曲輪クエスト(448) 熊谷市石原

カテゴリー: 曲輪クエスト | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

古の記録によれば、熊谷市 石原に8軒の古村があった。地元で言われているのは、「金井」という名字が部落と関係があるということである。

ただ、当地では金井という名字は多く、分布を検証すると部落の名字とは考えにくい状況である。

菊池山哉はこう記している。

現在熊ヶ谷町には、宿に三軒、柳原に四十軒、坪井四軒とあるが、久下や石原はあっても、重田に人別帳がないから、他から出たか、新らしいものである。

上石原の金井曲輪は、既に足を洗って、一般農家と少しも変わらないが、此処で人別帳を押へられて居っては、否応なしである。

この「金井曲輪」が何を指すのか?

手がかりはこの赤城久伊豆神社にある。菊池山哉はこう記している。

初め秩父鉄道沿ひに、石原村を通ると、久伊豆神社がある。その末社の中に、白山神社がある。聞いて見ると、土地の豪家金井強右衛門の氏神が合祀されて居るのだと云。そこで其強右衛門を尋ねると、四月に附近十數戸と共に全焼したとの事、傷ましい焼野原となって居った。

境内には確かに白山神社がある。

しかも、丁寧なことに白山神社がもともとどこにあったか書かれている。「坪井」にあったということだ。

坪井へと向かう途中に「上石原」がある。聞くところによると、古くからの住人はどんどんいなくなっており、それらの住民が売った土地が新しい住宅になっているそうだ。ただ、部落について知っている人を見つけることは出来なかった。

そして、坪井がこの辺りなのだが稲荷神社がある。しかし、由緒書きを見るとかなり新しいものなので、これは古村とは関係なさそうだ。

ほぼ空き家となっている古い文化住宅があるが、8軒よりもずっと多いので、これは古村とは無関係であろう。

この佇まいは、何かを感じさせるものがある。

馬頭観音が安置された空き地がある。もしかすると、ここが白山神社のあった場所ではないか。

菊池山哉が記した「坪井」「宿」は石原内の小字である。それぞれ4軒、3軒あったそうなので、足すと8に近いではないか。

ただ、菊池山哉は付近の古村を「広瀬」として記録している。確かにこの近くには広瀬という小字がある。探訪時は文献調査が不十分だったので、さらに「広瀬」についても調査予定である。

古村に金井が多いわけでもない。金井はあくまで土地の豪家のことであろう。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)