岐阜の同和取材で邂逅した連合赤軍の黒幕・川島豪の夢 前編

三品純 By 三品純

連合赤軍の最高指導者、故・川島かわしまつよし。現在、この名を知る人がどれぐらいいるだろう。岐阜県の同和取材でまさかこの人物に辿り着くとは思わなかった。きっかけは、岐阜の同和行政の闇、そして部落解放同盟岐阜県連前執行委員長・石井輝男の歩み、その長男・涼也の殺人未遂事件をを描いた『同和の会長』(小社刊行)の追跡取材だ。同書の発刊以来、地元の関係者、住民らから関連情報を提供されていた。そこで大垣など西濃地方を再調査している最中、川島が浮上した。しかも輝男は、川島を兄貴分のように慕ったという。全く不思議な縁だ。なぜ岐阜の同和問題、石井輝男から川島豪へたどり着いたのか? そして革命に頓挫した川島豪の意外なその後の人生についてお話しよう。

「部落解放同盟岐阜県連合会揖斐川支部の看板が外されているが何かあったのか?」

「支部が入居する株式会社総合という会社内部でトラブルがあったらしい」

もとはそんな情報だった。この件については、いずれ別稿でレポートする。揖斐川支部の問題ついてはとりあえずこれにて。本題に急がせて頂く。この株式会社総合は、岐阜県揖斐郡池田町内にある養老鉄道養老線「池野駅」近くにある土木建設会社だ。話は、同社敷地の地主で解放同盟員だったN氏を直撃したところから始めよう。会話の中で出た総合と同支部の実態については割愛して、「川島豪」の話題が挙がった経緯を紹介する。N氏とのやり取りは、貴重ではあったが、何やらどつき漫才か不条理コントのようでもあった。

取材当時、N氏は自宅付近で農作業の鎌を研いでいた。名刺を差し出し、株式会社イシイ、そして殺人未遂事件の取材をしてきたものだと伝え、解放同盟揖斐川支部について聞いた。

「看板? おぉん。俺が外させたんや。孫たちが嫌がるっていうもんでな。で、なんや。なんでそんなこと聞きたいんや」

シュリ、シュリと刃を研ぐ音が木霊する。

「地元の人から情報提供を受けまして・・支部内でトラブルがあった、などの話ですね」といった途端、N氏は激高した。

「誰だー。誰がいったんや。地元の誰だぁー」。瞬間的に激怒するN氏。この通り、興奮した時の美濃弁は語尾を伸ばす特徴がある。そして鎌の刃がキラリとこちらに向く。とにかくN氏をなだめなだめ話を続ける。

シュリ、シュリ、再び鎌を研ぐ音。

「石井(輝男)さん? 大垣のか? おお知っとるよ。一緒に陳情や交渉に行ったこともあるし。息子のことも知っとる。殺人未遂やろ」

事件のことで少し空気が和らいだ。N氏によれば自身は部落出身ではないということだ。落ち着いたところでN氏は、なぜ解放運動を始めたのか。そんなことを尋ねてみた。また激高するかと思いきや意外と冷静に話してくれた。

「俺が始めたわけじゃないぞ。もう死んでまったが、近所の友人が石井さんに誘われて始めたんや。運動? ほらやったわ。県内の役所に行って、仕事(公共事業)どうなってるんや。仕事出さんか、とかな。おぉん、そりゃ池田町にも行った。あんなこと本当はあかん。無茶苦茶やわな。ガハハハ」

「アハハハハ・・・ハハ。ハア」

決して笑える話でもないが、やや打ち解けられた気もした。この調子ならもう少し突っ込んだ話ができそうだ。「そのご友人の話は聞けないですかね?」。

「もう死んだわ。ジェフで働いた息子がおったけどあんまり詳しくないぞ。親父の葬式の時に、焼香を先にやらせんかったって石井さんが怒ってな。親父の跡を継ぐという話もあったけど、輝男さんを起こさせて部落にしてもらえんかったそうや」

