あの韓国対馬リゾートの 行幸碑が海自敷地に 移設していた!

三品純 By 三品純

「対馬が危ない」なるフレーズが2008年頃、保守メディア上で躍った。対馬の土地が韓国資本に買収されていること、韓国国会議員が対馬島返還要求決議案を発議したことなどが重なり日本で反発が強まった。さらに保守層を激怒させたのは韓国人専用のリゾートホテルとして買収された敷地内に前天皇皇后両陛下の行幸啓記念碑があったことだ。しかもホテルの隣には海上自衛隊対馬防備隊本部があり、「監視されている」「国防の情報が流出する」といった声が挙がった。あれから10年ほど経つが日韓関係はさらに悪化。そんな中、あの韓国人ホテルはどうなったのか? 行幸啓記念碑は無事かと案じ調べてみると―――なんと意外にも安全な場所に「移設」していた。現在は、海自対馬防備隊の正面隣の敷地にひっそりと建っている。

対馬は韓国との国境の島。韓国人と思しき観光客が多く訪れている。観光案内、注意書きなどは日本語とハングルの併記が目立つ。対馬市内は移動が不便で、リゾート施設も乏しい。それでも韓国人たちが訪れるのは最も身近に日本旅行ができる町だからだろう。博多からのフェリーは途中の壱岐でおおかたの乗客が降りてしまう。残りは自衛隊員、島民ばかり。日本人にとってお世辞にも人気観光地とは言えない。対馬を取材した当時、島民たちはむしろ韓国に擁護的ですらあった。というのは本土の人間が対馬に訪れないのに、韓国人は年中、観光に訪れる。島民にとってはむしろ韓国人の方が大切な“お得意様 ”なのだ。

いずはらショッピングセンターでバスに乗る韓国人観光客。スーパーで総菜を買うのが楽しみと言っていた。

当時、市の観光担当者に韓国人への思いを聞いてみた。

「特に島民が反発というのはないと思いますよ。だいたい対馬が韓国のものなんて誰も思っていません」

市の観光案内所もハングル併記。いかに韓国人観光客が重要かよく分かる。

様々な島民たちの反応を見るにおそらくこのスタンスが限りなく「標準」なのかと思った。市役所近くに「いずはらショッピングセンター 」という施設がある。対馬市民にとってみれば高島屋や伊勢丹のようなものだ。その前で何やら反韓国のプラカードを掲げた高齢者がいた。聞けば地元の住民でよく座り込みをしているという。どんな記事を書くのかと聞かれたから政治や人権問題、左翼ネタと答えた。「私も詳しい。対馬にも部落がある」。その人はこんなことを言った。「同和地区指定された場所があるんですか」「ここは筑紫じゃないよ、長崎だ」。地区指定を筑紫と聞いたようだ。じゃなくて地区指定と正そうとしたがやめよう意味がない。おおかたこのようなものだ。

問題のホテルは「TSUSHIMA RESORT」(美津島町竹敷4、以降対馬リゾート表記) だ。これは当時、一般メディア、ブログ、動画などでも盛んに扱われたから韓国問題に関心がある人なら旧聞に属する話だ。先述した通り、このホテルは韓国人専用のリゾートホテルで、海上自衛隊の施設と隣接している。そういえば京都宇治市のウトロ地区も自衛隊駐屯地と隣接しているが、なぜこう曰くつき物件は自衛隊の隣人になるのか不思議だ。

対馬リゾート玄関。

この通り、自衛隊の隣というのも保守層を怒らせた。あるいは当時、民団や親韓派、旧民主党を中心に永住外国人の地方参政権問題が盛んだったことも、火に油を注いだかもしれない。それ以上に「行幸啓記念の碑」が問題だ。もともとこのホテルの敷地には大洋真珠の工場があった。1990年(平成2年)5月、当時の天皇皇后両陛下(上皇上皇后両陛下)がこの地を視察された。これを祝し記念碑が建設されたが、2001年(平成13年)に同社が閉鎖。それから2007年(平成19年)7月に対馬リゾートができた。記念碑は私有地であるホテル敷地内だから粗雑な扱いを受ける、などと懸念されたものである。しかし著者が碑石を見た時は雑というわけでも荒廃というわけでもなかった。むしろ綺麗に整備されている気もした。

訪問した時期がオフシーズンだったのか人がいなかった。偶然、通りがかった人がホテルの責任者を知っているという。親切にもその自宅まで連れて行ってくれた。責任者の自宅というのが釣り宿や養殖業などを手広く営んでいるということだ。釣り宿を訪問すると室内から東京の大久保や大阪の鶴橋の飲食街の匂いが漂ってきた。責任者の妻が応対してくれたが、対馬リゾートの件を聞くと即座に不機嫌な表情を浮かべた。中にいた若い女性は「突然、失礼でしょ」と叫んでいる。

