月別アーカイブ: 2019年8月

津田大介・あいちトリエンナーレに「愛」も「知」もなかった①

三品純 By 三品純

活動家、行政まで巻き込んだ壮大な炎上芸術の様相を呈したあいちトリエンナーレの表現の不自由展中止問題。総責任者にして火付け役の津田大介監督による中止に至る説明は整合性が取れていない上に、津田は「異論と向き合う」「分断を防ぐ」という割にただの一度の議論や対話を試みていない。一般紙やSNSを使った弁明ばかりだ。また津田の擁護派や左派活動家も声高に表現の自由を叫ぶが、その反面、自身の嫌悪する政治家や文化人の講演会やイベントには「中止せよ」と息巻く。しかし実はこの問題、表現の自由などという高尚な話ではなく単なるメディアや行政の怠慢と左翼活動の独善に過ぎないのだ。

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学術・研究:部落探訪(145) 大阪府高槻市富田町2丁目

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今回は高槻市富田町を訪れた。最寄り駅は阪急富田駅で、高槻市の代表的な部落である。かつては新北町という名前で、1935年の記録では242世帯であった。現在の2丁目が概ね部落の範囲である。

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関西生コンは 一筋縄ではない事情

三品純 By 三品純

先日、関西生コン(連帯)と週刊実話(日本ジャーナル出版)& 一ノ宮美成との裁判をお伝えしたが、平成26年に連帯は宝島社&一ノ宮氏を訴えていた。読者からの指摘もあり調べてみると結果は宝島側の敗訴。しかし賠償金といっても僅かなものだ。それ以上に裁判によって連帯の内情がさらによく理解できた。裁判記録からは連帯が抱える金銭問題、また強固に結束する戦闘的労組との評価もあるが一筋縄ではないことが読み取れた。

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学術・研究:部落探訪(143) 大阪府茨木市豊川4丁目 “道祖本西”

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今回訪れた部落では、道祖本さいのもとという地名が解放同盟の支部に使われ、部落の呼称としても使われることが多いが、道祖本は本来部落の地名ではない。

明治期の地図を確認すると、本来の道祖本は現在の茨木市豊川一丁目の場所である。部落は豊川四丁目にあり、明治期の地名は「岡山」その後「西道祖本」と呼ばれるようになった。

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学術・研究:部落探訪(142) 大阪府茨木市沢良宜浜3丁目

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筆者の手元に、あるレコードがある。「部落であることが~嫌~だった~」という歌い出しの曲を筆頭に、解放同盟の青年の熱い思いを歌った歌、解放保育の理論を歌った歌などが収録されている。レコードには大阪府茨木いばらき市にある部落解放同盟沢良宜さわらぎ支部の名前が書かれており、製作年は記載されていないが、おそらく1980年前後ではないかと考えられる。

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淡路島5人殺害事件で 鑑定人が法廷でバトル

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去る7月17日、大阪高裁である事件の控訴審の第2回公判が行われた。2015年3月9日に起こった淡路島5人殺害事件の平野達彦被告の裁判である。この事件では、被告人の言動の異常さから精神障害が疑われ、そのためかマスメディアがあまり詳細を報じない状況が続いている。

平野達彦は一審で責任能力ありとして死刑判決を受けたが、控訴審においても異常な言動を繰り返したため、検察も弁護士も必要性を否定したにも関わらず村山浩昭裁判長が職権で再度の精神鑑定を行った。

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池袋暴走事故遺族が 厳罰求め署名活動

三品純 By 三品純

今年4月、池袋駅周辺で自動車暴走死傷事故を起こした旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三氏に厳罰を求め遺族男性や支援者が立ち上がった! 8月3日、事故現場近くの南池袋公園で署名活動を行った。飯塚氏は事故当時、自らも負傷したがその後、逮捕されておらず(叙勲された元官僚だから)「警察が優遇している」「忖度した」という批判も根強い。署名活動は同事故により妻と娘を失った松永さん他、交通事故被害者団体、ボランティアらにより真夏日ながら多くの人を集めていた。署名はこの日までに郵送で約5万筆を集めていたが、この日16時までに約15000人が署名に参加。事件の関心の高さを物語っていた。

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学術・研究:部落探訪(141) 神奈川県足柄下郡湯河原町 吉浜千歳ヶ丘

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湯河原町は神奈川県の南西の端にある。そして、ここにも部落があり、戦前の記録では36世帯、雑業が主であった。

神権連の機関紙『人権のとも』には、この部落について詳しく解説されており、湯河原町によって同和地区指定されていたことが記されている。

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あの韓国対馬リゾートの 行幸碑が海自敷地に 移設していた!

三品純 By 三品純

「対馬が危ない」なるフレーズが2008年頃、保守メディア上で躍った。対馬の土地が韓国資本に買収されていること、韓国国会議員が対馬島返還要求決議案を発議したことなどが重なり日本で反発が強まった。さらに保守層を激怒させたのは韓国人専用のリゾートホテルとして買収された敷地内に前天皇皇后両陛下の行幸啓記念碑があったことだ。しかもホテルの隣には海上自衛隊対馬防備隊本部があり、「監視されている」「国防の情報が流出する」といった声が挙がった。あれから10年ほど経つが日韓関係はさらに悪化。そんな中、あの韓国人ホテルはどうなったのか? 行幸啓記念碑は無事かと案じ調べてみると―――なんと意外にも安全な場所に「移設」していた。現在は、海自対馬防備隊の正面隣の敷地にひっそりと建っている。

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