緊急レポート“強盗国家”韓国を許すな 狙われた敦賀市・常宮神社の国宝「新羅鐘」(同和と在日2012 1)

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By 宮部 龍彦

三品純(取材・文) 月刊同和と在日2012年1月号

民間の文化財も韓国人が奪いに来る!

ゴネれば得する、キレたら勝てる―韓国という国はなんでも“アリ”になってきた昨今である。特に民主党政権の誕生以降、韓国の傍若ぼうじゃく無人ぶじんぶりが露骨になってきたわけだが、その象徴とも言うべき事象の一つが「朝鮮王室儀軌ぎき」の返還問題だった。これについては本誌「日韓無法地帯宣言 菅談話で文化財返還狩りが始まる!?」(同和と在日)でも報じた。かいつまんで言うと、この問題は日韓併合100年を迎え、菅首相(当時)は「総理談話」を発表し、その中に日本政府が保管する朝鮮王室儀軌など朝鮮半島に関する資料を韓国に引き渡すことも盛り込んだのだ。

朝鮮王室儀軌とは氏朝鮮時代の文献、記録、資料集だが、その多くは宮内庁の書陵しょりょう部に保管されてきた。しかし、2006年12月に韓国の国会で日本所蔵朝鮮王朝儀軌返還要求決議文という決議が採択され、この決議に基づいて、韓国の国会事務総長から日本政府に対し朝鮮王朝儀軌の返還要求が行われた。

しかし当時の日本政府の立場は、「1965年の韓国との請求権・経済協力協定によりまして、両国及び両国民間の財産それから請求権に関する問題、これは完全かつ最終的に解決」(第166回国会 外交防衛委員会答弁)であり、朝鮮王朝儀軌もこの引渡し対象に含まれていない。ところがこうした国家間の協定よりも、韓国の“声の大きさ”が優先されてしまい返還合意に至る。結局、2011年10月に野田首相と明博ミョンバクが会談した際、朝鮮王朝儀軌やその他一部の文献が引き渡されてしまった。

ここで問題なのが朝鮮王朝儀軌にしても、従軍慰安婦問題にしても、1965年の請求権・経済協力協定の段階で解決済みと国家間で合意しているにも関わらず、今度は「道義上の責任」を持ち出すことだ。ならば国家間の約束事の重さとは何かという話になる。ルール、法的根拠といったものはもう日韓関係の間には成立しないのか? もはや強盗、物取り、詐欺師の領域である。そして今、国宝にまで“強盗国家・韓国”の理不尽な触手が忍び寄っているのだ。

明治時代以来の国宝「新羅鐘しらぎのかね

敦賀市常宮の海岸線にある神社。ここから車で20分程度で気比神社がある。さらに北上すると高速増殖炉もんじゅがある。


福井県敦賀つるが市内にある常宮じょうぐう神社。今、この神社に納められている文化遺産が韓国や日本の運動家たちのターゲットになっている。常宮神社は敦賀市内にある重要文化財「氣比けひ神宮」と乳母神社にあたる。明治九年社格制度(神社の等級制度)で氣比神宮から独立し、常宮神社となった。非常に由緒ある上、敦賀湾の沿岸に位置しているので湾内が一望でき景観も素晴らしい。ここは古くから“お産のじょうぐうさん”として安産祈願の参拝客が多く、また漁師らの守り神として地元でも親しまれてきたが、なんと言っても最大の目玉は、国宝「新羅鐘」(別名「朝鮮鐘」)だろう。

朝鮮鐘は豊臣秀吉の時代に行われた「朝鮮出兵」の文禄の役の際、晋州チンジュ蓮池寺ヨンジサから持ち帰られ、秀吉の命により配下の武将、大谷おおたに吉継よしつぐが奉納したと伝わっている。新羅鐘が作られた年代は白雉はくちというから西暦650年頃だろう。正面には天女が舞う姿が彫られ、千三百余年経った今でもくっきりとその造形を留めている。
歴史的価値はとても高く明治33年に「美術工芸甲種第一等」として国宝に指定され、昭和27年に再度、新国宝に指定された由緒ある鐘だ。現在、この鐘と同じものは韓国の慶州キョンジュ博物館、江原道カンウォンド上院寺サンウォンサ、そして大分県の宇佐うさ八幡宮に所蔵されているという。ではなぜ常宮神社が狙われたかと言えば宇佐八幡宮の鐘は非公開のため、その有無を確認できないからだ。逆に常宮神社の場合、一般公開しているため、韓国人の目にも止まったというわけである。

有光ありみつけん氏が返還運動のフィクサーか?