「この釣り宿は私も泊まれますか」と聞いてみる。「日本人はちょっとね。韓国人だけです」「どうして?」「トラブルになるかもしれないから・・本人に伝えておくからもういいですか」

日本人おことわりという生易しいものではない。日本人完全拒否。そんな雰囲気が伝わってくる。民族衣装風の割烹着で手伝いをする子供たちも刺すような視線で見ている。これも印象的だ。ただの釣り宿というよりも取材の雰囲気は朝鮮学校や関係施設でのやり取りに近い。ネット言説でいうところの「反日」というわけではないが、少なくともここの人々は日本に対して良い感情は抱いてない様子だ。

あるいは別の事情も影響したかも。ホテルの運営企業の登記事項を見るとなぜか所在地が一般の民家になっていた。実際にその民家に行くと家人は慌てた様子で「韓国が・・」「頼まれて・・」こんな風にてんやわんやだ。もしや企業情報を調べに来たと思い不快感を露わにしたのか。それは分からない。おそらく両方だろう。

敷地内部。リゾートホテルというよりも「招待所」のイメージ。
ホテルの裏には入り江があって釣りやクルージングができるようだ。ちょっと楽しそう。

移設に関わったのは日本会議対馬支部

あれから日韓関係はさらに険悪になってしまう。というよりも韓国の反日政策はさらにエスカレートした。そんな中、あの行幸碑はどうなってしまったのだろう。ふとそんな思いから調べてみることにした。対馬リゾートは裏に入り江があり、クルーザーもある。泳いでもいいし、釣りにも行ける。リゾートホテルとしては絶好の景観だ。ただ

「福島原発事故が起きた当時、対馬好きの韓国人も“ 放射能が怖い”ということで客足が鈍くなったのです」(地元民)。このため一時は周辺の雑草が生い茂る状態だったとか。そんな時期もあったが、対馬リゾートは現在も営業は続いている。記念碑はどうなったのか、今、韓国人はどれぐらい来ているのか? そんなことをホテルに聞いてみると

「記念碑はもう自衛隊の敷地に移動しています? 知りたいなら自衛隊に聞いてください。また韓国人観光客のことを知りたいなら市役所に電話してください。責任者? 多忙でいません」

携帯番号を伝えるから責任者から連絡が欲しいとも伝えたが、拒否された。それにしてもあの碑石が移動とはどういうことだろう。しかも自衛隊の敷地になるとは・・・。まあこれ以上、安全な場所もないか。

対馬の海上自衛隊。
ハングルで注意書きが書かれていた。

海上自衛隊対馬防備隊本部に事情を尋ねてみるとなんと日本会議が移設に関わっていたとの説明だ。

「平成28年に日本会議対馬支部の支部長らが(対馬リゾートの)オーナーと協議したのです。そして海自防備隊本部の玄関隣の敷地が最適ということになりました。同年12月に中原建設という会社の尽力もあり建設されました」

現在は同本部入り口付近にあり、公道に接しているから誰でも碑を観覧できる。対馬リゾートにとっても懸念材料が消えた。日本側からすれば行幸碑を保存できたことになる。考えられる最善の解決方法ではないか。もっとも双方の友情の証云々の決着ではないが行幸碑をめぐるトラブルは今後、回避されるはずだ。現在の日韓関係もこんな玉虫色の解決方法があるといいのだが―――。

現在の碑石。グーグルマップで投稿されていた。日本会議の文字が見える。

あの韓国対馬リゾートの 行幸碑が海自敷地に 移設していた!」への5件のフィードバック

    1. 三品純三品純 投稿作成者

      なんでもあのパレードはいわくがついてるそうでLGBTウォッチをしてるからメモ代わりにリツイートしたのです。それから私はノンケだけど今のご時世、そういうダイレクトな言い方は気を付けた方がいいですよ。

      返信
  1. アバター.

    https://twitter.com/ichiroaisawa/status/739692867765968896
    「あいさわ一郎 認証済みアカウント
    [email protected]
    昨日川崎市で計画のデモが中止に。在日コリアンへの差別的言動を繰り返していた団体。ヘイトスピーチ対策法施行後初めて。
    表現の自由はもちろんあるが、特定の人種や民族への差別を煽る言動は駄目。
    ヘイトスピーチ対策法成立させてよかった。
    22:38 2016年6月5日」

    違法デリヘルに国民の血税を年間1500万円注ぎ込む風俗マニアの「ちくび」こと逢沢一郎先生(解放推進議員)は、なぜ上記のツイートを削除したのでしょうか。

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    1. 三品純三品純 投稿作成者

      .さんいつも貴重な情報をありがとうございます。実は今、以前ご指摘頂いた宝島社を調べていてその後でもデリヘル氏のことをやれればと思います。

      返信

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