削除させようと当初から行政やグーグルに働きかけてきた人物である。しかし削除要請に法的根拠はなく、グーグルも応じなかったことから、その努力はことごとく徒労に終わっているため、動機は十分にあった。

しかし、元旦に投稿された記事や新しく作成されたページを分析していたところ、清見氏とは別の人物の名前が浮上した…というよりは特定された。ページの作成者はアップル社のマッキントッシュを使っており、パソコンのユーザー名に「KITAGUCHI GAKU」を設定していた。マッキントッシュは購入して使い始める時にユーザー名を設定するのだが、日本語の場合は入力した名前と同時に、名前の読みのローマ字が設定される。私が思い当たる人物で「KITAGUCHI GAKU」と読める名前は部落解放研究集会で清見氏と共に会場から発言していた「北口(きたぐち)学(まなぶ)」氏だけだ。北口氏はグーグルマップに付随する機能である「ストリートビュー」を批判しており、清見氏との関係も深いことから、十分に動機がある。さらに、サイトを作成したと思われる人物のネット上の接続記録を調べた所、大阪府内のケーブルテレビ会社の回線でアクセスしており、これもマッキントッシュを使用していた。北口氏はマックユーザーであることを公言しており、大阪芸術大学の講師であることから、プロファイリングとよく一致する。

部落解放研究集会の取材記録を読み返したところ、北口氏は「多くの人が嘆(なげ)き悲しんで、差別が再生産されていることを理解いただきたい」「意識調査などで、まだ差別があるんだというデータがある」「インターネットでは言論の自由というものはない」ということを語っており、穏やかな語り方が印象に残っていた。確かに、ブログの内容は北口氏の主張と全く同じだ。また、もし最初から喧嘩腰(けんかごし)で来るような人物であれば、匿名で罵倒するというようなことをせず、面と向かって非難してくるだろう。そう考えてみると、ああ、やっぱりという印象であった。

北口氏と言えば「インターネットを利用した人権侵害」の専門家のはずである。北口氏は、2010年10月29日に鳥取県湯梨浜町(ゆりはまちょう)で『「デジタル時代の人権」~インターネットの差別と闘う~』と題した講演を行なっている。案内チラシには講演内容としてこう書かれている。

近年、インターネット上では匿名性を悪用した様々な人権侵害が行われている。

また、加速する技術革新に人権を守るための対策が追いつかない現状も指摘されている。

こうした問題について、長年調査・研究された内容をもとに、問題点の解説や、私たちがどう対応していくべきかについて、インターネット初心者にもわかりやすく、最新の情勢を解説。

本当に専門家であれば、インターネットは必ずしも匿名ではないということも知っているはずだ。インターネットにアクセスすれば、あらゆるところにアクセス記録が残るし、別の形でも個人を特定できる「痕跡(こんせき)」が残ることがある。電子掲示板などで犯罪予告をすれば、ほとんどの場合突き止められてしまうし、捜査機関によらずとも「人肉(じんにく)検索」と言ってネット上で「痛い発言」をした人の身元が、様々な情報からたちまち特定されてしまうことも度々あることだ。北口氏は、それを知った上で「匿名」のブログを開設したのだろうか。仮に北口氏が本気で匿名のつもりでブログを開設していたとすれば、そのような人物が“自称”専門家として一般向けの講演を行い、「インターネットは匿名である」「匿名だから何をやっても分からない」というような間違った知識を教えてきたことになるだろう。

北口氏が作成したサイトの1つ。タイトルは「鳥取ループ宮内龍彦・三品純は悪質すぎる差別主義者」(ライブドアブログ)。

2011年12月、PR TIMESが行った意識調査が話題となった。違法行為や社会のルールに背(そむ)く行為を匿名と実名でそれぞれネットに投稿できるかどうかを年齢別に問うものである。すると、年齢により明らかに意識の違いがあった。20代では匿名と実名であまり違いはないのに対し、30代では匿名で投稿できるとした人が実名の場合の2倍あった。原因の1つに、リテラシーの違いがあるだろう。若い人ほど「ネットは匿名ではない」ということを心得ているのに対し、年齢が高いほど「ネットは匿名だ」と誤解しているのである。北口氏の年齢は分からないが、少なくとも若くはない。