また韓国人が新羅鐘にこだわる理由を国内の運動家はこう話す。

「韓国では伊藤博文と並び大悪党と教えられている豊臣秀吉にゆかりのある文化財だからですよ。鐘は略奪文化財であるとの意識が強い」

こうした背景もあって新羅鐘を返還せよ、との声が年々、韓国内で強まっていった。さらに現在、日本の運動家にも返還を求める声が広がりつつある。韓国内での動きを追ってみよう。2007年10月3日の「蓮池寺鐘還収念構想パレード」で始まり、翌年2月1日から市民運動としても開始された。2009年1月16日には「蓮池寺鐘返還国民行動市民団体」が創立され、昨年には蓮池寺鐘還収国民行動運営委員会も発足した。そして今年、12月17日から19日まで韓国・晋州市で「敦賀市常宮神社所蔵の朝鮮鐘(晋州蓮池寺鐘)返還求める日韓交流シンポジウム」が開催され、日本からも韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議のメンバーらが参加したという。

同会議の主要メンバーには戦後補償ネットワーク世話人代表の有光健氏も名を連ねる。有光氏と言えば従軍慰安婦問題にも深く関与しており、慰安婦問題での対日非難決議を主導したマイク・ホンダ米下院議員とも懇意にしている人物だ。文化財返還というよりも実質、反日運動の一環とも勘繰りたくなる。

それでも公共放送?
中継で返せと騒ぐ韓国人レポーター

そもそも世界的にも他国由来の文化財を所蔵するケースは全く珍しいことではないし、また数百年前の文化財を返還したという類例は聞かない。さらに法的に見ても返還する根拠もなければ国際的なルールも見当たらない。とにかく朝鮮由来ならばすべて返せ! こう言わんばかりの暴挙なのだ。なにしろ“かの国”と半島に終始べったりの日本の左翼運動家たちのこと、常宮神社に押し寄せ、返せとシュプレヒコールを挙げる姿が思い浮かんでしまう。常宮神社はどう対処するつもりなのか宮司に聞いた。

「そんなシンポジウムが開催されていたのは知りませんでしたが、確かに新羅鐘を返せと訴えてくる韓国人は多いですね。ただデモとか街宣抗議などの運動はありませんよ」

現在のところまだ大規模な抗議活動はないようだが、ただ常宮神社を訪れる韓国人たちのマナーと悪態には呆れるばかりだ。

「新羅鐘は一般公開していますが、撮影不可なんです。ところが韓国人の参拝客は撮影をしようとするので注意すると“もともと私たちのものなのになぜ自由にできないのか?”と居直るのです」

また一般の韓国人だけではなく韓国メディアも同社に訪れるという。その様はメディアというよりは活動家のようだ。

「韓国の公共放送のKBSが来た時なんですが、女性レポーターが私にマイクを向けていきなり“この鐘を返しなさい”というのです。日本語で返せというだけですから、後は韓国語ですから何を言っているのか分かりませんし、韓国内にどう伝わったのか全く知りません。ただずいぶん反響はあったようで、お坊さんの一団が訪れ返還しろと訴えたり、中には返してくれたら勲章を授与するよう政府に働きかけると言った人もいましたね(笑)。とにかくこの鐘はこの神社で代々受け継がれ、大切に守ってきたものです。そして私の跡継ぎにも必ず守るように伝えたいと思います。決して返還に応じることはありません」

毅然と対応してきた宮司の姿を日本の政治家にも見習わせたいところである。

さて法的根拠のかけらもないこの返還運動だが一体、何を理由に返せと言っているのか? 「韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議」のメンバーの一人、有光健氏に聞いた。

「今のところまだ正式に返還を申し入れたということはありません。どうやって返還してもらうのか法的な問題や根拠を話し合っているところです。またこれぐらい時間がたったものを返還するのは国際的にも実例がないため、仮に裁判所に持ち込んでも主張そのものが受け入れられるか分かりません。どういう形で(返還運動を)作り上げていくかはこれからの問題です」

主張している側すら主張が曖昧なのだから、この時点ですでに論理破綻しているようにも見える。それでも返還を迫るというならば、もはやゆすり・たかりの領域であろう。しかも過去には長崎県壱岐いき市・安国寺あんこくじ宝物殿所蔵の高麗版こうらいばん大般若だいはんにゃ経典が1994年7月に盗難されたその翌年、なぜか韓国で発見される事件も発生。そしてあろうことか韓国で「国宝」に指定されたという不思議な事態となった。また2002年には兵庫県加古川かこがわ市の鶴林寺かくりんじの掛け軸「阿弥陀あみだ三尊さんぞん像」が韓国人らに盗まれたが、その後、掛け軸は韓国内で行方不明になったまま。現在、外務省が調査を依頼しているが、全く進展が見られない。根拠も理由もなく闇雲やみくもに日本側へ返還を迫る一方で、自分の窃盗に対してはおダンマリ。「強盗国家」、韓国にはやはりこの名前が相応しい。(三)

常宮神社の秘宝、「朝鮮鐘」。上部についている突起状の乳頭が残っているのはとても珍しいという。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。