学術・研究:部落探訪(256)滋賀県 蒲生郡 日野町 豊田

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

蒲生郡日野町豊田は滋賀県の中でも有名な部落の1つである。最も環境が厳しかった一方で、環境改善事業が早い時期から行われ1991年11月に「環境改善事業完了祭」が行われ、同和対策の終結を目指すことを宣言した。

昭和初期の記録では戸数204。1996年の記録では405である。

この郵便局の隣が隣保館の跡地であり、駐車場があるというので、ここを拠点とすることにした。

しかし、初めて来た人はこれを見てぎょっとするだろう。駐車料金を取られるのかと思ってしまう。しかし、これは駐車場の料金収受をしているのではなく、ただの銅像である。

地域に貢献した医師の銅像である。もとは隣保館の中にあったが、2010年の隣保館の解体に伴って今の形で移設されたという。

ただ、2010年に解体というのが気になった。隣保館、正式には日野町地域総合センター、日野町文化会館が閉館したのは2007年のことである。同和対策地域総合センター要覧には1991年に「同対事業」の完了宣言をしたと書かれているが、正確には冒頭に書いた通り同和対策が完了したことを宣言したのではなくて、あくまで改善事業完了と同和対策の完了を目指すことを宣言したのである。

低地に立ち並んだ改良住宅群。 同和対策地域総合センター要覧によれば1994年に改良住宅の有償譲渡が実現とある。ただ、この住宅群はまだ家屋に番号が振られており、分離もされていないので、こちらはまた別ということになるのだろう。

近くにはソーラーパネルが。

そして、この土の盛り上がりは古墳だろうか?

これは、光浄寺。浄土真宗本願寺派である。

かつて、口中山村と言われた部落は、文字通り中山村の入口辺りに位置している。中山村には天台宗の金剛定寺があるが、『滋賀の部落』が書かれた1960年代には荒廃しており、実際は隆讃寺を菩提寺とする浄土宗が多かったようである。しかし、部落では浄土真宗だけが許されたとある。

この部落の地形は特徴的である。高台に囲まれ、場所に関係なく家が建っている。

斜面はコンクリートで固められている。

近世は穢多村であり、村名はそのままずばり川田村であったが、皮革を扱っていたとか、斃牛馬の処理をしていたといった記録はない。『滋賀の部落』には遊芸をしていたとある。このような土地なので農業には適さず、農業以外の仕事全般をすることが多かったのであろう。

明治後期の記録では「旧穢多村と称し、其人情風俗習慣たる、実に凡人たるの行為なく、常に悪逆非道を企み言々に忍びざるものあり」ということだ。戸数88のうち、無職76戸という記録も。

一方で早くから環境改善が進められ、『滋賀の部落』には既に斜面がコンクリートで固められた写真が掲載されている。

起伏があるだけに眺めはよい。パノラマ撮影してみた。

高台にもニコイチがあった。こちらの方は既に譲渡済みだろう。

同和や人権にからむスローガンはなく、代わりによい町を作ろうというスローガンが掲げられている。

例によって墓地に訪れた。

この墓地は別の場所から移転されたものだそうだ。

景色がよいので、ここもパノラマ撮影してみた。

桜の時期に来るとよいのではないだろうか。

この辺りが村の中心部であろう。廃業したガソリンスタンドがある。

しかし、こちらのお店は営業中だ。

そして、その前にあったのがこの石碑。全解連が強かったとされるここでは、同和をアピールするようなものは存在しないと思ったのだが、やっぱり事業をやれば何かしら作らずにはいられないのだろう。

これは共同浴場を記念したもののようだ。さすがに部落・同和という文字はなく歪曲的な表現がされているが、差別・人権という文字があると、分かる人は察することができる。

なお、地区内には「草の根ハウス」がある。これはもとは同和対策の集会所で、部落の中に4つあったそうだ。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(256)滋賀県 蒲生郡 日野町 豊田」への8件のフィードバック

  1. 松本亙章

    生まれた子供が大人になっても自主的に続ける習慣、例えばX’masや初詣など年一回しかないものも含め、人はどのようにして其れらを習得していくのか。周りが教えるからに過ぎない。人権問題も同様、講習会や授業で頻繁に刷り込めば、誰だって忘れてしまってもいい差別の仕方を学ぶ。

    返信
  2. 匿名

    こういう探訪してくださるのはほんとありがたいです。
    偏った視点でではなく、現状をレポして頂けるのはいいことだと思います。

    返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(269)香川県 丸亀市 飯山町 東小川 西内

どうしても異常で異様な巨大同和地区ほど記事や動画の閲覧数が多くなるのだが、探訪の楽しいという点では、少戸数未指定地区の探索にまさるものはない。香川にもそのような部落があるので探索することにした。 昭和初期の記録では、綾歌 […]

学術・研究:部落探訪(268)香川県 綾歌郡 綾川町 小野、北

明治の文筆家、宮武外骨は著書『つむじまがり』で「予の先祖は備中の穢多であるさうな、予は讃岐の小野といふ村で生まれた者である」と書いていた。 宮武という名字は圧倒的に香川県に多く、岡山県では倉敷市に比較的多いのみなので、宮 […]

学術・研究:部落探訪(267)香川県 善通寺市 与北町 東原

『香川県の被差別部落 ―現地研修報告―』(安竹貴彦)で善通寺市D地区として紹介されている与北町(よぎたちょう)東原部落は、戦前は70世帯であった。主な産業は日雇い。過去の航空写真を見ると家が密集しており、農村ではなく労働 […]

学術・研究:部落探訪(265)香川県 善通寺市 大麻町 高橋

香川県の部落を研究するために活用した資料に、『香川県の被差別部落 ―現地研修報告―』(安竹貴彦)がある。それによれば、善通寺市には指定同和地区が2つあるという。しかし、『全国部落調査』に記載のある部落で現在の善通寺市域内 […]