平日にマイナンバーカード等の身分証明書を持参してさいたま地裁に行き、地下1階の売店で150円分の収入印紙を買い、5階の民事受付で「令和7年(行ウ)第1号」の事件記録の全部の閲覧を申し込むと、わいせつな画像が綴じられた事件記録を見ることができる。ただし、記録が使用中等の場合は閲覧できないこともあるので事前に電話で問い合わせておくと無駄足にならずに済むだろう。
事件記録は原則コピーできないので、ここでその画像をお見せすることはできないのだが、局部に挿入されている、または局部を指で押し広げている二次元イラストや写真などで、おそらく現行法下では頒布すると、ほぼ間違いなく刑事訴追されるであろうものだ。これは言葉で表現するのは難しいので、実際に見ていただくしかない。
逮捕されるリスクなしに、裁判所にわいせつ性を判断させる

言ってみれば裁判所の事務室で、わいせつ物が誰にでも閲覧に供されている状態なのである。なぜこんなことになっているのか?

発端は、埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士課程在籍のあしやまひろこ氏が、公証人制度を利用して、特定の表現物が刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)に抵触するわいせつ物に該当するかどうか判定する方法を考案したことである。その流れを簡単に説明すると次のとおりだ。
- 図画を添付した文書(今回は著作物である図画の利用条件を記した念書)の真正を公証役場で認証してもらう
- 公証人は、公証人法26条、60条より違法な文書は認証できないので、認証されれば図画がわいせつ物にあたらないと公証人が認めたことになる
- 認証を拒否されたら、公証人の所管の法務局長に異議申し立てする
- 異議申し立てが棄却されたら、さらに法務大臣に異議申し立てする
- 法務大臣に棄却されたら、訴訟を提起する
もし、2から4までの過程で認証させることに成功すれば、公証人あるいは法務局長、法務大臣がわいせつ物ではないと認めたことになるので、認証の対象となった図画を販売しても、「わいせつ物に該当しないと信じた」と言うことができる。すると、警察が摘発しようとしても刑法第38条「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」により処罰を逃れられるというわけだ。
そして、5の段階まで進行すれば、わいせつ物かどうか裁判所に判断を仰ぐことができる。この方法の利点は、ある図画の販売が刑法175条に抵触するかどうか、刑罰を受けるリスクなしに裁判所に判定させられることだ。
もし成功すれば、同じスキームを使って様々な図画に対して裁判所に判断を仰ぐことができるので、わいせつ物と表現の自由にまつわる法律闘争のハードルをぐっと下げられるということになるわけだ。
実際にあしやま氏は訴訟を提起する段階に進んでいる。国側は「そもそも公証人の認証拒否は訴訟の対象ではない」として争っている。もし国側の主張が通れば、裁判所は請求を却下、つまり門前払いしてわいせつ物がどうかの判断にまで踏み込まないということになる。
現在、さいたま地裁で訴訟が続けられており、結果はどうなるかわからない状況である。この裁判の事件番号が冒頭に書いた「令和7年(行ウ)第1号」というわけだ。
証拠として提出されたわいせつ物の閲覧を請求したらどうなるか?
