小山市上泉の永野川沿いに、同和対策集会所があった。小山市は地元自治会への譲渡を試みたが、譲渡希望はなく、昨年解体されている。
しかし、集会所の隣の白山神社はそのままなので、行ってみた。

この白山神社は見るからに開放的な雰囲気である。そして、隣にある黒いシートがかけられた土地が、小山市堀の内集会所の跡地である。

集会所は本当にごく最近まであったので、その様子をストリートビューで確認できる。

集会所は1978年頃に作られた。

白山神社はあまりにも開放的で、台風が来たら中がめちゃくちゃになってしまわないかと心配になる。
白山神社はもとはもう少し南にあったが、1942年の河川改修で現地に移ったという。

見ての通りオープンすぎて中のものが盗られてしまわないか心配になる。

白山神社の氏子の分布を調べると、白山神社周辺にも多いが、国道50号線を挟んだ北側に集中している。永野川の対岸にも分布しているのも気になる。


この橋やトンネルが氏子の分布域を行き来するための重要なインフラのようで面白い。

いにしえの記録によれば、昭和初期は10戸だった。農業が主だが、皮革産業もあったという。


古村は、本当に川に近い場所にある。低く、あまりよい土地ではなかったはずで、やむなくここに移住した農民により形成されたのだろうか。しかし、上泉の本村も川に近い場所にある。


農家も多いが、倉庫や作業場のような建物があり、自営業者も多いように見える。



この古村については、菊池山哉の記録がなく、起源は不明である。




