実録・淡路島5人殺害事件(1)「これはちょっと、ダメですね」

カテゴリー: 淡路島5人殺害事件 | タグ: , , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

2017年2月8日、神戸地方裁判所で、表題の大量殺人事件の裁判員裁判の初公判が行われた。被告人の平野達彦は背広姿で出廷。開廷前に手錠を外された。

髪型は整えられ、ヒゲもそっており、一見すると凶悪殺人犯には見えない。裁判員に、見た目の印象で判断されてしまわないように、最近はどのような事件の裁判も、同様に行われる。

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「被告人、前へ来てください」

開廷後、早速裁判官は被告人にそう言って証言台に立つように促した。

「名前は何と言いますか?」

「平野達彦です」

「生年月日を言ってください」

「1974年8月24日です」

被告人は、型通りの人定質問に対して答えていく。最初はごく普通のやりとりであったが、次の質問を境に様相が変わった。

「起訴状には職業は無職とありますが、その通りですか?」

「ウェブサイト、マインドジャックドッドオルグ、ウェブサイト、クライムドットコム…のサポートをしています」

「それはIT企業のようなものですか」

「企業ではありません、サポーターです」

検察による起訴状の読み上げのあと、裁判官がそれに対する陳述を求めると、さらに法廷は異様な空気となった。

「私は無実です、私の体が被害者5人の命を奪ったとするならば、それは工作員が私の脳を電磁波兵器でブレインジャックしたからです。事件は、日本政府の工作員によるテクノロジー犯罪、集団ストーカー犯罪であり、合わせてそれを精神工学戦争と言います」

被告人は、あらかじめ用意した原稿を広げて、はっきりした声で読み上げ始めた。言葉は明瞭なのに、何を言っているのか理解するのは難しい。内容が支離滅裂であるし、聞いたこともない独特の用語が出てくるので、そこが聞き取りにくいのだ。

なお、被告人の職業について、2018年9月28日に大阪高裁で開かれた控訴審では、もう少しわかりやすい説明をしている。それによれば

「同和団体や暴力団などが行っている精神工学戦争から個人団体世界を守る告発活動などをしているいくつかの団体のサポーターをしている」

ということだ。

傍聴席の最前列の一部は、地裁の記者クラブ専用の記者席になっており、熱心にメモを取る者もいれば、事件関係の記事をまとめたスクラップブックを見ながら聞くことに徹している者もいる。

被告人が「精神工学戦争」について語り始めると、記者たちは互いに顔を見合わせる者あり、メモの手を止める者ありで、明らかに困惑しているのが見て取れた。

一旦休廷となると、それはさらに顕著になった。法廷から出た記者たちは、ラップトップPCを開いてメールしたり、電話をしたりている。デスクに報告しているのか「これはちょっと、ダメですね」と電話で話している記者がいた。

何がダメなのか。一番の理由は、端的に言えばこの事件が精神障害者による犯罪である可能性が高いからだ。

精神障害者による犯罪であれば、なぜダメなのか。ここで「ダメ」というのは、記者にとって報道しづらいということを意味する。その理由は主に2つある。

1つは無罪になる可能性があること。これもストレートな表現になってしまい恐縮だが「キチガイ無罪」という言葉がある。よりポリティカル・コレクトネスに配慮した言葉で表現すれば、刑法第39条1項のことである。刑法第39条にはこうある。

刑法第39条
1 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

心神喪失者とは何を意味するのか。それは、重度の精神障害者もそれに含まれると解される。

もし重度の精神障害者が犯罪をし、 心神喪失者として罪が問われない可能性がある場合、マスメディアは実名を含めて詳細な報道を控える傾向がある。これには何か明確な法的根拠があるわけではない。しかし、マスメディアさらには司法も含めて、実名報道を単なる事実の伝達ではなくて、一種の「懲罰」と捉える傾向があり、それは刑罰と一体なのだから、無罪の可能性があるならそれに対応して、懲罰的な報道も控えるべきという影の論理だ。

例えば、「ロス疑惑」で裁判で無罪が確定した三浦和義のように、後で実名報道したメディアを次々と訴えて、多くの場合メディア側が敗訴した事例がある。そして、日本では事実上警察による逮捕、あるいは検察による起訴が、「これからは実名報道してもよい」というお墨付きとなる。

無論、そのような考え方には筆者は賛同しない。実名報道は懲罰ではない。有罪か無罪か、罪が軽いか重いかは、どれだけその事件が詳細に報道されるべきかとは全く別の問題だ。実名報道を含め、どれだけ事件を詳細に報道すべきかは、その事件の情報がどれだけ価値があるか(希少性・国民の関心)ということで判断すべきあると筆者は考える。いざ無罪となった場合に名誉毀損で損害賠償を求められることを恐れるのであれば、吊し上げのような悪意ある報道をしなければいいだけだ。そして司法は、実名を書いたから何でも人格権侵害のような安直な判断をすべきでない。

2つ目は、「精神障害者がその障害が原因で凶悪犯罪をした」という事実を報道することにより、精神障害者に対する偏見や差別を煽ってしまわないかという懸念である。あるいは、 精神障害者に対する偏見や差別を煽ると抗議を受ける可能性である。

現在は昔ほどは多くはなくなったが、90年代くらいまでは、新聞が精神障害者による犯罪について懸念するような記事を書けば、市民活動家(精神障害者やその家族とは無関係な人も含む)から強烈な抗議を受けてしまい、その対応に追われてしまうので、その種の記事を避けるような傾向が生まれた。

しかし、現在の「市民感覚」はそれらとは一致しない。顕著なのは2012年7月30日に大阪地裁の裁判員裁判で出された、殺人事件でのアスペルガー症候群の被告への判決。刑法の規定とは正反対に、精神障害を理由により長く社会と隔離するべきとして、むしろ量刑が上積みされた。

