近年は名護市辺野古が沖縄の反戦闘争の中心地になったが、かつては読谷村が象徴の地。1987年、沖縄県読谷村で開催された沖縄国体の会場で地元活動家、知花昌一氏が掲揚された日の丸を引きずり降ろし、焼却した事件は今も語り継がれる。知花氏は何我寺(ぬーがじ)を開山し、反戦活動に協力的な真宗大谷派の僧侶として地元で活動。同寺に取材を申し込んだが療養中で叶わず。周辺を取材し現在の知花氏を追った。(写真=読谷村の何我寺)
沖縄闘争のルーツ、読谷村

筆者が小中学生の頃、沖縄の反戦教育、教材と言えば主に「ひめゆり学徒隊」「対馬丸」、そして「読谷村」だった。難読地名が並ぶ沖縄で「ヨミタンソン」と読めるのもその影響だろう。
戦時中、沖縄北飛行場の制圧を狙って1945年4月1日、米軍が侵攻し上陸。凄惨な地上戦が始まったのは読谷村なのだ。集団自決が行われたチビチリガマは平和学習の定番コースである。
現在の読谷村は「村」といっても約4万人を抱え国内で人口最大の村。現在の発展した街並みは戦時中の悲劇を感じさせない。
知花昌一氏は沖縄闘争のルーツ、読谷村生まれ。沖縄大学在学中から学生運動に関わっており、卒業後はチビチリガマの集団自決について独自に調査してきた。知花氏の名を全国に知らしめたのは、1987年の第42回国民体育大会で起きた「日の丸焼却事件」。読谷村のソフトボール会場に掲揚された日の丸を引き下ろし、焼き捨てたとして、建造物侵入、器物損壊、威力業務妨害などに問われ有罪判決を受けた。
もう一つの顔が「反戦地主」である。読谷村の米軍楚辺通信所、通称「象のオリ」内に土地を所有していた知花氏は、米軍用地の強制使用に反対し、土地返還を求める闘争を展開。1996年には使用期限切れを受けて返還を求めて提訴した結果、2006年7月31日、同施設内の知花氏所有地の一部236㎡が返還された。
政治家としては、1998年から2010年まで読谷村議会議員。2012年に僧侶となり、真宗大谷派何我寺を開いた。知花氏が住職になってからも国旗掲揚問題で朝日新聞、毎日新聞、沖縄2紙などが取材に訪れている。
沖縄闘争に関わる活動家の中では群を抜いた知名度を持つ知花氏だが、現在の辺野古闘争をどう思うか聞いてみたい。そこで何我寺を訪問したが夫人によれば脳梗塞により療養中で取材に応じる状況ではないという。
法人沖縄恨(はん)之碑の会でも活動

知花氏は2012年に軽い脳梗塞を起こした。その後、回復して活動も続けたがここ数年は再び、悪化したという。そのせいか2022年頃からマスコミ等の露出が消えた。日の丸焼却事件の時の秘話を聞きたかったものだが、残念だ。沖縄地上戦の経験世代も世を去って行く中で、昭和の闘士たちも高齢化が進んでいる。
せめてもと思い、知花氏の寄稿文などをもらった。
『東本願寺沖縄別院たより』(2023年3月)に寄稿した知花氏。
仏典に登場する想像上の鳥「共命鳥(ぐみょうちょう)」の説話を紹介している。共命鳥は一つの体と二つの頭を持つ鳥のこと。頭同士が仲違いした後、片方が毒を盛ってもう片方を殺そうとした。ところが体は一つなので自分にも毒が回ってしまったという説話だ。
「私もこうやって誰かを悪者にして自分を追い詰めてはいないだろうか」そういう風に考えてしまいます。命を共に。阿弥陀仏からの問いかけに私は応えられているか、忘れないようにしていきたいです。
また朝鮮人労働者を祀った恨之碑(読谷村瀬名波)の保存会「NPO法人沖縄恨(ハン)之碑の会」の共同代表としても活動。同会が発行する『ポンソナ通信』(2020年5月号)に寄稿。日韓関係の悪化について日本政府の対応を批判している。
ただ主張を見てもいわゆる左派活動家にありがちな内容で、日の丸焼却事件と「象のオリ」で名を馳せた知花氏の文章だと考えると凡庸だ。
そんな思いの中で日の丸焼却事件について証言してくれたのは同じく読谷村在住の彫刻家、金城実氏である。金城氏のアトリエは同志社国際高校の平和学習コースの一つだ。同校との交流は非常に長く金城氏の作品は同校にも展示されている。
もちろん知花氏とも交流があり、闘争でも協力してきた仲だ。
金城氏は日の丸焼却事件についてこう明かす。
「あれは1987年の事件だね。実はその前年に読谷高校の女子生徒が卒業式の時に日の丸が嫌だと学校側に抵抗した事件があったんだ。それを見た知花昌一が触発されたんだよ」
知花氏のオリジナルではなく、読谷高校の女子生徒の反日の丸闘争という前例があったのだ。当時はまだ地域の活動家に過ぎなかった知花氏が日の丸焼却事件で全国区となる。1989年、多田謡子反権力人権賞の初代受賞者になった。
令和風に言えば〝バズった〟というものだ。沖縄を象徴する左翼活動家としてマスコミでも重宝されたのは言うまでもない。ただ反基地活動家、特に古参の関係者にはさほど評価が高くない印象を受けた。
知花氏をよく知る活動家はこう話す。
「知花氏の評判が活動家の間でパッとしない? 日の丸事件や象のオリなんて古い事件だし反基地闘争やっていても知らない人は多いんじゃないかなあ」
辺野古地区における活動についても気になるところだ。
「以前は知花氏も辺野古に来て反対運動をやっていたよ。目取真俊(作家)なんかと機動隊と取っ組み合うような恰好をするんだけど敵うわけないじゃない。相手が手を出してこないのを分かっているからだろうね」
米軍キャンプ・シュワブのゲート前のテント村など辺野古地区周辺に集う活動家の大半は高齢者。機動隊員にしてみれば、その気になれば単独で複数の活動家を制するだろう。それでも老境の活動家がファイティングポーズをとるのは他の活動家やマスコミへのアピールだろう。年寄りの冷や水ですらないショーだ。
あの日の丸焼却事件が与えたインパクトは間違いなく大きい。当時はあれが〝沖縄県民の気持ち〟のように伝えられたものだ。しかし一連の証言を見るに愛郷心が高じた末の行動というよりは読谷高校生に刺激を受けたパフォーマンスではなかったのか。知花氏が回復したら再度、確認したいものだ。




パフォーマンス・・・確かになぁ。
日の丸に抵抗するならもっと方法があるだろうと思うけどあれは目立ちましたね。
元々左翼の人はパフォーマンスが大好きで、結構それを本気にする支持者が多いですね。
れいわの山本太郎氏の行動なんかも冷静に見るとつまらないパフォーマンスで支持者でなければ見ててうすら寒いくらいですが。
プロレスみたいなものか、と言ったらプロレスファンから怒られるかな。