また、北口氏は「月刊部落解放」2011年11月号で「インターネットの差別の現実と不可欠な法制定」という記事を書いている。その中で、こう述べている。

人権擁護(ようご)を願い反差別を誓(ちか)う人々にとって、閲覧は苦痛とも、くだらない不愉快な「トイレの落書、無視すべきモノ」とも語られてきた匿名掲示板やネット上の差別先導や多様な差別。しかし、著作権侵害や、マスコミ報道に誘発された無責任なネット上の発言によるセカンド・レイプ、個人情報流出や炎上、誹謗(ひぼう)中傷などもふくめ、インターネット上の差別と人権侵害は幅広く巨大で、いまやわが国のきわめて深刻な人権問題といえるでしょう。

そして、おそらくはこの記事を書いた何ヶ月か後には、皮肉にも自分自身が「匿名」でブログを開設して「誹謗中傷」を書き込んでいるわけである。

これで思い起こされるのが、福岡県立花町(たちばなまち)の差別ハガキ自作自演事件だ。その目的と趣旨は違えど、自分が非難してきた行いを、自分自身で行ってしまったという点で共通している。「世の中にはこんな差別が満ち溢(あふ)れているんだ」ということを反面教師とするのではなくて、「世の中はこれだけ悪いやつばかりなのだから、自分も悪いことをしてもいいだろう」と考えてしまったか、あるいは「自分が差別されている、あるいは差別と戦っているのだからそれに対抗するためなら何をしても許される」ということなのだろう。

しかし、筆者は北口氏のように匿名で、しかも批判する相手とは直接関係ない人を罵倒するようなことはしない。筆者が作成した同和地区マップについても、それを規制することができないことは公の場で正当かつ民主的な手段を使って証明してきたつもりだ。北口氏の言う「差別」はどこにも存在していない。自分で勝手に「悪」を作り出し、それを見て自分の中に悪心を増しているだけではないだろうか。

90年代の“言葉狩り”にも関与

北口氏に関して見過ごせないのは、1980年代から90年代にかけてメディアで行われた「言葉狩り」の一端を担っていることだ。朝日ジャーナル(1990年12月)には「アメリカ発・差別ゲームの受け入れられ方「ランド・オブ・ニンジャ」はひどい!!」、続いて部落解放(1991年2月)には「『ランド・オブ・ニンジャ』の差別性」と題した記事を「差別とたたかう文化会議会員」という肩書きで発表している。

要はアメリカ製のテーブルトークRPGに昔の日本を舞台としたものがあり、その中で穢多(えた)や非人が差別的な表現で(とは言ってもほとんど当時考えられていた史実通りなのだが)登場するのは問題だということで、日本の発売元であるホビージャパンに抗議して発禁にさせたという内容だ。

それにしても、興味深いのは当時から北口氏が驚くほど進歩していないことだ。当時の「部落解放」に、北口氏はこう書いている。

国際社会。文化や民俗、国家やイデオロギーを超えた世界の反差別運動・人権擁護の闘いの連帯が重要なこの時代は、対話や相互理解、違いの尊重がいっそう重要となっている。そして人類的視野にたった人権意識がもっとも重要なことは、いまや国際社会での常識となっている。まさしく人権が世界のキー・ワードとなっている。

そして、20年後に北口氏が「株式会社GNN」を非難する文章としてブログに書いたのがこれだ。

あきれたものだ。

国際的な事業展開をしているのなら、人権問題がいかに大切なのか分かるはずだ。日本国内の人権活動や政府、自治体が国際的なネットワークや人権潮流の中で展開されている事を理解できないのだろうか? 特に国境を簡単に越えるインターネットという舞台で展開される宮部龍彦と三品純の差別煽動(せんどう)、差別情報流布は永遠にインターネット世界に残ってゆく。全世界の人権問題に関心を持つ市民(普通の常識や感性を持つ全世界の人々)が、進歩する翻訳(ほんやく)ソフトを活用しながら、鳥取ループこと宮部龍彦と三品純の悪質な行動を知り続けている。そして日本の人権問題を考える人々は、鳥取ループこと宮部龍彦と三品純の類例を見ない悪質な差別を全世界に訴え、批判を強めてゆくと思える。

