元TOKIOの山口達也氏を講師に招いた栃木県下野市の人権教育講演会。その講演料は1回で40万円。それを市は当初「法人の正当な利益を害するおそれがある」として黒塗りにしたが撤回して開示した。そして、国の機関である法務省はスケールが大きい。人気クイズ集団QuizKnockに1672万円で「人権クイズ」動画を発注。納品された配信結果報告書に記録された視聴回数はたったの7.6万回だった。
筆者が情報公開請求で入手した文書をもとに、各地の人権啓発事業の費用と効果を検証すると、共通する構造が見えてくる。自治体の人権講演会の「定番講師」であるスマイリーキクチ氏の講師料20万円も、たどれば法務省の委託金である。具体的な「効果」は未測定で、とりあえず「やっている感」を出すために行き場を失った人権予算が浪費されている実態がある。
講演料は「企業秘密」 下野市が黒塗りにした40万円

2025年(令和7年)11月22日、下野市の石橋体育センターで市主催の人権教育講演会が開かれた。講師は山口達也氏。演題は「セカンドチャンスを目指して~再出発を後押しする社会に~」、定員600名・入場無料の事前申込制で、東京新聞や号外NETも開催を前に取り上げていた。
開示文書によれば、契約の相手方は「株式会社山口達也」(東京都港区赤坂)。2025年7月25日付の見積書は363,636円(税抜)、8月8日に「人権教育講演会講師派遣業務委託」として400,000円(税込)で契約している。予算書上の委託料枠は44万円だったから、執行率は約90.9%。枠のほぼ上限で収まる、行政ではおなじみの数字である。
問題は、この金額がすんなり出てこなかったことだ。筆者は2026年1月12日、「講演会に係る一切の文書(参加要請、予算の内訳等)」を下野市に公開請求した。ところが1月26日付の部分公開決定では、法人の印影とともに「見積・契約金額」が非公開とされた。理由はこうである。
法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるため。(下野市情報公開条例第7条第3号ア該当)
市の主催行事で、市の予算から支払われる講演料である。それが「企業秘密」だというのだ。筆者が4月28日に審査請求を申し立てたところ、その手続が終わる前に市は2026年6月26日付の変更決定で金額部分を開示した(印影は引き続き非公開)。結局、半年がかりで開示された40万円は、隠すほどのものではなかったのである。タレント講師の「相場」が知られると困るのは、市ではなく講演ビジネスの側であろう。
それを裏付けるように、開示文書を送ってきた6月29日付の送り状には、見過ごせない一文が添えられていた。
※今回の変更決定にあたり、関係機関へ意見照会を実施したところ、「雑誌やSNS等への投稿は控えていただきたい」とのご要望がございましたので、本件公文書について適切なお取り扱いをお願いいたします。
「関係機関」とぼかしてあるが、変更決定に際して意見照会をする相手といえば、非公開の当事者だった受注者側と考えるのが自然だろう。言うまでもなく、情報公開条例に基づいて開示された公文書は、誰が請求しても同じものが出てくる公開情報である。その使い道に「投稿は控えて」と注文を付ける法的根拠はどこにもないし、市がそんな「ご要望」を検閲まがいに請求者へ取り次ぐ筋合いもない。講演では「再出発を後押しする社会」を説きながら、その講演料の公表は控えてほしいというのなら、いささか虫のいい話である。本稿がこのご要望にお応えできていないことは、ご覧のとおりだ。

なお、審査請求は金額の開示を受けて取り下げることにした。市からは、件名まで印字済みの取下書様式と料金受取人払の返信用封筒が、行き届いた手回しで送られてきた。裁決で争うより、開示して取り下げてもらった方が早いという判断であろう。それ自体は責めないが、最初から開示していれば済んだ話である。
