菊池山哉は『長吏と特殊部落』でこう書いている。

○足柄本街道ではなく、黄瀬川左岸である。古い街道筋と思はれる位置である。○鎮守は稲荷神、白山神は相殿である。鳥居には稲荷神と書き乍ら、老人は白山堂と呼むで居る。この白山堂の改築修維は本村全部が合力すると云。○僅かに六戸ばかり、普通家と雑居なので、一見しては分らない。公文名の名は、公文所の付属の義であらうか。

昭和初期の記録では7戸、農業と草履づくりをしていたという。

同じく菊池山哉による『日本の特殊部落』には写真つきで紹介されている。

文献からの手がかりはこの程度なのだが、静岡県にお住まいの、とある研究者の方から、ここではないかという情報を頂いた。そう判断する理由は、静岡県の部落の名字はなぜか平凡な名字が多く、ここもその例に漏れず、一方で「本杉」という厚木市下古沢で特徴的な名字が存在していることだ。

そして、部落によく見られることとして、行政区画の境界付近に位置することが多い。確かにここは裾野市公文名と久根の境界に近い。

また、部落では、農家が多い郊外にぽつんとネイルサロン、美容系アロマ整体、化粧品代理店の様な、おおよそ不似合いな店を見かけることがよくあるという。そして、ここにはペット美容室がある。

これは慧眼である。農村部落は農村において、農業以外の土地を必要としない仕事をしていることが多かった。後に農地解放などで土地を得たとしても、工場やスクラップヤードになっていることはよくある。このように、職業の傾向の違いが今も残っているのは珍しいことではない。

そして、この稲荷神社である。屋敷神にしては大きすぎるのではないか？　これが、かつて稲荷神社と掲げた白山堂だった可能性がある。

神社の前の道路とこの水路。おそらく70年程度の時を経ているので、周囲の家は変わってしまっているが、『日本の特殊部落』に掲載された写真の場所と考えて矛盾がないように見える。いや、矛盾がないどころか水路や道の形、石垣の配置、木々の位置はそのまんまなのでは？

住民に聞いてみると、あの神社は稲荷神社で、昔は8畳くらいの大きさがあったのだが、改修していまの形になったのだという。しかし、詳しい由来は分からない、差別された部落だったかどうかも知らないということだった。

別の方にも聞いてみた。『日本の特殊部落』の写真を見せたが、この辺りでは昔はよくあった風景で、ここかどうかは分からないという。赤い神社はよくある屋敷神だし、前の道路は昔はなくて、付け替えたものだという。

そうなのかと納得しかけたが、どうも様子がおかしい。必死に別の話題に逸らそうとしているように感じた。また、あんな大きな、しかも昔は8畳もあった神社が屋敷神だろうか？　そして、後でわかったことだが航空写真や過去の地図で検証したところでは、神社前の道は明治時代から存在することが確認できる。

なお、この太陽光発電所の表示を見ると、この場所は「ソリ畑」と言うそうだ。

そして、少し離れたところでこんな話を聞くことが出来た。

「昔は“コンボウ”と言った。三島からやってきた人たちで、昔は別にされていたけど、今は自治会の組も同じで、そういうことは言わないようになっている」

コンボウとは初めて聞いた言葉だったが、「カーボー」とアクセントが同じだったので、これも皮坊から派生した言葉であろう。

ということで、今回も“勝利”（未指定地区の特定）してしまった。静岡の部落と言えば日蓮宗なので、ダメ押しに宗教についても聞いてみると、この辺りの家はだいたい禅宗なのだが、あの稲荷神社のあるブロックの5戸ばかりの家だけは確かに日蓮宗ということだ。

少戸数で、既にほぼ融和しているので、特定できたのはギリギリのタイミングであり、奇跡に近いであろう。

しかし、なぜ山本・西村のように平凡な名字が静岡の部落には多くなったのか？ その謎は続いての探訪で解き明かされていく。