彼等二人を支える企業が「株式会社GNN」であるなら、それ相当の全世界からのイメージ低下は避けられないだろう。

2つとも特徴的なキーワードは「世界」ということだ。どうも北口氏の世界観では、日本以外の国々は人権擁護活動に熱心で、日本はそこから立ち遅れている。だから、世界にアピールすれば同和地区マップを世界の人々が非難するはずだということだろう。

しかし、少なくとも筆者が把握している「世界」はそうではないように思う。部落問題は、世界でも日本だけのことで、さらに日本の中でも一部の地域の問題に過ぎない。ただでさえ日本でも広く理解されているとは言いがたい問題が、ましてや世界に理解されているわけはない。また、場所を隠すことが人権擁護につながるという考えは世界的なものではない。むしろ、場所に限らず情報を隠すことは、非民主的で人権を侵害している政府が行うことと認識されているだろう。実際、同和地区マップをグーグルが消さないのもそういうことだ。

それにしても、だからと言ってマッキントッシュのモニターに向かって匿名で怨念をぶつけながら、クリスマスを過ごし年を越す北口氏の姿は想像するだけで不気味だ。しかも匿名で、議論の相手とは関係ない企業に圧力をかける行為は「エセ同和行為」と全く区別がつかないどころか、そのものと言って過言でないだろう。北口氏は、おそらく彼が考えているところの「人権擁護活動」と「エセ同和行為」が大して違わないことを証明してしまった。

また、「言葉狩り」というと、「ただ言葉尻をとらえて非難しているわけではない、文脈が大事なんだ、意識を変えて人権を尊重することが大事なんだ」という反論があるだろう。しかし、北口氏の行動からは、とにかく自分の主張を押し通すためには手段を選ばず、相手に社会的な制裁を加えて黙らせようという意図が見え隠れする。ただ単に「黙らせる」ということが目的ではなく、相手に対する意識改革が目的であれば堂々と反論し、世間に受け入れられなければ潔(いさぎよ)く身を引けばよいだけのことである。結局、言葉狩りは言葉狩り以上の何物でもなかった。これもまた北口氏自身が証明してしまったのではないだろうか。

倉吉(くらよし)市役所
「市役所まで来て謝罪してください!」

ブログの作成者が北口氏であることは間違いないのだが、念のためプロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求をブログ運営会社に対して行った。この手続を行うと、開示請求があったことが本人にブログ運営会社から伝えられる。そのためかどうかは不明だが、ほとんどのブログは同時期に一斉に閉鎖された。開示請求をしていない会社のサービスを使って運営されていたブログも同時期に閉鎖されたので、これは同じ人物が複数のブログを「自作自演」で立ち上げていた事を証明するものだろう。

とにかく本人に直撃すべく、北口氏の勤務先である大阪芸術大学を通して接触を試みた。北口氏は火曜日の「人権問題論」の授業を担当している。授業の前後に講師控え室に電話してみたが、残念ながら本人が出てくることはなかった。大学の担当者に聞いてみたところ、非常勤であるため、いつ大学のどこにいるか把握することは難しいという。

次に、北口氏と連絡を取り合っており、サイトの作成にも一部関与していると見られる清見氏に電話で事情を聞くことを試みた。しかし、「来客中」として電話には応じず、その後留守番電話で北口氏のことで事情を聞きたいことを伝えるも、清見氏からの連絡はなかった。

