京都市聚楽保育所 民営化中止の原因は 美少女フィギュア!?

By 鳥取ループ

去る10月26日、京都市が民営化を進めてきた中京区の市営聚楽じゅらく保育所について、市議会での民営化の条例案の採決直前に受託予定の「社会福祉法人きらきら福祉会」が辞退したために採決中止になるという異例の出来事があった。NHK等は「⺠営化に反対する保護者から中傷の⼿紙を受け取り、迷惑をかけられないと判断した」と受託予定業者が説明したと報じている。

これだけでは分からないが、地元事情通によれば、元世界人権問題研究センター研究員の保護者が、きらきら福祉会の関連会社の「株式会社ボークス」が製作販売している美少女フィギュアが「性的搾取」であると中傷したことが原因ではないかという。

メディアで報じられた聚楽保育所の民営化条例案の採決中止について、多数の保護者の反対があったためであるかのように報じられているが、実は1人の活動家めいた保護者の中傷が原因であるという情報が筆者のもとに寄せられた。その人物は同和啓発施設「ツラッティ千本」の研究員でもあり、これもまた部落問題とは関係の深い「世界人権問題研究センター」の研究員でもある本郷浩二氏であるという。

ただし、ツラッティ千本と世界人権問題研究センターに確認したところ、既に研究員は辞めていた。なお、本郷氏は「大阪府人権協会主事」と「ひょうご部落解放・人権研究所理事」という肩書も持っていた。

そしてNHK等が「中傷」があったと報じているが、その具体的な内容は明らかにされていない。しかし、それは冒頭で書いた通り、きらきら福祉会の理事長の夫が社長であるボークスが美少女フィギュアを販売していることが性的搾取というものだという。

本郷氏が非常勤講師を勤めている京都産業大学を通じて取材を依頼し、広報部が本人に取り次いだということだが、今までに返答はなかった。また、きらきら福祉会にも取材を申し込んだが、こちらも折り返し連絡すると言ったきり返答がない。

聚楽保育所周辺住民によれば、実は保育所の民営化に積極的に反対する保護者はほとんどいなかったという。むしろ、本郷氏の強引なやり方に反対する保護者が多かったのだがそれ以上に「あまり関わりたくない」という立場の人が圧倒的で、押し切られてしまったという。

たしかに本郷氏の肩書を見れば「あまり関わりたくない」というのが常識的な感覚だろう。きらきら福祉会が辞退したのも、取材に応じてもらえないのも、とにかくこの問題にはもう関わりたくないという意志だと想像が出来る。改めて、同和およびその周辺の人権に関わる問題の「破壊力」を見せつけられた。

なお、本郷浩二氏は以下の文章をnoteに掲載していたが、聚楽保育所の民営化中止がニュースとして報じられた直後に記事が削除された。京都市の政策判断に大きな影響を与えた重要な内容だと考えられるので、以下にその全文を掲載しておこう。

保育園運営法⼈の関連企業が性的な商品を制作・販売していることについて

本郷浩二 2020/10/25 13:03

保育園を運営する社会福祉法⼈を設⽴した企業が、いわゆる「美少⼥フィギュア」を制作・販売していることについて、問題点を整理してみた。

はじめに

⾃分の⼦どもは京都市内の公⽴(市営)保育所に通っている。この保育所の運営は近々、⺠間の社会福祉法⼈(以下、A法⼈としておく)に移管される予定だ。要するに⺠営化なのだが、⺠営化そのものの是⾮や賛否については⼀旦措くとして、移管先に選定された法⼈については様々な⾯で問題を感じている。そのうちの⼀つが、当該法⼈と密接な関係を持った企業(以下、B社としておく)が、いわゆる「美少⼥フィギュア」を制作・販売していることだ。

ただ、そのことのどこが問題なのか、なかなか上⼿く説明できないし、保育所の保護者間でも共通理解があるわけではない。商品の写真を⾒て眉を顰める⼈は多いが、感覚的に「イヤだ」と⾔っているだけだと、「気にしすぎでしょ」とか「⾔いがかりだ」とか⾔われてしまう可能性もある。

