1921年3月の『香川県社会事業概要』によれば、小豆郡安田村「大字橘字岡見場」に31戸、131人の古村がある。現在の小豆島町橘のことである。
ここは斜面にあって、過去に土砂災害に見舞われている。


この橘会館からクエストを開始した。壁には災害時の避難場所を示す表示があり、駐車場の案内には「橘会館・橘公民館」と併記されている。小豆島町隣保館条例では、橘甲442番地1に置かれた隣保事業の施設とされる。同和施設である。


プールの前には「偏見や差別をなくし 明るい町づくり」の標語。この施設では、最近でも部落解放同盟橘支部大会と人権・同和問題啓発講演会が開かれている。



離島でこのような立派な団地群を見るとは思わなかった。


大変立派な幼稚園。保育所ではなく、町立の幼稚園である。建物だけでなくグラウンドも立派なのだが、平日なのに静かなのが気になった。調べてみると、子供がいないので昨年から休止中ということである。あまりにも勿体ない。


背後の山は近い。斜面へ上がる階段のそばには「土石流危険渓流」の看板が立つ。1921年資料に「岡見場」とあったが、香川県が2007年に指定した土砂災害警戒区域の名前として残っている。



立派な団地は1972年から1984年にかけて建設された。最初に出来たA棟はここから離れた海沿いにがあるが、ここにある団地は1974年に死者29人、家屋全半壊249棟の被害を出した土砂災害の反省から高床式のようになっている。




正面に見えるのが橘地区改良住宅D棟で、文化庁のサイトでも紹介されている名建築らしい。1975年竣工。1976年台風17号豪雨では1階が土砂と流木に埋没しながらも耐え、住民の避難場所になったという。



小豆島町営改良住宅管理条例施行規則によれば、橘地区の改良住宅の戸数は合計で124戸になる。記録にある古村の戸数よりかなり多い。






現代建築と岩山の対比が見事である。



駐車場の看板にはいろいろと禁止事項が書かれているが、探訪して撮影してはいけないとは書かれていないので問題ないだろう。




団地群の裏手の畑になっている場所も歩いてみた。





険しい場所で車は入ってこれないのだが、意外にも廃墟化していない家が多い。




後で気がついたが、橘会館の駐車場の壁に何か書かれている。「富田」と「日之出支部」の文字。これから分かるのは、わざわざ大阪の部落からやってきて、ここに足跡を残していったのだ。





壮大な建築物に感心しつつも、島では公共事業にからむお金の問題を耳にする。
また、部落について住民に聞くと、今はそんなことをは気にしていないと表向きは言うのだが、深く突っ込むと、かつては暴力団に走るものが多かったという本音を耳にする。しかし、今となってはそれよりも高齢化が進んでいるというイメージである。
2010年に竣工した橘トンネルを抜けて次の古村へと向かった。