この一連の流れを見ていて、筆者は別の考えが浮かんだ。裁判になったということは、問題の図画が掲載された文書が証拠として裁判所に提出されているということである。そこでキーになるのは訴訟記録の閲覧制度である。このスキームを示すと次の通りになる。
- 第三者の立場で裁判所に訴訟記録の閲覧を請求する
- 証拠は「善良の風俗を害する」として裁判所が閲覧を拒否すれば、裁判所がわいせつ物と判断したことになる
- 閲覧制限の取り消しを申し立てる
- 特別抗告まですることで最高裁の判断を仰ぐことができる
筆者は、実際にさいたま地裁に電話して、書記官に事件番号を伝えて記録が見たい旨を問い合わせた。すると、書記官から「この事件の内容についてはどこまでご存知ですか?」と意味ありげな質問をされた。
筆者は、事件のことが書かれた原告のウェブサイトを見たことを告げた。無論、「裁判所がわいせつ物を見せるかどうか判断するためだ」とは言わない。すると「裁判官に相談しますのでしばらくお待ち下さい」と言われ、折り返しの連絡を待つことになった。
正直、閲覧できないと言われた方が面白いことになると思ったのだが、数時間後に折り返しの電話で言われたのは、「記録はすべて見られますので、いつお越しになりますか?」ということだった。
しかし、さいたま地裁に出向く時間が出来た頃に改めて連絡すると、「閲覧制限の申し立てがされているので1週間待ってください」と言われてしまった。もしかすると、あしやま氏が日和ったのかと思ったが、あしやま氏によれば、さすがに裁判資料に書かれた住所や電話番号まで閲覧されると差し障りがあるので請求したもので、エロ画像は制限していないということであった。無論、筆者の目的はエロ画像であって、あしやま氏の住所になど興味はないので安心した。
そして、冒頭に書いた通りに、さいたま地裁を訪れて実際に閲覧を申し込んだわけである。
閲覧請求書の事件番号に「令和7年(行ウ)第1号」と書き、閲覧対象部分は「全部」、事件との関係は「第三者」、閲覧目的は記事を書くつもりなのだから「報道」としておいた。単なる興味本位なら「調査研究」とでもしておけばよいだろう。なお、年齢を書く欄はないし聞かれることもない。あとは自分の住所氏名を書いて書記官に身分証明書を提示すれば手続きは終わりである。
そして、書記官が5センチほどの厚さのファイルを書記官室の記録閲覧用の机に置いて、「メモは取ってもいいですけど全部を書き写さないでくださいね」とだけ説明した。その中身を開いて驚いた。甲1号証、甲2号証と書かれた「念書」には女性器を指で広げたイラストや男女の局部が結合している写真が何の修正もなしに掲載されていた。
何も知らない人がこれを見たら絶対にびっくりするな、というのが最初の印象である。次に考えたのは、このように証拠提出にかこつけて裁判所にわいせつ文書を公開させることができるのではないかということだ。裁判所が、修正も年齢制限もないエロ画像図書館と化すわけである。
裁判所が今回このような対応をした理由を次のように推測する。
まず、裁判所は日常的に生々しい事件を扱っているので、今回の証拠のような文書は裁判官も書記官も見慣れているはずである。
法律上の観点では、もし裁判所が職権で閲覧制限をかければ、先述の筆者の考案したスキームが完成するので、原告の狙いを先取りすることになってしまう。そもそも、裁判記録に閲覧制限をかけられるのは当事者の申し立てがあった時だけで、裁判所の職権による閲覧制限は明文化されていない。
また、民間人が今回裁判所がやったのと同じことすれば、ほぼ確実に警察に捕まるのではないかと思うが、裁判所が許される一番の理由は「正当業務行為」であるからだろう。医者が患者の体を切っても、ボクサーが試合で相手を殴っても、暴行や傷害の罪に問われないのと同じ理屈である。内容がわいせつ物だろうと、記録を見せるのは裁判所の正当な業務だからだ。
「そもそも、わいせつ物ではないから」あるいは「申し込んだ人にだけ限定された空間で見せるので頒布や陳列ではない」と裁判所が判断した可能性は低そうだ。
ただ、あしやま氏と同じことを別の人がやっても、裁判所をエロ図書館化するのは難しいだろう。あまりにも狙いが露骨だと、裁判所が訴状の受理や証拠の提出を認めない可能性が高い。もし同じことを再現するなら、本当の目的を巧妙に隠す必要があるだろう。
いずれにしても言えることは、さいたま地裁でわいせつ物が閲覧できるのは今のうちだけということだ。裁判の判決は、裁判が終わった後も50年間は保存されるが、証拠書類はわずか5年で破棄されてしまう。
あの画像を裁判所の書記官室で見るというシュールな体験ができるのは長くないので、さいたま地裁に行ける方は、記録が破棄される前に閲覧すべきだろう。
曲ってる輪。
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