【本巣市】放火殺人事件 死亡男性は連合赤軍の指導者・川島豪の親類でバキュームカー闘争の行動隊長だった

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By Jun mishina
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9月5日、岐阜県本巣市のケーキ店「さんらいず」で火災が発生。当時、同店には店主の曽野さとみさん(66)と同級生グループ10人が同窓会を開いており、本巣市の福田達哉さん(66)と堀部真由美さん(65)が死亡。曽野さんも大やけどを負ったという。また駐車場の車内で発見された瑞穂市の会社役員、林寛至さん(70)も搬送先の病院で死亡した。林氏が殺人と放火に関与したとみられる。渦中の林氏はし尿のくみ取りや運搬を行う一般廃棄物収集運搬会社、葬祭場などを経営する実業家だがどのような人物なのか。その足跡を追った。(写真=林氏の著作より)

招かれざる林氏はなぜ店に現れたのか

(参考記事)

本巣市といっても岐阜県外の人にすればイメージがつかないだろう。岐阜県南西部に位置しており、2004年に本巣郡の4町村(本巣町・真正町・糸貫町・根尾村)が合併して発足した市だ。明治時代の濃尾地震で地表に現れた国内最大級の地震断層「根尾谷断層」や、旧真桑村に名の由来を持つマクワウリで知られる。

事件現場となった「さんらいず」は、情報番組や情報誌でも紹介されてきた地元の有名店だ。

当日、店に集まっていたのは曽野さんら真正中学校時代の同級生グループだった。ところが、そこへ同級生ではない林氏が現れ、惨劇が起きた。

林氏は、本巣市の南東に隣接する北方町の出身。北方小学校、北方中学校を卒業しており、真正中学校の同級生グループとは無関係だった。報道によると、林氏はこの日の集まりに招かれていなかったという。

では、住まいも出身中学校も異なる林氏は、なぜ同級生たちの集まりに現れたのか。

その背景として浮かび上がったのが、曽野さんとの交際関係である。

「林君は10年ほど前に妻のRさんと死別しました。見た目は豪快だけど、寂しかったんでしょうね。その後、5年くらい前に『さんらいず』を経営する曽野さんのご主人が亡くなり、林君の葬儀会社で葬儀を執り行ったのです。それが縁となり、2年ほど前から二人は交際するようになったと聞いています」(北方中学の同級生)

曽野さんの店「さんらいず」は、林氏が経営する富士葬祭の会員組織「なごみの会」の提携店でもあり、会員には購入金額から10%を割り引くサービスが用意されていた。仕事上でも一定の関係があったことがうかがえる。

事件の背景に交際をめぐる確執か

以前は、林氏が曽野さんを伴って食事をする姿が目撃されていた。ところが周辺住民によると、半年ほど前から二人の関係に変化が生じていたという。

曽野さんが別の男性と親しくなったとの証言もあるが、それが誰だったのか、また同窓会メンバーと直接関係しているのかは、現段階では確認できていない。

報道によれば、林氏は事件の数日前にガソリンを購入していたとされる。現場ではガソリンがまかれ、刃物も使用されたとみられている。林氏が事件に関与したとすれば、周囲を巻き込んだ「拡大自殺」を想起させる態様である。

しかし林氏は、一般に「無敵の人」という言葉から連想されるような、経済的にも社会的にも孤立した人物ではなかった。

むしろ地元では、資産家一族の実業家として知られていた。

「ホワイトハウス」と呼ばれた邸宅

瑞穂市重里には、地元で「ホワイトハウス」と呼ばれる邸宅がある。これが林氏の住居だ。航空写真でみるとまるで白い要塞のような造形である。

広い敷地に大型の車庫を併設し、塀と門扉を巡らせた堂々たる造りだ。建物全体が白を基調としており、周囲の住宅と比べてもひときわ目を引く。

林氏の父親は、し尿処理やごみ収集を手がける会社を経営していた。林家は事業が好調で裕福だったという。

「父親が亡くなった時、奥さんが北方町に1000万円を寄付したんですよ。節税対策の意味もあったと思いますけどね」(町関係者)

林氏は2人の弟と妹を持つ4人兄妹。弟2人も、それぞれ「富士」を冠した会社を経営している。

林氏は、し尿のくみ取りや運搬を行う一般廃棄物収集運搬会社と葬祭場を経営していた。その会社は、北方町の一般廃棄物収集運搬許可業者としても掲載されている。

次男は衛生設備関連事業やゴルフ場経営、三男は土木工事などを手がけ、公共事業も受注してきた。正式な企業グループではないものの、地域では「富士グループ」と呼びたくなるような企業群を形成している。

つまり林氏は、経済的に困窮し、社会との接点を失っていた人物ではない。会社を経営し、広い邸宅に暮らし、地域社会にも一定の地位を築いていた。

それだけに、なぜ林氏が凄惨な事件を起こしたのかという疑問が深まる。それほど曽野氏への思い入れが強かったのだろうか。どのような人物なのか周辺を調べてみると興味深いエピソードが続々と出てきた。