さらに、北口氏に連絡をとるべく、事情を知る可能性のあるもう1人の人物への連絡を試みた。部落解放同盟倉吉市協議会副執行委員長で、鳥取県倉吉市役所職員でもある下吉(しもよし)真二(しんじ)氏である。下吉氏は清見氏のことをよく知っており、部落解放研究集会では壇上(だんじょう)で同和地区マップを批判する発表を行なっていた人物だ。

早速、下吉氏が所属する倉吉市役所人権政策課に電話したところ、下吉氏は不在だったのだが、電話口に出た職員に「あなたのせいでたくさんの人が迷惑している」として2時間近く絡(から)まれてしまった。職員は「同和地区出身」を自称しており、名前を聞いても名乗らなかった。鳥取県では同和地区マップを消させるために、県下の自治体が対策会議を行っているのだが、倉吉市もそんな自治体の1つで、おそらくは「最も熱心に取り組んでいる」自治体の1つだ。

「法律上はあの地図を削除する権限がないことはご承知ですよね。勝手に対策会議をやっているだけではないですか」

と言うと、

「法律がなければ何でもやっていいわけではない。差別を受けている人がいるから見過ごせない」

という答えであった。さらには「市役所まで来て謝罪して欲しい」という始末だ。

「誰が差別を受けているんでしょうか?」

と聞くと、

「私の姉が大阪で結婚していて部落出身ということを隠している。もし知られて親戚関係がおかしくなったらどうするんだ」

ということであった。

「そういう考えも差別でないでしょうか。そんなに気になるなら自分から部落出身と言ってしまえば済むことではないですか」

と言うと

「部落民と言うことがどれだけ重いことか知っているか!」

というような答えが返ってきた。そして、とにかく「市役所まできて謝罪しろ」の一点張りである。筆者もさすがに頭に来て「この税金泥棒が!」と一喝すると。

「いまの発言は差別で、私に対する人権侵害です」

という反応であった。そして、「こういうことを知ったら親や職場の人はどう思うのですか」というように延々と筆者に説教するのであった。

後に、この職員は前田(まえた)寿光(としみつ)人権啓発係長であることが分かった。彼も下吉氏と同じく部落解放同盟倉吉市協の役員である。つまり、倉吉市では人権政策課に部落解放同盟の役員が2人いるのだ。

いわゆる「同和べったり」に見える自治体でも、役所は一応は中立性を保っている場合が多い。しかし、倉吉市の場合は文字通り「市役所が部落解放同盟」という状態である。しかも部落出身を名乗って差別だ人権侵害だと言って相手に義務のないことを要求するのであれば、これも北口氏のやっていることと同様に、エセ同和行為と違いがない。あまりの対応のひどさに、職員に名前を聞いたのだが、最後まで名乗ることはなかった。自分から部落出身を自称しておきながら「部落民と言うことがどれだけ重いことか」というのもおかしな話だが、「匿名で罵倒する」ことに何の疑問も持たない役所に何を言っても無駄であった。一連のブログのことも伝えたが「把握していない」としながらも、「あなたが地図を載せるからそういうことをされる」といったような対応であった。

結局、周辺から清見氏や北口氏に「早まったこと」をしないように忠告してもらうことは断念せざるを得なかった。

本人に直撃!
「お答えするべき内容とも思えません」

しかし、さらなる調査を続けたところ、幸運にも北口氏について知る人物から彼の連絡先を知ることができた。早速、北口氏の携帯に電話し、事情を聞いた。

「年末から正月に私が所属する会社を非難するようなブログを作成されたようですが、どういった目的で作成されたのですか」

「そういった問題については、私と話すのではなくて弁護士に話してもらったほうがいいのかなと思うのですが。それと、宮部さんとは一度お話ししたいと前々から思っていまして」

北口氏からいきなり発せられたのは「弁護士」という言葉だ。北口氏は終始落ち着いた口ぶりで、ブログのことについては否定も肯定もしないのだが、明らかに動揺していた。普通なら、いきなり弁護士という言葉は出てこないだろう。また、弁護士を通せと言っておきながら前々から話をしたかったとは、どういうことだろう。

