4年前に香川県の古村をクエストしたのだが、その際に瀬戸内の島に行くようにコメントを頂いた。以降も小豆島に行くべきだというお便りを何度も頂いたので、訪れることにした。香川の古村について理解するには、島は外せないということなのだ。
1921年の『香川県社会事業概要』によれば小豆郡北浦村に大字小海字浜に25戸、125人の古村があった。その場所は現在の土庄町にあたる。

小豆島への行き方はいろいろあるのだが、今回は高松港からフェリーで行くことにした。関東からなら夜行バスで9時間、フェリーターミナルは高松駅のすぐ近くにある。



高松からのフェリーのチケットは、旅客だけなら往復1330円である。高速船もあるが、そちらは少し高い。


小豆島は土庄町と小豆島町に分かれている。島全体で1つの自治体になった方がいいように思うが、どの旧町が中心になるかで揉めてまとまらなかったらしい。

小豆島と言えば石切場。

最初の目的地である小海の道の駅には石の資料館がある。




資料館は意外に広くて展示物もそれなりにあるのだが、今回の目的は古村なので、ほぼスルーする。



これは小豆島に限らず香川県全般に言えることなのだが、部落はあたり前の存在である。近くの人に聞いてみると、比較的新しい改良住宅があって、集会所が古くなっていたのも最近建て替えられたといことを当然のように話していた。ただ「浜」という小字はなぜか知られていなくて、呼称は小海である。


香川県の同和事業はなぜか画一的であり、どこにも大きめの改良住宅がある。そして屋根には太陽熱湯沸かし器があるのもほぼ鉄壁なのだが、小海の改良住宅は大きいものの太陽熱湯沸かし器がない。これは比較的新しい時期に建て替えられたからであろう。
土庄町の2011年3月の町政報告は、小海浜住宅を土庄町で最も古い改良住宅とし、従前の16戸は1971年度から1973年度に建設されたと説明している。


町は2003年に建替事業計画を作り、2006年度から事業を開始した。住民と自治会役員も加わる「小集落地区人権のまちづくり協議会」を設け、2007年度には隣接地1,306平方メートルを取得。古い住宅の隣へ新しい住宅を建てることで、別の場所への仮移転をしない工法を採った。
新住宅は壁式鉄筋コンクリート造2階建て。第1期6戸、第2期4戸、第3期6戸の計16戸である。現行の土庄町営住宅管理条例施行規則には、完成年度が2008年度から2010年度までと記載されている。

2012年度には、住宅跡地へ延床約100平方メートルの小規模集会所を建てるための実施設計が行われた。2013年度の資料には「小海浜集会所」と「小海集会所」の二つの表記が現れる。予算審議で町は、改良住宅の入居者だけでなく、自治会全体が使う集会所だと説明している。

翌年度の町政報告は、2013年度に小海集会所が完成し、所在地が小海甲251から小海甲248番地79へ変わったと記録している。最近とは言っても13年経過しているが、それでも本来であれば2003年に国の同和事業が終わっていることを考えれば、かなり新しい施設である。

2022年策定の第4期土庄町地域福祉計画には、小海浜と大部に生活相談員を各1人置き、隣保館などで相談・交流事業を行うこと、生活困窮者向け住宅として改良住宅を運営することが記載されている。


1935年度の事業を収めた中央融和事業協会『融和事業(昭和11年版)』には、北浦村小海浜で製縄機を含む機械購入と、製紐機を含む機械購入が行われたとある。2件とも事業費は239円だった。海辺の日稼ぎと農業の集落に、縄や紐の機械を入れて副業をつくろうとしたのであろう。

「浜」という小字は、小さいながらも河口付近に浜があるからであろう。

全般に言えることは、古村は当然のように存在するが、その起源については知られていない。そして、住宅を住民に払い下げるという発送はなく、同和事業は漫然と続いている。小豆島は過疎化が進んでおり、ピーク時は6万あった人口が今は2万人台。需要が減って価値のない住宅を自分で持つより、維持費を行政に負担してもらいたいというのが住民の本音なのだそうだ。



