高台から望む橘地区の町営住宅と橘港と瀬戸内海

曲輪クエスト(466) 小豆島町橘

カテゴリー: 曲輪クエスト | タグ: | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦
書籍表紙 書籍表紙 NewsChallenger

1921年3月の『香川県社会事業概要』によれば、小豆郡安田村「大字橘字岡見場」に31戸、131人の古村がある。現在の小豆島町橘のことである。

ここは斜面にあって、過去に土砂災害に見舞われている。

橘会館側面の避難場所表示と駐車場案内
橘会館の入口と敷地

この橘会館からクエストを開始した。壁には災害時の避難場所を示す表示があり、駐車場の案内には「橘会館・橘公民館」と併記されている。小豆島町隣保館条例では、橘甲442番地1に置かれた隣保事業の施設とされる。同和施設である。

プール脇に立つ人権啓発と家庭の日の看板
橘会館の正面玄関と土砂災害区域図

プールの前には「偏見や差別をなくし 明るい町づくり」の標語。この施設では、最近でも部落解放同盟橘支部大会と人権・同和問題啓発講演会が開かれている。

運動場に隣接する白い中層住宅
敷地のフェンス脇に枝を広げる大木と住宅
旭幼稚園付近の土の運動場と山並み

離島でこのような立派な団地群を見るとは思わなかった。

山際に建つ旭幼稚園の建物
旭幼稚園の玄関脇に残る名称表示と石標

大変立派な幼稚園。保育所ではなく、町立の幼稚園である。建物だけでなくグラウンドも立派なのだが、平日なのに静かなのが気になった。調べてみると、子供がいないので昨年から休止中ということである。あまりにも勿体ない。

大木と旭幼稚園の建物の背後に迫る山
草木に囲まれた土石流危険渓流の看板

背後の山は近い。斜面へ上がる階段のそばには「土石流危険渓流」の看板が立つ。1921年資料に「岡見場」とあったが、香川県が2007年に指定した土砂災害警戒区域の名前として残っている。

山裾に並ぶ白い町営住宅群
1階をピロティとした白い町営住宅の近景
町営住宅の脇を海側へ下る道

立派な団地は1972年から1984年にかけて建設された。最初に出来たA棟はここから離れた海沿いにがあるが、ここにある団地は1974年に死者29人、家屋全半壊249棟の被害を出した土砂災害の反省から高床式のようになっている。

住宅脇のシャッター付き小建物
町営住宅側面のピロティ部分
町営住宅の棟間を通る内部道路
住宅棟の間を通る道。
町営住宅と低層建物の間の通路

正面に見えるのが橘地区改良住宅D棟で、文化庁のサイトでも紹介されている名建築らしい。1975年竣工。1976年台風17号豪雨では1階が土砂と流木に埋没しながらも耐え、住民の避難場所になったという。

低層棟の外階段と奥に立つ町営住宅

町営住宅群の奥へ続く狭い道

町営住宅の棟間から見える山

小豆島町営改良住宅管理条例施行規則によれば、橘地区の改良住宅の戸数は合計で124戸になる。記録にある古村の戸数よりかなり多い。

町営住宅群の奥にある二色の建物
複数の町営住宅に囲まれた空間
山際に建つ白と淡黄色の建物
白い住宅棟の背後に迫る岩山
家々の間から町営住宅へ下る細い道
町営住宅へ向かって下る道。
町営住宅の向こうに見える岩肌の山

現代建築と岩山の対比が見事である。

緑色のフェンス脇を曲がって上る急な道
橘の家並みの間から海へ下る道
町営住宅専用駐車場の看板と住宅棟

駐車場の看板にはいろいろと禁止事項が書かれているが、探訪して撮影してはいけないとは書かれていないので問題ないだろう。

町営住宅の進入路と駐車場
空き駐車区画の向こうに建つ町営住宅
山裾に建つ5階建ての白い住宅棟

木々越しに見える橘地区背後の岩山

団地群の裏手の畑になっている場所も歩いてみた。

畑と果樹の向こうに見える町営住宅群
石垣と木造建物の間を通る細道
木造家屋の脇を山側へ上る道
緑の畑の向こうに見える住宅棟と海
山際の道に沿って建つ木造建物

険しい場所で車は入ってこれないのだが、意外にも廃墟化していない家が多い。

フェンス脇に立つ銘文の風化した石碑

駐車場側から見た白い町営住宅
町営住宅の脇から海側へ下る道
橘会館の擁壁に残る2005年の日付と絵

後で気がついたが、橘会館の駐車場の壁に何か書かれている。「富田」と「日之出支部」の文字。これから分かるのは、わざわざ大阪の部落からやってきて、ここに足跡を残していったのだ。

高台から見た橘地区の家並みと町営住宅と海
高台から望む橘地区の町営住宅と橘港と瀬戸内海
白い住宅棟の向こうに広がる瀬戸内海
高台のカーブした道から見下ろす住宅と海
海沿いにあるのも橘改良住宅で、左からH, G, F, E棟。さらに右端にA棟も見える。
町営住宅の屋上越しに見える瀬戸内海

壮大な建築物に感心しつつも、島では公共事業にからむお金の問題を耳にする。

また、部落について住民に聞くと、今はそんなことをは気にしていないと表向きは言うのだが、深く突っ込むと、かつては暴力団に走るものが多かったという本音を耳にする。しかし、今となってはそれよりも高齢化が進んでいるというイメージである。

2010年に竣工した橘トンネルを抜けて次の古村へと向かった。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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