当然、法律学者や人権派からは、「人民裁判」だと裁判員裁判の欠陥例として非難轟々だった。控訴審では裁判員裁判の結果は否定されたが、それだけでは根本的な解決にはつながらない。刑法第39条と、それに対する司法の解釈、市民の感覚は未だに乖離したままであると思う。

その乖離を埋めるためには、自由闊達な議論が必要なはずだが、皮肉にも刑法第39条と精神障害者の人権に対する市民活動家やメディアの配慮がそれを困難なものにしている。

触法精神障害者に対して適切な社会制度を構築するための議論が必要だが、 触法精神障害者に対する配慮が議論そのものを困難にしているという悪循環である。

この問題に対して、重要な示唆を与える事件の一例として、筆者は平野達彦の事件に興味を抱いたのである。本シリーズで明らかにしていくが、平野達彦は精神障害者であり、そのことを理由として刑法第39条2項により減刑されたことは紛れもない事実である。

ASD 自閉スペクトラム症

ここで、淡路島5人殺人事件の加害者である平野達彦の生い立ちについて説明する。

生年月日は先述した通り、1974年8月24日 。出身地は洲本市中川原町中川原である。現在も、そこに実家がある。本人は「士族と庄屋の家系」であると語っているが、本当かどうかは分からない。

少年時代については、ボーイスカウトに所属していたことがあると本人が語っている。

1987年に洲本市立中川原中学校を卒業。その後、パソコンに興味を持ったことから兵庫県では唯一の私立工業高校である神戸村野工業高校情報科に進学するも中退した。

この経歴から察することが出来る通り、お世辞にも平野達彦は頭のいい人物とは言えない。 実際に、一審で行われた精神鑑定では、知能指数(IQ)は81または84とされている。これは異常とまでは言えないものの、低い方である。

高校中退後は実家に戻り、警備会社のアルバイトをしたものの長続きしなかった。1992年頃にはNTT関連会社に務める父親の単身赴任先の明石市でバイク店、大工や塗装等の仕事をしたがいずれも続かず、実家に戻った。

2001年頃、父親の転勤に合わせて平野達彦は大阪市福島区に移住した。この頃から、変化が見られ、粗暴な言動が見られるようになる。

2002年7月、福島区の「大阪厚生年金病院」(現在のJCHO大阪病院)を受診し、ADHD(多動性症候群)の治療薬としてリタリン(メチルフェニデート)を処方される。この頃から、平野達彦は様々な精神科を受診し、リタリンの処方を受けるようになる。

リタリンは病院の側から積極的に処方され等というよりは、平野達彦が病院の処方を求めたようである。裁判の中で、平野達彦はインターネットのADHD診断サイトで自分がADHDに当てはまったことがあり、さらにネットでADHDの治療薬としてリタリンの存在を知り、病院に処方を求めたと語っている。

その後、同じく福島区内の「小池メンタルクリニック」から平野達彦の母親に連絡があった。リタリンの使用量が増えているので、本人に注意してほしいというのである。この頃から、リタリンを買うために母親に金をせびるようになった。

一方で、ネットオークションで商品を転売して利益を得るということもしていた。しかし、次第に滞在先の家賃を滞納するようになり、2004年には実家に戻った。

平野達彦はADHDだったのか? これについて、二審の精神鑑定人は自閉スペクトラム症(ASD)だったと診断しており、一審の精神鑑定人もそれには同意している。これは、先述した大阪地裁の裁判員裁判の事例で問題とされたアスペルガー症候群と同義である。

一審の精神鑑定人は、平野達彦が初公判で語った様々な陰謀論について、平野達彦が知能の低さゆえに、ネットや本の情報を鵜呑みにしてしまったと語った。すると、平野達彦が社会に馴染めず引きこもりになり、さらに自分がADHDだと思い込み、リタリンを服用するようになったのも知能の低さが原因のような印象を受けてしまうが、実際はASDだったのである。

ASDは対人コミュニケーションが困難で、他人の意図や感情を読み取れない等の精神障害の一種である。これは、生まれつきの特性であるとされる。平野達彦がそうであると思い込んだADHDも精神障害の一種で、ASDのように対人関係や職業能力に支障を生じることがある。

すると、平野達彦だけでなく、彼にリタリンを処方した医師も、平野達彦がASDであることを見抜けず、誤診してしまっていたのだろうか? これは必ずしもそうではないようだ。後述するように、リタリンを処方してもらうために医師を脅すこともしている。また、複数の病院の名前が出てくることから、リタリンを処方してもらうまで病院を転々としていたようだ。

平野達彦がリタリンにこだわったのは、コンピューターの勉強をするために、集中力を高める必要があったと本人は語っている。

リタリンとの関係性は不明であるが、この頃から既に両親に対して「電磁波攻撃」「集団ストーカー犯罪」といった類の話をしていたという。

2004年、平野達彦は再び洲本市に戻り、NTTネオメイト兵庫で働き始めた。しかし、そこでも問題を起こして解雇された。

この頃もリタリンの服用を続けており、2005年7月13日の新淡路病院のカルテによれば医師を脅していたことが明らかとなっており「プラスチック爆弾」「殺る」といった言葉を発したことが記録されている。

しかし、それも本人によれば「精神工学兵器」によって言わされていたのだという。

(次回に続く)

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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実録・淡路島5人殺害事件(1)「これはちょっと、ダメですね」」への3件のフィードバック

    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      たぶん、サイトは存在していたのだと思いますが、表記はいろいろ考えられるのでどのサイトなのかは分かりません。

      返信
  1. ピンバック: 時々気になるニュース | SWOFF.COM