（株）ビッグモーターの不祥事、疑惑が収まらない。社内の管理体制、労働環境に対しても問題点が指摘されている中で、同社各務原元店長、故・井川翔馬さんが昨年、残業代未払い、パワハラがあったとして会社に２千万円を求め提訴。暴言主は過去、部下への暴行事件で逮捕歴がある同社次長だったから驚きである。

井川さん訴訟提起後、事故死

急成長企業にありがちなブラック体質。ビッグモーターも例外ではなかった。創業者、兼重宏行氏、息子の宏一前副社長による過去のパワハラ発言も露見したが、要因の一つにLINEの存在がある。兼重氏による投稿のスクリーンショットは報道でも目にしたことだろう。同社はLINEをコミュニケーションツールに採用している。

業務上の指示、報告をLINEで行っており、同時にそこは暴言、罵倒の舞台でもあった。今回紹介するパワハラ訴訟は最たるものだ。

昨年８月、同社各務原店元店長、井川翔馬さんはパワハラの慰謝料と未払いの残業代として約２千万円を会社に求め岐阜地裁に提訴。

井川さんは2017年に入社し、2019年から２年間、各務原店の店長を務めた。しかし上司からLINE上で受けたパワハラ発言を苦に鬱を発症し、2021年６月に解雇されてしまう。

気の毒なことに井川さんは昨年９月、交通事故で死亡（享年29歳）。現在は親族が裁判を引き継いでいる。井川さん、ご家族の無念さは計り知れない。

井川さんが苦にしたLINEは各地の店長らで構成されるグループライン。まとめ役である上司を交えた店長会議のようになっていた。営業データがまとめられたファイルなどを上司に求められるとLINE上に投稿する。

社外秘のデータのはずだが、情報流出など不安に思わないのだろうか。

さらに驚いたの井川さんに暴言を吐いた上司である。

裁判記録によるとLINEのまとめ役上司というのがビッグモーター東名川崎インター店元店長、犀川裕康氏。LINEで井川さんとやり取りした時の役職は「次長」だ。

この名、ご存知の方もいるかもしれない。

2019年１月、犀川氏は20代の従業員にミスを注意する目的で胸や腹を殴った他、太ももなどに回し蹴りをしていた。職場で「回し蹴り」とは常軌を逸した光景。しかも事件後に営業本部次長に昇格したという後日談も拡散された。

自動車保険の水増し請求、不正車検といった問題が発覚する以前、ビッグモーターの炎上は犀川氏ネタだった。

不祥事後でも昇進とは社内で相当なやり手ということだ。そんな人物だけにLINEの言動もさぞや“ エグい”ものだろう。

暴言LINEを再現！

「店長おりろタコ」。井川さんへの罵倒は一部、報じられた。そして裁判資料のLINE記録を見ると確かに追い詰められていく状況が見てとれた。

2021年５月31日のLINE記録の一部を抜粋しよう。左の数字は時刻。

1325 犀川 指摘されてんだから確認しろよ
1325 犀川 何年店長やってんだよ
1325 犀川 いい加減にしろよ
1325 井川 申し訳ございません!訂正致します。
1326 犀川 クソ赤字でやる事全て適当か!!　
1326 犀川 何?MQ12万って?
1326 犀川 成約率15％?
1326 犀川 ふざけてんじゃねーよ
1327 犀川 写真
1327 犀川 危機感もなんも感じないですね!
1327 井川 大変申し訳ございません。
1327 犀川 限界なら今すぐ言ってください!
1327 犀川 謝るんじゃんくて、質問に答えろ
1328 犀川 謝罪なんか求めてないし、謝られたってなにも解決しません
1328 犀川 何なのマジで
1328 井川 かしこまりました。改善致します。
1328 犀川 は>
1328 犀川 返答になってないけど
1328 犀川 日本語まともに喋れないなら店長務まりませんが
1328 犀川 何を考えてるの?
1328 犀川 どうやって改善すんの?
1328 犀川 具体的に答えろ!!!!!!!!
1329 井川 限界ではありません!全量コンバット私が店の数字を作り改善致します!
1329 犀川 具体的に答えろ!!!!!!!!
1329 犀川 MQ12万?
1330 犀川 ??????????????????????????
1330 犀川 具体的に答えろよ
1333 井川 営業全員、自信の査定もすべて管理あさり、成約率を改善致し、MQは新規全量即決で適正買取致します