現在、移管先となる法⼈は京都市の審議会が審査・選定した段階で、市会の承認を得ているわけではない。いわば「内定」状態だ。市会で正式に可決されるまであまり時間は無いが、「何が問題なのか」以下に整理しておきたい。

何が問題なのか︖

まず断っておくと、⾃分は短絡的に、例えば「保育所で⼦どもが被写体されるんじゃないか」とか、「保育所内で⼦どもを狙った性犯罪が起こるんじゃないか」とか、そういったことを⼼配しているわけではない。当たり前だが、それは「論外」のレベルだ。

いや、もちろんそうした事案は現実に起こり得ることではあるが、それは安全管理上の問題であって、「美少⼥フィギュア」を制作・販売しているかどうかとかあまり関係が無いだろう。

では何が問題なのか。

端的にいうと、⾃分は、A法⼈が、⼥性や⼦どもの性を商品化することに寄与・加担したり、そのことを許容したりすることで、性的搾取を正当化し、性差別を助⻑していることについて、疑問や不安、さらには憤りを感じている。このことについて、A法⼈や、移管に責任を負うべき⾏政に質してみたものの、今のところ明確な説明はない。疑問や不安が払拭されないどころか、説明すら無いのだから、少なくとも現時点では、公⽴保育所の移管先になるべきではないと考えている。

性の商品化ではないのか︖

もう少し詳しく説明しよう。

A法⼈は模型造形メーカーであるB社との密接な関係の下で設⽴された法⼈だ。このB社やそのグループ企業の商品ラインナップを⾒ると、⼥性や⼦ども(のように⾒える)のキャラクターをかたどったフィギュアや⼈形、すなわち⼀般的に「美少⼥フィギュア」と括られるような商品が少なからず販売されている。

なお、「美少⼥フィギュア」という雑な括り⽅には異論もあるだろうが、とりあえずここでは、「アニメやマンガ、ゲーム等の⼆次元媒体の、主として⼥性のキャラクターを模した⽴体造形物」としておこう。

さて、そのなかには、体の形状の⼀部を強調したものや、露出の多い⾐装を⾝に着けたり、不⾃然なポーズをとったりするものなど、性的な要素を過度に強調した商品も存在する。

これらの商品が、セクシュアルな眼差しが向けられることを前提として制作されたものであることは明らかであり、さらに⾔えば、性的な眼差しが向けられることによってこそ商品としての価値が成⽴するという性格を持ったものである。

例えば、同社は⽔着姿の⼥性キャラクターのフィギュアばかりを集めた販売フェア(「⽔着祭り」というらしい)を開催しているが、こうした事実は、セクシュアルな要素と商品的価値が強く結びつくものであることを端的に⽰している。

こうした表現は、多様な側⾯から成る⼈間の本来的な豊かさから性的な要素を⼀⾯的に切り取り、断⽚化することによって、性の商品化を推し進める。そして、このような性的要素の断⽚化や、性の商品化は、フィクションを素材としたものであるか否かに関わらず、性的搾取を正当化し、性差別を助⻑し得るものとして、国際的にも⽇本国内においても、多年にわたって広汎に批判されてきたものだ。

社会福祉法⼈と企業との関係

もちろん、A法⼈は所定の⼿続きを踏んで設⽴された社会福祉法⼈である以上、その経緯や背景、基盤に関わらず、⼀個の独⽴した存在とみなされるべきものだ。しかし⼀⽅で、例えば社会福祉法⼈の許認可等にあたって、暴⼒団等の反社会的勢⼒が厳密に排除されなければならないことなどからも明らかなように、⼀般的に社会福祉法⼈においては、経営・運営主体が「何者」であり、何を基盤として、どのような経緯で設⽴されたのかといった、法⼈の背景・⼟台と、法⼈が実施する公益事業との関係性や正当性が厳しく問われることは⾔うまでもない(これは無論、反社会的勢⼒との関係に限った話ではない)。