山口氏の経歴は周知のとおり。2018年に強制わいせつ容疑で書類送検され(示談成立により不起訴)、ジャニーズ事務所との契約解除、TOKIO脱退に至った。2020年9月には酒気帯び状態でバイクを運転して乗用車に追突し、道路交通法違反で罰金35万円の略式命令を受けている。2023年3月に株式会社山口達也を設立してからは、自身のアルコール依存症の経験を語る講演で全国を回っており、木津川市の人権フェスタ、本庄市の人権教育研究集会など、「人権」を冠したイベントの常連講師になっている。不祥事で表舞台を去ったタレントの「セカンドチャンス」が自治体の人権講演会である、というのは象徴的な光景だ。FLASHは講演の全国行脚のスケジュールの過密ぶりを報じており、しかも1回あたりこの講演料。庶民感覚なら内心では儲かって笑いが止まらないだろう。
その40万円の効果はどうだったのか。開示文書には、参加者数もアンケートも実施報告も見当たらない。定員600名が満席なら1人あたり667円という計算はできるが、実際に何人が来て何を持ち帰ったのかを示す記録は、少なくとも「一切の文書」を求めた開示請求では出てこなかった。
1回20万円の「定番講師」 スマイリーキクチ氏講演の財源は国の委託金
下野市の講演会の6日前、2025年11月16日には、愛知県岡崎市の図書館交流プラザりぶらホールで市の「人権講演会」が開かれている。講師はタレントのスマイリーキクチ氏。演題は「インターネットと人とのかかわり合い」、定員250名・入場無料である。
キクチ氏は、ネット掲示板で約10年にわたり殺人事件の犯人であるかのように中傷され続けた当事者で、その体験は著書にもなっている。現在は「一般社団法人インターネット・ヒューマンライツ協会」の代表として、ネット中傷やSNSの危険性を語る講演で全国を回る。中傷被害の当事者が体験を語ること自体に、文句を付ける筋合いはない。注目したいのは、カネの流れの方である。


岡崎市の開示文書によれば、講師料は1時間40分の講演に対して20万円。しかし、その他の費用も含めるとその倍以上の金額がかかっている。
例えば旅費は東京−東岡崎間の新幹線代19,860円。下野市と違って岡崎市は金額も積算内訳も最初から開示しており、この点は率直に評価できる。事業費458,000円の内訳には、チラシ2,000枚、ポスター200枚、啓発物品のボールペン300本とクリアファイル300枚、託児委託料、そして「演台生花」16,500円まで計上されている。演台に飾る生花である。ちなみに支出命令書を見ると、講師報償金の予算現額22万円に対して支出は219,860円、予算残額は140円。下野市の執行率約90.9%といい、この世界の支出はいつも予算枠のきわで止まる。
見逃せないのは財源だ。この講演会は市の単独事業ではなく「地域人権啓発活動活性化事業」、すなわち法務省の人権啓発活動地方委託事業として実施されている。原資は国費であり、後述するQuizKnock動画と同じ人権啓発予算の系統から、全国の自治体の講演会にカネが流れ落ちる構造になっている。
そしてキクチ氏は、この種のイベントの「定番講師」である。講演依頼.comやシステムブレーンなど複数の講演仲介会社にプロフィールが掲載され、自治体の人権講演会から弁護士会の記念行事まで、公的セクターの依頼が絶えない。全国の自治体が毎年律儀に「人権講演会」を開き続ける限り、1回20万円の講師料は安定した収入源になる。需要を作り出しているのが税金だという点で、これは通常のタレント業とは異質のマーケットだ。ついでに言えば、被害を受けた側の体験を語るキクチ氏が20万円で、不祥事を起こした側の「再出発」を語る山口氏が40万円。キクチ氏に対しては失礼かもしれないが、公金講演の相場は、伝える内容の重みではなく、タレントとしての知名度によって決まっているように見える。
効果の記録はどうか。参加予定数は実施計画書で300人、講師依頼文の定員は250名。予定どおり埋まったとしても1人あたり事業費約1,500円という計算になるが、例によって、実参加者数もアンケートも開示文書には見当たらなかった。
随意契約の条件は「QuizKnock仕様」 法務省の1672万円動画