北口氏は、その後「寒いですね」と言いながら雑談をふってくるのだが、そのうち株式会社GNNの話になった。北口氏は筆者が会社の取締役であることや、社長のプライベートなことなど、筆者とは直接関係ないことを自分から話してきた。とは言っても、ネットで検索すればすぐ分かる程度の話ばかりなのだが。そして、「あなたと会社とは無関係と言えるんですかね」「誤解と解きたいので会社に電話したい」という。そう言われたところで、筆者としては「どうぞ」と言うしかない。そして、核心的な質問をぶつけた。

「あのブログを作ることで、私を会社から辞めさせて、私的な制裁を加えて黙らせようということでしょうか」

それに対する北口氏の答えは、

「いえいえいえ、あなたはお仕事でちゃんと稼いでもらわないと大変じゃないですか。仕事がなくなったら困りますよね。そんなことを望んでいないですよ」

である。

その後、北口氏とはメールでもやり取りを行ったが、ブログのことについては結局、

「不思議な電話とメール内容で驚いています。精査して勉強させていただきます。ご質問にお答えする義務も、お答えするべき内容とも思えません。あしからず」

ということであった。

北口氏、倉吉市にも共通することであるが、どうも筆者がこそこそ著述活動を行なっていると考えているらしい。そして、ネットで調べれば分かる程度の情報を暴露すれば、ダメージを加えられると考えているようだ。しかし、読者はご承知のとおり、筆者は事業として行なっており、むしろ「宣伝歓迎」という姿勢である。また、1人の人間でも別々の「立場」があり、それが常に関係があるとは限らないということを理解できていないようだ。例えばその人の「出自」が「結婚」や「就職」には関係がないように。

長年人権問題に取り組み、行政や大学でインターネット上の人権問題についての講師を務める人物が本誌を批判するために選んだ手段が匿名ブログの乱立…。怒りというよりも情けなくなったというのが率直な感想だ。次はくれぐれも「匿名のつもり」ではなく、正面から手応えのある批判をしてくることを期待したい。(鳥)

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※示現舎電子書籍ショップ版は試験的に読み上げ音声を付けています。音声にはIDを埋め込んでいませんので、知り合いに送るなど、ご自由にお使いください。

今回は九州を大特集。
長崎市で盲導犬「アトム号」が失踪。一方で虐待疑惑が取り沙汰され、地元紙は虐待説を非難。真実を求め現地からのレポート。
北九州市ではあの「松尾城」への潜入を試みた。
そして、長らくお待たせした旧立花町差別ハガキ自作自演事件を追った連載「自演」がついに完結。
ほか

目次
●拡大版リベラルな電波グラビア館
・風雲! 松尾城
・長崎原爆慰霊碑の横に解放同盟の碑も並ぶ
●大炎上!盲導犬「アトム号」失踪事件 住民を引き裂いた「西日本新聞」の“暴走”
・消えた盲導犬・アトム号はどこへ?
・西日本新聞の報道によってさらに大炎上
・寄付で成り立つ盲導犬事業に募金箱制作費440万円は必要か?
・盲導犬と警察犬を混同する記事に関係者も怒り心頭
・眼鏡橋がある風景で起きたアトム騒動
・怒りの白杖はくじょう! 中濱さん「ハンパねえ…」
・アトムを世話できなくなったのは家族の事情?
・アトム失踪後、「天罰」の怪文書も出回った
・メディアが訴える美談、感動話の欺瞞ぎまん
・西日本新聞記者「路上放尿はアトムのため」って?
・ケジラミ、ノミ、ダニにも困っていたアトム号
・性善説すぎる盲導犬事業の制度
・戸惑う県と協会、住民にとって障害物でしかないメディアと
●シリーズ「自演」立花町連続差別ハガキ事件 最終回
・「闘いからは何も生まれんよ」
・逮捕の1年前から内部犯行説が出ていた?
・事件の原因は“同和利権”ではない
●鳥取市の謎 同和減免対象区域を公開させられるか?
・同和減免はおそらく違法、しかしそれはまた別の話
・公開すると差別につながるという説明がどこまで通用するか