A法⼈は3年前に設⽴されたばかりの法⼈だが(したがって、そもそも認可保育園の運営経験が⾮常に少ないが、その問題はここでは措いておく)、B社はもともと従業員のために企業内で保育施設を運営しており、この保育施設を認可保育園とするため、社会福祉法⼈を設⽴したという経緯がある。A法⼈の理事⻑を務めるのは、B社の専務取締役である。この専務取締役はB社の代表取締役の配偶者でもある。

また、B社の商品制作に携わっているであろう造型師の⽅がA法⼈設⽴当初より法⼈の評議員を務めていること、A法⼈が現在運営している保育園(以下、C保育園としておく)の創⽴にあたって、B社が園舎等を寄付していること、さらにはB社の代表取締役(A法⼈理事⻑の配偶者)の個⼈資産からA法⼈運営資⾦の⼀部を借り⼊れていることなどから、両者が不可分の関係にあることは明らかだ。

したがって、A法⼈は、⼥性や⼦どもの性の商品化を推し進め、性的搾取や性差別を助⻑し得る商品を取り扱うB社と、密接な関わりを有する法⼈であると⾔わざるを得ない。

性の商品化や性差別的表現はどう批判されてきたか

ところで、B社の商品が採⽤する特定の表現に対し、否定的な⾒解を述べることは、「表現の⾃由」を侵害したり、「表現の規制」を主張したりすることに当たるだろうか。あるいはまた、「感じ⽅の違い」とか「受け取り⽅は⼈それぞれ」といった受け⼿側の主観レベルに収斂される問題なのだろうか。

①性的表現と性差別についての国際理解

⽇本は1985年に⼥性差別撤廃条約を批准しているが、同条約ではジェンダー平等の観点から、締約国に対し、こうしたステレオタイプ的な性別理解に対処することを求めている(第5条「両性いずれかの劣等性若しくは優越性の観念⼜は男⼥の定型化された役割に基づく偏⾒及び慣習その他あらゆる慣⾏の撤廃を実現するため、男⼥の社会的及び⽂化的な⾏動様式を修正すること」など。以下、条約等の引⽤にあたっては、特に注記しない限り⽇本政府仮訳を使⽤)。

このことは、より積極的には、2004年に国連⼥性差別撤廃委員会が採択した同条約の「⼀般的勧告第25号」において、「個⼈による個⼈的⾏動を通してだけでなく、法律、法的・社会的構造・制度において、⼥性に影響を与えている広く⾏き渡ったジェンダー関係と根強いジェンダーに基づくステレオタイプに対処すること」(パラグラフ7)が締約国の義務とされていることにも⽰されている。

⼀⽅、同条約の実施状況に関する第6回⽇本政府報告書に対する同委員会の総括所⾒(2009年)では、⽇本社会において「固定的性別役割分担意識にとらわれた姿勢が特にメディアに浸透しており、固定的性別役割分担意識に沿った男⼥の描写が頻繁に⾏われていることやポルノがメディアでますます浸透していることを懸念する。過剰な⼥性の性的描写は、⼥性を性的対象とみなす既存の固定観念を強化し、⼥児たちの⾃尊⼼を低下させ続けている」(パラグラフ29)との重要な指摘がなされている。

この点は、続く第7回および第8回⽇本政府報告書に対する同委員会の総括所⾒(2016年)においても、特に「メディアが、性的対象とみなすことを含め、⼥性や⼥児について固定観念に沿った描写を頻繁に⾏っていること」や「固定観念が引き続き⼥性に対する性暴⼒の根本的原因であり、ポルノ、ビデオゲーム、漫画などのアニメが⼥性や⼥児に対する性暴⼒を助⻑していること」への懸念が表明されており(パラグラフ21)、「⼥性や⼥児の⼈権の促進に積極的な⽂化的伝統を醸成する取組を強化すること」や「差別的な固定観念を増幅し、⼥性や⼥児に対する性暴⼒を助⻑するポルノ、ビデオゲーム、アニメの製造と流通を規制するため、既存の法的措置や監視プログラムを効果的に実施すること」(パラグラフ22)というように、より踏み込んだ対応が求められている。

