【深層レポート】三重県津市の闇 相生町自治会長問題(2)

示現舎取材班 By 示現舎取材班

※アイキャッチ画像は相生町に停められたセンチュリー

津市取材を開始して様々な情報が寄せられたが、我々の一番の疑問はなぜ田邊哲司相生町自治会長が市役所を震わせるほど大きな存在になったのかということだ。そんな折、複数の有力な取材協力者によっておおよその全貌が見えてきた。

証言からは田邊会長以前から続く、津市の根深い問題が浮き彫りになった。本稿は証言を元に田邊会長の力の原点に迫る。

田邊会長は現在、60歳。地元、敬和小学校、東橋内中学校を卒業。少なくとも堅気のサラリーマンといった人生を歩んできたわけではない。そんな人物が「市会議員が還暦祝いをしていた」(市関係者)というから出世したものである。田邊会長の父親は愛桜会あいおうかい(現在は弘道会傘下)に属しており、相生町内に田邊組という事務所を構えていたという。絵に描いたようなアウトロー一族である。一方で娘は市立保育園に勤務、息子は津市立の学校教員。子供たちは真っ当な道を歩んでいるようだ。

田邊氏が自治会長になったのは2015年頃のこと。近隣住民は「自治会長を決める総会には出席しとらん。何をやっとるのかオレらには分からんから」という。一応投票らしいものはやったということだが、そもそも自治会長のなり手がおらず、実質1票だけの賛成で決まったという。

相生町周辺の特別な事情

それ以前の田邊氏と言えば付近の道路沿いで飲食店をやっており「たこ焼き屋のおっちゃん」というのが地域の認識であった。そんな人物が行政、議会すら影響を与えるようになった背景を知るためには、相生町とその周辺の同和事業と公共工事の事情を説明しなければならない。

相生町から道を一本隔てた海岸沿いに高洲町という同和地区がある。ここはもともと「中河原」の一部で沼地のようなところだったのだが、戦後勝手に人が住み着くようになり、伊勢湾台風のあとは被災者住宅が作られた。歴史的経緯からすると被差別部落ではないのだが、とにかく同和事業の対象となり、数百軒程度の大規模な公営住宅がある。

高洲町の集会施設

同町は松下という人物が長く町内会長を務めていた。この人物、この地では通称、「ごんじぃ」と呼ばれていた。松下氏は部落解放同盟津支部の「理事長」職にあったという。町内会長、解放同盟役員という経緯から松下氏は市営住宅の管理運営を任されていた。同和事業下で解放同盟の役員が市の事業の受け皿になることは別段、珍しい話でもなかった。

松下氏は市営住宅の入転居に伴う補修工事の際、自身が近い業者に任せていた。また入居希望者の審査もしていたが、入居の際は金銭を受け取りその相場は10万円ということだ。市営住宅の数が多いので、相当な金額が集まったのは言うまでもない。そして今は自治会長と解放同盟津支部役員を息子が継いでいる。

ただし、近隣住民や事情をよく知る市民に聞いても、解放同盟津支部が活動しているのは見たことがないという。今でも支部役員と称する人物が複数いるが、「あれは自称しているだけ」という声も聞かれる。少なくとも現在は支部としての活動実態は確認できない。

高洲町が同和事業で整備される以前は生活環境としては不良。ただ地域の有力者と話をつければ土建業、ダンプ会社、いろいろな事業ができた。

この特徴を活かして松下氏が収益モデルを構築する。まず馴染みの業者に公共事業を受注させるわけだが、後にも登場するのでイニシャルだけでも挙げておく。

S土木、N工業、Y興行、M、K工業

これらが松下氏と懇意している会社だ。この会社から「協力金」という形であがりをもらう。あるいは「あの工事は地元が納得しとらん」と言っては工事を止めさせる。通常、公共工事の場合、工期が遅れると指名停止と罰金処分が下る。だから工事にストップがかかるのは業者にとって死活問題だ。役所としても「いつまで工事をやっとんねん!」こう突き上げを食うからたまらない。ただこの「工事中断」を止められるのは自治会長というわけだ。

そして、今でも高洲町を含む相生町周辺の同和地区では特別な配慮がされており、例えば道路に穴が開けば通常なら単にそこを埋めて補修するところ、同和地区に限っては通りを全て舗装し直すのだという。そうしないと、たちまち「そんな補修でつまづいて転んで怪我したら責任持てるのか!」と一部の住民から市役所が抗議されてしまうからだという。

セントレアの奇妙な漁業補償

「工事中断」のあおりを受けるのは大手、中小零細問わない。特に外湾工事のような億単位の工事になると「中断」になれば損失は計り知れない。そしてこの「港湾事業」がまた別の利権構造を生む。松下氏の同級生に津市漁業組合長(現在は解散)S氏という人物がいた。S氏もまた松下氏と組んで活動するわけだが手法も似ている。

「県の局長が部下を連れて早朝から贄崎にえざき港に行ってお願いに行くんやで。こうお願いします工事を再開させてください、てな。土下座するんだ」

松下氏とS氏をよく知る人物は生々しい証言をする。さらに疑惑はこれだけではない。中部県内では近年、最大級の事業だった「中部国際空港 セントレア」にも触手が伸びる。中部国際空港は愛知の政財界が総力を挙げて行った。歴代の社長がトヨタ自動車出身であることから「トヨタ空港」と揶揄する声もある。