ＭＱとは「粗利」のこと。言葉自体も激しいがこれがLINE上で続くのに驚いた。入力するのも大変だ。

次いで同年６月１日の記録より。

1953 犀川 当たり前のことをズラズラ書いているだけで、今更?って感じですが、肝心の部分が抜けてる、やり直し根本の部分を確り考えてください
1954 犀川 自分の店のことをちゃんと考えていない
1954 井川 承知致しました。
2040 井川 写真
2041 犀川 販売販売言ってるけどそこじゃないから
2041 犀川 勘違いすんな
2042 井川 申しわけございません。承知いたしました
2042 犀川 返答してる暇あんなら即張り付けろ
2042 井川 写真
2042 井川 申しわけございません。承知いたしました
2043 犀川 5月の来店集計添付
2044 井川 よろしくお願いいたします
2044 犀川 収益構造とか一丁前な事ほざいてるけど、全然自APとってないし　査定数少なすぎるし　異常なほど変えてない現状理解してないでしょ?
2045 犀川 販売販売言ってるけど、販売しいたいなら販売店行けば?
2138 犀川 2人共だけど何で26件も通話できて予約1件しか取れないの?なんでだと思う?
2139 井川 お客様は金額を知りたくて登録をしているのに、査定を促進してしまっている事だと思います
2139 犀川 はい?
2139 犀川 意味わかんないけど　どうすればとれるようになんの?
2142 井川 すぐ売ってくれという話にしませんので! 参考までに査定して金額知ってください!　査定のハードルを下げて誘致し、査定致します!
2143 犀川 日本語大丈夫?
2143 犀川 何査定致します!って?
2143 犀川 舐めてんの?
2144 犀川 予約取る件話してんだろタコが
2144 井川 申しわけございません。参考絵までにだけでも誘致し査定予約までもっていきます!
2144 犀川 会話すら成立しないなら店長下りろタコが
2146 井川 申し訳御座いません。

LINEや同種のメッセンジャーアプリのユーザーなら上記のやり取りのストレスがよく分かるだろう。個人的にはまだ直接、叱責された方がまだマシだ。井川さんにとってLINEの通知音ですら苦痛だったに違いない。

カド番扱いだった 各務原店

LINEのやり取りをみるにブラック企業を連想させる。では井川さんの待遇はどうだったのか。裁判資料として提出された給料明細から休日を見ても一般企業と遜色はない。給料をみると2021年４月の例で井川さんが80万9787円(歩合給含)。額の多寡は判断できないが、しかし世にブラック企業と呼ばれる会社ではこれよりさらに低い給料はザラだ。

歩合給がランキング化された資料も添付されていた。131店舗中、上位５店が以下の通り。

1,藤沢店長　　1,207,817円 

2,仙台泉店長　1,178,582円 

3,松戸店長　　1,043,583円 

4,長野店長　　1,040,281円 

5,山形店長　　1,030,268円 

井川さんの各務原店は121番目で329,030円。成績は下位だった。年齢的に決して低い収入ではないが、その分、会社の“圧 ”は強かったのは想像がつく。

福利厚生はどうだろう。社宅費2万５千円とある。住居は岐阜市内に1LDKの物件だから相場よりか割安だった。

生活状況は劣悪ということもなくむしろ20代の若者としては恵まれた部類だろうか。しかし各務原店の業績は振るわなかったようだ。先に紹介した2021年６月1日の投稿。

犀川　二カ月連続です。副社長からもカド番でとご指示いただいています。今月ラストチャンスなので必ず結果出して撤回するように ●●●さん、井川さん、●●さん、ここに招待された意味をよく考えてください。 上記、ノートに記載しているので、今日から休日以外、毎晩報告をしてください。①5月G不振の原因 ②今月の改善点、戦い方、どうGを出すか 具体的に報告してください。 納得できない返答や抽象的な内容は、まともな内容になるまで何時まででもやり直しさせます。

Gとは店舗ごとの経常利益のことだ。業績不振の店舗をカド番（番付が下がるという大相撲用語）と表現していた。このように店舗にプレッシャーをかけていくのだ。

もちろん営業ノルマは厳しく、低い数字を出しても高い数字に変更させられるという。このような現場に対する厳しいプレッシャーが問題行為につながったとみる他ない。

現在、各地のビッグモーター店舗前の街路樹が枯れていると取沙汰されているが、同社社員が除草剤をまいたという疑惑がある。この一件も現場へのプレッシャーが原因かもしれない。ニュースやSNSなどで「環境整備点検」という用語を聞いたことはないだろうか。

ビッグモーターの場合、「環境整備点検」というシートがあり、副社長や幹部が店舗を巡回し採点するという行事がある。合計24の項目のうち１項目ごと５～１０点、満点が150点だ。そのうち「店舗前の歩道10メートルと展示場、敷地内には雑草がなく掃き清められているか」は注目だ。

つまり少しでも良い点数をあげるために落ち葉の原因になる街路樹は排除するという考え方なのだろう。井川氏の各務原店は街路樹はないものの、しかし彼にとっても「環境整備点検」は大変なプレッシャーのはずだ。

2021年３月の各務原店の点検シートには大きく書かれた「カド番」の文字はそれを何より物語ってはいないか。

こうした社風は創業者が作り出したものなのか、あるいは側近たちが経営陣の歓心を買おうと始めたことなのか。本裁判は井川さん個人の労働問題だけではなく、ビッグモーター解明の糸口にもなりそうだ。