これらの総括所⾒からも明らかなように、国際的には、⽇本がメディアやフィクションの領域も含めて、⼥性や⼦どもの性の商品化に対する許容度が⾼く、また、そのことへの社会的制裁を受けにくい社会であること、それが⼥性や⼦どもへの性暴⼒や性的搾取の背景・要因となっていることへの懸念が度々表明されており、⽇本において、こうした問題への対応が遅々として進んでいない実状が繰り返し指摘されてきた。

②男⼥共同参画社会の実現という視点から

また、国内でも男⼥共同参画社会基本法(1999年施⾏)に基づいて内閣府が2015年に策定した「第四次男⼥共同参画社会基本計画」において、「⼥性を専ら性的ないしは暴⼒⾏為の対象として捉えたメディアにおける性・暴⼒表現は、男⼥共同参画社会の形成を⼤きく阻害するものであり、⼥性に対する⼈権侵害となるものもある」という観点から、「メディア産業の性・暴⼒表現について、DVD、ビデオ、パソコンゲーム等バーチャルな分野を含め、⾃主規制等の取組を促進するとともに、表現の⾃由を⼗分尊重した上で、その流通・閲覧等に関する対策の在り⽅を検討する」という⽅向性が打ち出されており、これに沿って、各地⽅⾃治体ではガイドラインの策定も進められている。

③⼦どもの権利と性的搾取

これは⼦どもの権利をめぐる状況においても同様で、⽇本が1994年に批准した⼦どもの権利条約においても、締約国が「あらゆる形態の」性的搾取及び性的虐待から⼦どもを保護しなければならないことが定められている(第34条)。

⽇本は同条約に関わって2005年に「⼦どもの売買、児童買春および児童ポルノに関する⼦どもの権利条約の選択議定書」を批准しているが、国連⼦どもの権利委員会が2019年に採択した同議定書に関するガイドラインでは、「実在しない⼦どもまたは⼦どものように⾒える者」についての性的な表現物が⼤量に存在することや、そうした表現物が「尊厳および保護に対する⼦どもたちの権利に深刻な影響を及ぼしうる」ことへの懸念が表明されており、同議定書の締約国に対し、特に「そのような表現が⼦どもを性的に搾取する過程の⼀環として使⽤される場合」において、⼦どもの性的表現に関する法律上の規定に「実在しない⼦どもまたは⼦どものように⾒える者の表現を含める」よう奨励している(パラグラフ63、平野裕⼆訳)。

こうしてみると、⼥性や⼦どもの性的な要素を断⽚化し強調する表現は、決して受け⼿の主観レベルの問題に収斂させることはできないだろう。むしろ、フィクション・創作物か、実在する⼥性・⼦どもかを問わず、そうした表現を選択し、あるいは許容すること⾃体が、性の商品化や性的搾取に寄与・加担し、性差別を助⻑するものとして、⼈権尊重やジェンダー平等の視点から、明確に批判・克服すべき対象と捉えられてきたことがわかる。

企業・法⼈の社会的責任が問われる

勿論、ここに挙げた条約や計画等は、⺠間企業の営為を直接規制するわけではない。しかし、企業のコンプライアンスや社会的責任のあり⽅と関わって、企業活動の正当性が厳しく問われるなか、これらの条約等は、⺠間企業にあって、⼈権尊重やジェンダー平等に対する姿勢や取り組みを進める上での指標として尊重すべきものであることは⾔うまでもない。また、このことは営利企業のみならず、より公益的性格の強い社会福祉法⼈にあっても同様だろう。

