高知県の高等警察課がまとめた『部落舊慣調査』によれば、香美郡山田町東組に古い村があり、大正13年(1924年)11月の戸数は149戸、人口850人であった。その起源は次のとおりだ。
「本部落ハ元香美郡大楠植村談議所ニ在リシガ(中略)今ヨリ凡ソ三百年前談議所士族國澤猪之助ナル者川上ニ穢レシ者住居スルハ無禮ナリトテ現在ノ山田町東組ニ追放ヲ命ジ字名ヲ久保ト名付ケタリ」
久保と名付けられた村は、明治23年に東組と改称した。今の香美市土佐山田町宝町の辺りである。そこをクエストしてみた。
高知県の高等警察課がまとめた『部落舊慣調査』によれば、香美郡山田町東組に古い村があり、大正13年(1924年)11月の戸数は149戸、人口850人であった。その起源は次のとおりだ。
「本部落ハ元香美郡大楠植村談議所ニ在リシガ(中略)今ヨリ凡ソ三百年前談議所士族國澤猪之助ナル者川上ニ穢レシ者住居スルハ無禮ナリトテ現在ノ山田町東組ニ追放ヲ命ジ字名ヲ久保ト名付ケタリ」
久保と名付けられた村は、明治23年に東組と改称した。今の香美市土佐山田町宝町の辺りである。そこをクエストしてみた。