その法務省が直接発注するとなると、ケタが二つ違う。法務省人権擁護局が発注した「若年層を対象とした人権に関する学び及び人権擁護委員とインフルエンサーとの対話を通じた人権擁護委員制度の周知・広報用動画の制作・配信等一式」。受託者はQuizKnockを運営する株式会社batonで、契約金額は16,720,000円(税込)である。

発注の背景として法務省の仕様書は、人権擁護委員の認知度が令和6年度調査で35%にとどまり、特に若年層で著しく低いことを挙げる。成果物はYouTube動画1本(おおむね15分程度)、Web記事3本、Xポスト1回、それにバナー類。これで1672万円だ。見積書の品目・単価は全て黒塗りで、分かるのは小計1520万円と消費税152万円だけ。1672万円の内訳は、国民には見せられないらしい。

仕様書は妙なところで几帳面である。動画に起用する配役は「過去に人権侵犯事件の相手方となったこと及びその他人権救済手続の申立て等を受けたことがない者」に限られ、「人権を軽視するような言動」も禁じられる。国は動画出演者の過去まで審査するのだ。性犯罪がらみの不祥事で失脚したタレントを人権講演会の講師に迎える自治体とは、ずいぶんな温度差である。
契約方式は競争入札ではなく随意契約である。開示された理由書には、受託者たるインフルエンサーの「必須条件」が並ぶ。いわく、登録者数「125万人以上(全小中高生1213万人の1割相当以上)」のSNSを有すること。直近1年以内に「閲覧回数125万回以上の投稿が10以上」あること。そして「過去5年以内に、他の複数の行政機関において、本調達と同様のクイズ形式による広報を目的とした発信を行った実績があること」。
クイズ形式で、複数の官公庁案件の実績があるインフルエンサー。どう読んでもQuizKnockのための条件である。理由書自身が「条件を満たせる者が『QuizKnock』以外にいない」と結論しているのだから、条件から相手を選んだのではなく、相手に合わせて条件を書いたと見るのが自然だろう。なお、法務省とQuizKnockのコラボは2024年、2025年に続く3回目で、もはや固定の取引関係である。発端はといえば、令和4年度の行政事業レビューで外部有識者から「インフルエンサーを活用したプッシュ型広報」の必要性を指摘されたことだと理由書は説明する。事業の無駄を洗い出すはずのレビューが、特定インフルエンサーへの1672万円発注のお墨付きに化けているのだから、皮肉なものである。
スケジュールも見事に「年度末」だ。調達依頼書の起案は2026年(令和8年)1月9日、決裁は1月20日、履行期限は同年3月31日。令和7年度当初予算(人権擁護業務庁費)を、年度末までの2か月半で企画から納品まで駆け込みで執行した形である。
動画「『人権』でガチ早押し!」は3月23日、QuizKnockのサブチャンネル「QuizKnock会議中」で公開された。随意契約の決め手は登録者数125万人以上のチャンネルを持つことだったが、仕様書が掲載先に指定しているのは、登録者260万人超の本体チャンネルではなく最初からこのサブチャンネルである。納品された配信結果報告書(3月25日正午時点)の数字は次のとおりだ。
| 指標 | 数値(2026年3月25日正午時点) |
|---|---|
| YouTube視聴回数 | 7.6万回 |
| Xインプレッション | 41,684 |
| Xいいね | 1,091 |
| Xリポスト | 64 |
| Xブックマーク | 22 |
| Web記事PV(3本) | 黒塗り(1本は公開前のため「なし」) |
報告書は公開からわずか2日後の数字で締められている。仕様書が納期を3月26日と定めているのだから当然だが、つまり法務省が契約上受け取る「効果測定」は、最初からこの2日分だけなのである。しかも開示された報告書で読み取れるのは、実質この表の数字だけだ。仕様書は視聴回数のほかに総再生時間、視聴者維持率、視聴者の属性(性別、年齢等)の報告を求めているが、開示版の報告書では、YouTube施策のページが視聴回数などを残してまるごと黒塗りにされており、これらの数値は一つも確認できない。「若年層の認知度向上」を掲げた事業なら、若年層に届いたかどうかを示す属性データこそ効果の核心のはずだが、それも国民には見せられないらしい。