「ジェフ? ジャフ(JAF・日本自動車連盟)ではなくて?」

「おおジャフや。よく知っとるやないか。ハハハ」

「アハハ」

シュリ、シュリとだけ響く。ジャフで感心してもらえても・・・。にしても、ふと口にした焼香のエピソードは、強烈だ。まさか輝男が”長幼の序”と怒ったわけでもあるまいが、本人にしてみればおそらく仕事の面倒を見てきた、そんな自負もあったんだろう。同盟員の認定が「焼香の順番」で決まるというのも奇妙な話だが、なにしろ同和地区住民でもない親族や知人に「同和貸付金」などを融通してきた人物だ。こんな無茶もやりかねない気もした。そしてもう少し、石井関係の話を突っ込んでみる。石井さんも部落出身とは言えないのに、なぜ同和事業に首を突っ込んだのか。そのきっかけは? そんなことを聞いてみた。

右翼で連合赤軍のカワシマってなんだ!?

「知っらーん。まあ右翼の大物の”カワシマさん”に勧められたと聞いたけどな。大垣の川島さんや」

大垣市の右翼の大物にカワシマという人物がいるらしい。確かに揖斐川支部の看板の書体を見ると、右翼団体系の同和団体が書くそれに似ている。なるほど、右翼の大物が石井氏を口説いて、同和事業をやらせたというシナリオは、まんざらでもない。興味深い人物だ。カワシマさんとは、一体何者なのだろう? 尋ねてみる。

「おめえは馬鹿か。この野郎。カマかけやがって。示現舎といったろう。おめえの方が知っとるんやろ」

もう・・・。また激高した。そして再びキラリと鎌が向く。こちらもそれなりに見聞を広めているが、「大垣の右翼のカワシマ」と言われても困ってしまう。また、なだめてみる。そしてもう少し”大垣の右翼のカワシマ”について聞いてみた。

「なーんで。川島さんってあれやら。連合赤軍か、学生運動のあれやろう」

「え? さっきは右翼だと?」

「右翼か左翼か知らん」

「うーむ?」頭を抱えた。右翼で連合赤軍? 一体、どういうことなのかますます気になる。

「息子さん(友人の)に聞けば何かカワシマさんについて分かりますかね」

「てめえ、この野郎は! なんで俺の息子に関係あるんや。ほんで何を嗅ぎまわっとるんや。帰れ」

何を勘違いしたかまた怒った。笑いあり、激怒ありの約30分。しかしこのやり取りの中で、揖斐川支部の内情もある程度、把握できたが問題は、この右翼で連合赤軍でカワシマなる人物。N氏の話からすると、カワシマなる人物が石井輝男を誘い、同和事業に関与させたことになる。いわば岐阜の同和の黒幕? なのか。そんな風に思った。ともかくこの右翼か左翼か、カワシマという人物を調べる必要がありそうだ。と言っても石井一族の周辺に取材した時に、大垣には大小の暴力団や右翼団体があると聞かされた。そこからカワシマという人物を探すというのは、難儀なことだ。途方にくれる。

N氏と別れた後も、大垣の、連合赤軍の、カワシマ、というキーワードが頭をよぎる。カワシマ、河島、川島、川島?

「川島豪。かわしまつよしだ」

突如、パッと思いついた。川島豪。大垣出身、日本共産党革命左派、連合赤軍の事実上のリーダーだ。川島は、1969年12月、米軍基地爆破未遂事件で逮捕。その後、川島は、獄中から、幹部の永田洋子(獄死)、坂口弘(確定死刑囚)に指示を出していた。その後、連合赤軍の残党メンバーが1972年、「あさま山荘事件」、そして「総括」という名の壮絶なリンチ死事件を起こしたことは多くの人がご存じだろう。連合赤軍がこのような武装闘争の道を歩んだのも川島の影響が大きかったとの説もある。

川島の出所は1979年。革命闘争を挫折した川島が石井輝男と一緒に解放運動に走ったというならば面白い。安保闘争下の階級闘争から解放闘争というのもありえる話だろう。

そこで生前、石井輝男と親しかった人物A氏に確認すると、このカワシマなる人物が川島豪というのは”ビンゴ”だった。

「川島豪さんか。おお、確かに輝さんと仲が良かったなあ。兄貴分みたいな感じだ。”Aちゃん、川島さんっていう人は、腹が太い人やぞ”とね。こんなこと言っていたよ。輝さんはよくこう言った。”金は自分の手に持って初めて金になるんや。手元にない金は捕らぬ狸の皮算用や”とね。そんな人が”川島さんは、金の使い方を知っとる人や”と言うんだから、よほどの人なんやろな」