それに加えて空港建設が着工前というのは長良川河口堰反対運動、愛・地球博(2005年日本国際博覧会)の環境保護、という問題があり「開発事業」「公共事業」に世間の風当たりが強かった。このためセントレア空港でも漁業補償の交渉は難航したという。愛知県庁OBの話。

「当時、新聞でも漁業補償の目途立たず、などと書き立てられました。そんな中でなぜか三重県の漁協まで反対、補償を受け入れずと言うんですわ。“ なんで三重まで出てくるんだ”と私たちも不思議でしたけども…」

そこで我々が掴んだ「特別な事情が絡んでいる」と同氏に告げたところ「まあそんなこっちゃろうと思ってはいたけども…」と後が続かなかった。こういう話である。

通常、こうした補償交渉の場合、漁協は協議会を作り交渉窓口を一本化するものだ。そして経営実態、漁獲量を算出して補償額を割り出すという仕組みである。ところが三重は「経営実態調査」も受け入れなかった。交渉ルートがまるで違うのだ。

「トヨタ出身で初代セントレア社長の平野幸久さんのところに松下とSが直接出向いて交渉したんだよ。愛知県の補償金が約130億円と聞いているが、三重は40億円というからびっくりするやろ。実際に津市漁協があるから? そんなもんアンタ、ほら伊倉津でもなんでも漁業権はあるけど漁獲量なんて微々たるもんだ。なんでそんな補償がいるんやて不思議に思ったわ」

そもそも漁業とは無関係の松下氏がこの場に同席するというのはすなわち「特別な事情」を交渉材料にしたのであろう。でもなければ整合性がつかない。

「コレ」がバックにおらんという意味

「松下というのはテツ(田邊会長)の先生やね。テツは松下のやり方をマネたわけだから」

田邊氏が自治会長に就任する以前、周辺にこう漏らしたという。

「あいつら(松下)ばっかりなんで儲かるんや。松下とS土木だけはどうしても許せんわ」

S土木とは先に示した松下氏と懇意にしている業者。そこで田邊氏が目を付けたのは自治会長だった。すると手始めに松下氏がやったように公共事業を中断させ始めた。しかしそうは言ってもつい最近までさえないたこ焼き屋の経営者。そんな人物が自治会長になったから突然、力をつけるとはどうも合点がいかない。ところがそこは「同和行政」というものである。取材協力者は言う。

「役所のごみ収集の職員はおおかた相生町や高洲町の人間なんやで。アンタらがいう同和枠採用というわけやね。入れ墨入れたヤツもおるんやもん。おかしいやろ。そんな地域の自治会長やで」

こう続ける。

「なぜうちの地区もちゃんとせんのや! うちらが部落やからなめとるのか。人権無視やろ! …と、この調子で市役所を問い詰めるわけだよ。例えばテツの知り合いの女がハイヒールで道を歩いて転ぶわな。すると役所に“こんなんしたらあかんやろ。どうするねん 差別する気か”怒鳴り込むんや」

しかしここで再び取材班は頭を抱えたのである。田邊氏は松下氏が嫌いで反目し合ったわけだ。その結果、松下氏はこの地の利権構造から離れた、あるいは田邊氏に実権を取られたというのは地元の一致した見方。ただ松下氏とて解放同盟津支部役員というバックがある。松下氏が田邊に対抗できるだけの要素はあるが取材協力者の一言が力関係の全てを物語った。

「テツにはコレ(頬を切る仕草)、暴力団がついてるからね。あれの妹の夫Iは若い衆やから」

このI氏は弘道会系伊勢紙谷一家幹部の舎弟だという。田邊会長が交渉する時はI氏を同席させる。それだけでなく、相生町自治会事務所に田邊会長と三代目弘道会会長の竹内照明氏が一緒に写った写真が飾られていたと、複数の証言がある。

愛宕町にある紙谷一家の事務所

一方で、松下氏には「コレ」がない。

同じ「差別をするんかい」という恫喝に対しても「コレ」の有無は一般人に与える影響は明らかに違う。かくして田邊会長は現在の影響力を持つのである。

「工事の停止でも松下よりやり方はえぐいかもしれんな。“工事のガードマンのできが悪い ”とか“ガードマンが挨拶しよらん ”こうくるんや」

だから市役所側も業者に対して田邊氏のもとに挨拶にいくよう指示する。この点について言えば和歌山市連合自治会長事件と酷似する。もちろん自身への見返りを求めるわけだが、その相場というのが「30~40万円」だという。しかしここでも疑問が生じた。我々が想像していた額よりかは少ないからだ。

この点についても情報提供者は苦笑交じりに説明したが、思わず「なるほど」と唸ってしまった。

「仮に見返り金がウン百万だったら業者にすればこんな面倒な工事ええわ、となるでしょ。ところが30万円ぐらいなら、まあしゃーないわってならへん? これを広く業者から集めるわけだよ」

実に狡猾だ。一介の自治会長が異常な権力を持つこの一件だが、ポイントはまず良いお手本があったこと、暴力団との関係、そして何より同和をバックにした「差別だ」という恫喝。

しかし、今の御時世、行政が暴力団の威力に屈することは絶対にあってはならず、本来ならば行政が田邊会長を排除する口実になるはずだ。行政が田邊会長に屈してしまった背景には、さらに複雑な事情があった。

(次回に続く)

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