では、どんな成果物に1672万円が支払われたのか。Web記事のタイトルは「『お寺』はすべての市区町村にある?ない?」「AI時代の注目ワード『ニューラルネットワーク』って?」「働く人のための『〇〇ない権利』。あなたも使ってる?」の3本。これが仕様書の言う「ターゲット層が能動的に人権について学べるWEB記事」である。プレスリリース案によれば、お寺の記事は「人権擁護委員が全国各地で活動している身近な存在であることを学ぶことができる内容」だそうだが、タイトルから人権にたどり着ける読者がどれほどいるだろうか。X施策はといえば、「人KENまもる君・人KENあゆみちゃんのポスターは何省で作成しているもの?」というクイズを#PR付きで1回投稿。添えられたヒントは「人権に関する様々な取り組みをしている省です!」。ほとんど答えである。
本稿執筆時点(2026年7月3日)の視聴回数は約9.8万回。単純計算で1再生あたり約170円になる。理由書は令和5年度のQuizKnock動画が「150万回以上再生」された実績を随意契約の根拠に挙げていたが、今回の動画は3か月余りたっても10万回に届いていない。なお仕様書は受託者に「適切な動画広告運用を行うこと」を求めているから、再生数を広告で買うこともあると取れる。
「実施したこと」だけが成果になる
同様の講師支出は、探せばいくらでも出てくる。米子市は、人権・同和教育研究集会の記念講演として龍谷大学の金尚均教授に謝金12万円を支出している。録画を職員研修の教材に二次利用しており、1回の講演を使い回す発想自体は、単発で消える講演会よりは筋がよい。もっとも、その研修は常勤職員にほぼ一律に視聴とレポート提出を課すもので、実際の視聴者数もレポートの中身も開示文書からは分からない。効率的に「実施したことになっている」点では変わらないのである。

あわら市の講演会チラシ
あわら市の「パートナーシップ宣誓制度啓発大使」花華院姫子氏の講話は5.5万円と少額だ。これも知名度に応じた金額に見える。啓発大使の設置要綱によれば大使への「報酬は支給しない」と定めており、必要と認めた場合の「謝礼金等」という形で支払われている。定員30名の講話であるから、満席でも1人あたり1,833円。無報酬の名誉職という看板と、講話のたびに謝礼が出る実態との間には、それなりの距離がある。
額も形態も様々だが、どの開示文書にも共通して見当たらないものがある。参加者数、アンケート、そして効果の検証である。唯一まともに数字が出てくるQuizKnock案件ですら、契約上の効果測定は公開2日後で打ち切られ、視聴者の年齢も維持率もWeb記事PVも黒塗りのままだ。40万円の講演も1672万円の動画も、財源は同じ税金である。民間企業が1672万円の広告を打てば、費用対効果を問われずに済むことはあり得ない。
ある事情通によれば、平成半ばごろまでの人権啓発活動等委託費の地方委託分はさらにひどく、人権と関係すらない高額事業も少なくなかったという。これでも昔に比べれば、まだましになったほうらしい。
人権啓発の世界では、事業を「実施したこと」自体が成果であり、その先を問う者がいない。だからこそ、不祥事タレントの再出発の受け皿となり、被害体験を語る「定番講師」の巡業先となり、インフルエンサーにとっては手堅い官公庁案件であり続ける。個々の講演の中身が良いか悪いかは、実は本質ではない。公金が需要を作り、公金が相場を決め、効果は誰も測らない。まれに測った数字も、黒塗りで隠す——そういう「講演ビジネス」が税金を土台に成立してしまっていることこそが問題なのだ。効果を測らない事業は、効果がなくても誰も気付かない。
そして、何よりも「人権」が看板に掲げられているがゆえに、差別者認定されそうで怖くて批判しにくいということが大きいだろう。