石井輝男という人物については、随分調べたつもりだったが、まだこんな過去があったのかと驚いたものだ。それにしても学生運動の闘士と荒くれ者、面白い組み合わせである。

「どういう縁? さあなあ。アンタも知っているやろうけど、輝さんも遊び人というか半グレだったやろ。川島さんが”いつまでもブラブラしとったらあかんぞ。何か始めたらどうだ”と輝さんに事業を勧めたと聞いたなあ」

なるほど。自己主張が強い左翼学生を束ねただけはある。輝男もその強烈なリーダーシップに惹かれたのか。ともかく川島によって曲がりなりにも輝男が半グレ生活を止め、事業を始めたというのならば川島の見事な”オルグ(勧誘)”である。

ただ気になるのは、輝男が同和事業を始めたのは、川島のアドバイスがあったからなのか。確認してみたが少し事情は異なっていた。

「当時、輝さんと解放運動をやっていたグループでも川島さんの名前は出てこなかった。岐阜の同和の黒幕? そりゃちょっと無理があるな。ただ川島さんは、『川島環境サービス』というし尿汲み取りの会社をやっていた。そこの仕事をちょっと手伝ったとかね。そういう話は聞いたけども」

連合赤軍の事実上リーダーが、出所後、屎尿汲み取り会社を経営していた。意外な経歴だ。しかし屎尿汲み取り会社というのが引っかかる。なぜなら自由同和会岐阜本部の現会長、橋本敏春氏もやはり屎尿汲み取り会社の経営者だ。汲み取り事業の中で「同和事業」に接点があっても不思議ではない。

「詳しいこと知りたいなら、行ってみたらいいわ。確か川島環境サービスは、外花とばなにあったよ。だけど今、あるかどうか知らんよ」

大垣市外花は、先日、お伝えした解放同盟大垣支部の盆踊りの会場、大垣市西地区センターから南に向かったところ。石井輝男のルーツ、南若森にも近い。何らかの接点はあっても不思議ではない。それにしても地元では、武闘派で鳴らし、岐阜の同和のドンに登りつめた石井輝男すら”兄貴分”と崇めた川島豪。同和のことなど頭から吹き飛び、むしろ川島豪に迫りたくなった。

『いま語っておくべきこと―対談 革命的左翼運動の総括 現代資本主義論と社会主義論』(塩見孝也氏との対談本)より晩年の川島豪

川島逮捕を報じる1969年12月9日の『朝日新聞』。

岐阜の同和取材で邂逅した連合赤軍の黒幕・川島豪の夢 前編」への7件のフィードバック

  1. 名無しのプログラマー

    たいへん興味ある情報ですね。永田洋子を手篭めにした物好きな、もとへ、非道な男と石井に接点があったとは。続報に強く期待します。

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    1. 三品純三品純 投稿作成者

      いろいろと記事がたまっているのでボチボチ、続報を投稿していきます。またご一読ください

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  2. 斉藤ママ

    川島という人は、過激派のキーパーソンの様ですね。
    ——
    https://ja.wikipedia.org/wiki/川島豪

    坂口弘は自著で「私は、今でも固く信じているが、川島氏を除く全ての革命左派メンバーは本来、穏健な人間で、川島氏が武装闘争を始めなければ、決してこのような闘争に関わることはなかったはずである。」

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    1. 三品純三品純 投稿作成者

      塩見孝也氏と並ぶ重鎮ですね。ただ皮肉にもあさま山荘事件の実行グループよりは知名度が低い気もします

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  3. 通りすがり

    揖斐川支部とレポートされていますが、揖斐支部ですね。
    看板は平成15年6月に設置されましたね。
    夜になると照明を朝まであてていましたので目立っていました。
    撤去日平成28年10月16日ですね。

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    1. 三品純三品純 投稿作成者

      失礼しました。設置はもう少し前ののような話を聞いていましたが、意外と新しいですね。有力な情報ありがとうございました。

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