北方町長と同級生

林氏は北方小学校、北方中学校を経て、岐阜第一高校に進学した。中学時代は柔道部に所属していたという。

「組んだ時に相手へ肘打ちをするような、荒っぽい柔道でした。同級生には北方町の戸部哲哉町長もいて、彼は剣道部でした。林君と戸部君の交流はその後も続き、町長選では林君が応援に行っていましたよ」(前出同級生)

若い頃の林氏は、自由奔放な生活を送っていたという。

「高校時代はカワサキのW1に乗って学校に乗りつけたりして、やんちゃでしたね。卒業後はフェアレディZやジープを乗り回していました。Zはボンネットを外して走ったこともあったかな。その後は清掃事業組合(岐阜県環境整備事業協同組合)で働いていました」(同)

一方、林氏はPTA役員や自治会長を務めるなど、地域活動にも熱心だった。

「林さんは大柄で、最初は怖い印象がありました。でも話してみると気さくで、世話好きな人でしたよ。PTAの役員や自治会長も務め、地域のことには熱心でした」(重里地区の住民)

もっとも、激しい気性を見せることもあったという。

「2年前、本巣市で鳥インフルエンザが発生し、重里に処分場を設ける計画が持ち上がりました。住民説明会で、県職員に『上司を連れて来い』とすごい剣幕で怒鳴っていました。やっぱり怖い人だと思いましたね」(同)

ただし、別の住民はその言動について、違う見方を示す。

「林さんの業種を考えれば、『処分場を造るなら仕事を回せ』と言うこともできたはずです。でも、そうではなかった。自治会長として地域を守ろうという責任感があったのかもしれません」

林氏を知る人々の証言から浮かぶのは、豪快で威圧的な一面と、地域の世話役として行動する一面を併せ持った人物像である。

示現舎案件とした理由 川島豪、合特、韓国…

さて以上が事件の概要と林氏の人物像だ。衝撃的な事件ではあるが、もし事件がなかったとしても林氏は非常に興味深い人物だ。

だからこそ筆者は事件後の9月7日、Xに「同和絡みではないが示現舎案件」と投稿した。

その理由の一つは、林一族が朝鮮半島にルーツを持つことだ。詳細は別稿で説明するが、林氏は北朝鮮や韓国に並々ならぬ関心を持っていた。

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当サイトでは以前、部落解放同盟岐阜県連の元委員長、故・石井輝男氏の長男である涼也氏が起こした殺人未遂事件をレポートした。その取材過程で、輝男氏と川島豪氏との親交を知り、川島氏をめぐる秘話を過去記事につづった。

川島氏は、後に連合赤軍へつながる日本共産党(革命左派)神奈川県委員会の議長を務めた人物だ。服役後は武装闘争路線から離れ、大垣市で実家のし尿収集運搬業を継いだ。その後、し尿収集業界の要求運動を率いる存在となり、当時の岐阜県知事らと対峙した。革命闘争に挫折した川島豪は、その情念の矛先を行政への要求闘争に転じたのだろう。

林氏の亡妻Rさんは、川島氏の姪に当たる。林氏は単に川島氏と姻戚関係にあっただけではない。川島氏に心酔し、し尿収集運搬業界の要求運動では、「行動隊長」と呼べる役割を担った。

【合特法の闇】合理化事業の当事者、岡村市議と 市職員の ゴルフコンペは「趣味」では済まされない!

そして1975年に制定された「下水道の整備等に伴う一般廃棄物処理業等の合理化に関する特別措置法」、いわゆる合特法と林氏の事業は無縁ではないことだ。

高度成長期以降、下水道が普及したことによって、し尿のくみ取り業者や浄化槽清掃業者の仕事が急減。そこで自治体が同法を根拠に「合理化事業計画」を策定し、事業転換や従業員の再就職、事業の転廃業などを支援する制度である。

本来は、下水道整備によって急激に仕事を失う業者の「円滑な転廃業」を支えることが趣旨だった。しかし代替業務の委託が長期間続くと、一時的な救済ではなく、恒久的な収入保障になりかねない。

つまり結果として、事業転換を促す制度が、行政依存型の経営を温存する制度になるという現象を起こしているのだ。

自治体はし尿業者に対して「ごみ収集」「下水道施設の維持管理」「 道路・公園の清掃」「 資源ごみ回収 」「浄化槽関連業務」などを代替業務として委託。競争入札を経ずに特定業者への随意契約が続けば、既存業者が事実上保護され、新規参入が困難になる。

以前、津市のケースをもって合理化事業の問題点を指摘した。

岐阜県では、川島豪氏が率いるし尿収集業者の団体がバキュームカーを連ね、岐阜県庁や可児市役所、各務原市役所などへ押しかけた。林氏も若い頃は要求闘争に加わった一人である。

合理化事業によってし尿業者は安定的な経営を続けているが、それも川島らの要求闘争の成果だろう。林氏の地域の代表的な環境衛生会社として事業を続けている。

確実に言えるのは林氏は地元の有力者、そして資産家ということ。事件への関与がなければ、悠々自適の老後を送ることもできたはずだ。

林氏は「八重山大念珠庵」という宗教法人も設立。同氏が経営する葬祭場に隣接して、庵が設けられていた。大きな数珠を作ることをライフワークとしており、数珠を奉納するため北朝鮮に渡ったこともある。次回は宗教活動や訪朝に関するエピソードをお伝えしよう。

Jun mishina について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

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