ましてや、京都市の場合、公⽴保育所の移管先となる法⼈に対しては、「国・市などの法令,通知等を遵守し,児童の健全な発育・発達を促すこと」が、より明⽰的に義務づけられている。やはり、性の商品化や性的搾取に寄与・加担し、性差別を助⻑し得る商品を取り扱う企業と密接な関係を有する法⼈が、保育園を運営したり、公⽴保育所の移管先となったりすることは、単に道義的・倫理的にみて相応しくないというだけにとどまらず、論理的に考えても、正当性を得ることは困難と⾔わざるを得ない。

保育所(保育園)と性的表現・性差別

①⼦どもの権利の保障を実現する施設として

そもそも、保育所(保育園)とは、児童福祉法に位置づけられる福祉施設だ。

児童福祉法では、その第1条において「全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その⽣活を保障されること、愛され、保護されること、その⼼⾝の健やかな成⻑及び発達並びにその⾃⽴が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する」ことが、第2条においては「全て国⺠は、児童が良好な環境において⽣まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意⾒が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、⼼⾝ともに健やかに育成されるよう努めなければならない」ことが謳われており、⼦どもの権利条約の理念の下で、⼦どもの意⾒を尊重し、⼦どもの最善の利益を優先するとの理念が明確化されている

このことからも、これまで⼦どもの権利条約等において明確に批判され、改善を求められてきた表現を許容し、あまつさえ、そこに商品的価値を⾒出そうとする企業と密接な関係性を有している法⼈が、⼦どもの権利を最⼤限保障し、またその最善の利益を最優先するべき保育園を運営したり、公⽴保育所の移管先となったりすることが適切ではないことは明らかだろう。

②包括的性教育の実施主体として

なお、国連教育科学⽂化機関(ユネスコ)がWHO等と共同で作成した性教育の指針である「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では、5歳からの包括的な性教育が推奨されている。ここでいう包括的な性教育とは、性に関する知識や技能のみならず、⼈権尊重やジェンダー平等の観点から、⼦どもが⾃⼰の性と向き合いつつ⾃尊感情を育み、多様性を認めながら、暴⼒を回避し、他者とより豊かな⼈間関係を築くことを⽬指すための教育であり、就学前段階からの積極的な取り組みが求められている。

これに対し、⼀⽅で性の商品化を推し進め、性差別を助⻑する表現を許容し、あるいは積極的に選択しようとすることは、包括的性教育が⽬指す価値とは真逆の⽅向性といえるだろう。そうした企業と密接な関係性を有する法⼈が、⽭盾なくこうした取り組みを進める主体たり得るのか、甚だ疑問である。

③⼥性の権利の保障を実現する施設として

ところで、⽇本のジェンダー・ギャップ指数やジェンダー不平等指数が、世界的に⾒てかなり⾼い⽔準にあることは周知の通りである。⽇本は未だ性差別が根強く、ジェンダー格差が⾮常に⼤きい社会であることは客観的にみても明らかだ。

そうしたなか、保育所(保育園)はこれまで、⼦育てや家事労働が⼥性の役割として固定的に捉えられることが多く、⼥性の⾃⼰実現の機会が奪われがちであった⽇本社会において、⼥性の⾃⼰実現を⽀援し、少なからずその社会進出を後押ししてきた場でもある。

そうであるにも関わらず、⼥性の性的要素を⼀⾯的に断⽚化することで、既存の性別役割分担意識に基づく固定観念を強化する表現を許容し、あるいはそこに商品的価値を⾒出そうとする企業と密接な関係性を有している法⼈が、保育園を運営したり、公⽴保育所の移管先となったりすることは、保育所(保育園)がこれまで果たしてきた歴史的・社会的意義を否定し、積み上げてきた成果に逆⾏する事態であると⾔わざるを得ない。

このことは、これまで保育所(保育園)の存在によって⾃⼰実現の機会を得て、社会進出を勝ち取ってきた⼥性たちを著しく愚弄し、傷つけることになるのではないだろうか。

運営法⼈を選択する機会が保障されていない

もっとも、⾃分はこのようにA法⼈が保育所(保育園)を運営することに対し疑問や不安、あるいは怒りを覚える⼀⽅で、⺠間企業の活動を制限することや、こうした商品を制作・販売したり、それを購買したりすることを規制するよう求めているわけではない。

また、B社が、同社の従業員のために企業内で保育事業を実施してきたことは、上述の保育所(保育園)の歴史的・社会的意義を考えれば、とても⼤切な取り組みだと思う。

さらに⾔えば、A法⼈が現在運営しているC保育園についても、保護者が事前に情報等を収集する機会が保障された上で、そこに⼦どもを通わせることを積極的に選択したのであれば、その保護者がA法⼈とB社との関係性や、B社が取り扱う商品について了解している限りにおいては、否定されるべきではないだろう。

しかしながら、A法⼈が公⽴保育所の移管先となることについてはどうだろうか。京都市では、⺠営化の対象となった保育所の保護者は、移管先を選択する機会も、移管先の審査・選定の過程に関与する機会も奪われたまま、⼀⽅的にその結果だけが通知される。

⾃分は、京都市が開催した保護者説明会において、不⼗分ながら本稿で述べたような懸念や不安について質問してみたが、京都市からは明確な説明は得られなかった。

このように、⼦ども・保護者がA法⼈を積極的に選択したわけではなく、また、⼗分な説明もなされない状態で、法⼈に対し疑問や不安を持つ保護者は他園に転園するしか選択肢がないというのは、「気に⼊らないならば出ていけ」と⾔うに等しく、あまりにも乱暴だ。

まとめ

こうして整理してみると、やはり、少なくとも現時点ではA法⼈が公⽴保育所の移管先となることは著しく正当性を⽋いているし、⼦どもや保護者の理解が得られるとも思えない。

京都市では、移管先となる法⼈が「保護者の不安に最⼤限配慮し,保護者や保護者会の要望に誠実に対応するとともに,誠意をもって解決に努めること」が義務づけられているのだから、A法⼈には、納得いく説明と解決に向けた対応を求めたい。

A法⼈が本稿に述べたような問題を真摯に受け⽌め、B社との関係性や、同社が取り扱う商品について改善を図り、保護者の疑問や不安が払拭されない限り、公⽴保育所の移管先となるべきではないし、仮に、充分な説明や対応を図れないのであれば、正当性を⽋いた公⽴保育所の移管について早急に再考するよう促したい。

京都市聚楽保育所 民営化中止の原因は 美少女フィギュア!?」への3件のフィードバック

  1. ボークス見たよ

    そもそもボークスって、ダッチワイフを作っている会社ではないんですけどね。
    ボークスの製品に「穴」は空いてません!
    秋葉原の店舗を見たことありますが、訪れる客の7~8割は女性です。
    男性は正直なところ、入りにくい店舗だと思いますよ。
    告発者はそんなことを実際に確かめもせず、私見に基づいて中傷しているようにしか思えません。
    解放系の人間って、こういう人ばかりなんでしょうかね?

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  2. ぼるしち

    いまだにフィギュアのことを「宅八郎みたいな気持ち悪い人が集めるもの」とか思ってるんでしょうね、きっと。

    返信
  3. ハンバーグ

    ボークスが製造しているのは、フィギュアというより、
    スーパードルフィーという高級な着せ替え人形ですね。
    ゴスロリっぽい服を着たお客さんとかも多いと思います。
    一般的に見れば、女性とはいえ、いい歳して人形を愛し続ける人はマイナーな存在なのかもしれません。
    しかしそれを言い出せば、いい歳して鉄道模型にはまっているオジサンだって、割合から言えばマイナーな存在のはずです。
    しかし女性の性を売り物にしているなどという在りもしない難癖をつけ、
    こうしたマイノリティーを社会から排除しようとするのは間違っています。
    ドルフィーがエッチな人形というのなら、タカラのりかちゃん人形だって同じです。
    タカラが夏のキャンペーンとして、りかちゃん人形の水着フェアをやれば、反社会的な活動とでもなるのでしょうか?
    きらきら福祉会の運営に反対した人は、社会からマイノリティーを排除したいように見えます。

    返信

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