当サイトも検証した『週刊文春』(10月22日号)記事「二階幹事長親密企業がカジノ隣接地3千坪を買っていた」(WEB版「二階俊博幹事長の後援企業が“和歌山カジノ”隣接地3000坪を買っていた」)に対して和歌山県が同編集部に抗議文を渡していた。県へ文書の情報開示を求めたところ「情報提供」という形で入手できたので紹介しよう。抗議文はワークシート形式で9項目に分類され、問題部分に対して県側が反論する形式だ。見方によっては「見解の相違」で押し切れそうな箇所もあるが、問題の「隣接地」の地理説明については文春側のしくじりと思われる。ご存知の通り同誌は「文春砲」と称えられ政治家からスポーツ選手、芸能人までスクープを連発してきたが今回ばかりは“ 誤爆”かもしれない。
「IR前のめり」は県より二階派では?
なにしろ行政というのは本当に狡猾だ。特に不都合な情報を隠蔽することにかけては感心すらしてしまう。だがそれを差し引きしても和歌山県の抗議に分がありそうだ。
当該記事はかなり反響があったようだが、ご存じない人のために要点を整理しておく。二階幹事長と懇意にする(株)和通がIR誘致で土地の値上がりを想定して2004年にIR候補地「和歌山マリーナシティ」(人工島)の隣接地を取得していたというもの。同地購入の裏に二階幹事長の関与を示唆する内容だ。
同記事が掲載された時期は日曜劇場『半沢直樹』(TBS)の余韻が残る頃。二階幹事長を劇中の政界の黒幕、箕部幹事長(柄本明)に見立てて読者を一層、刺激した。
しかし04年の段階でIR誘致を想定し隣接地を購入したという点について著者のみではなく他社記者も疑問視していた。やけに長いサイドストーリーも核心部分(二階関与)のエビデンスが乏しく間延びさせた印象も払拭できない。あの強力な取材力を誇る文春にしては「事実の積み重ね」というよりも二階幹事長の影響力ありきという内容だ。
では和歌山県はどんな視点で記事に疑問を持ち週刊文春側に抗議していたのか見て頂こう。PDFで見たい方は貼り付けておく。
和歌山県はIR誘致について「前のめり」という表現を強く否定した。前のめりとするならば県より二階派議員という気もするが…。なにより大ボスの二階幹事長がIRに意欲を見せるのは周知の通り。さらに二階派所属の秋元司衆議院議員がIR事業に関心を持つ中国系企業からの収賄等で起訴された。あるいは和歌山マリーナシティは二階幹事長側近、門博文衆議院議員が役員を務めたことも。無論、門氏もIR推進派だ。こういう経緯からすれば「門案件」といった方がしっくりくる。もちろん二階幹事長は県政に対する影響力が絶大で、また県もIR誘致に名乗りを挙げているのは事実。だがそれをもって「異常なほど前のめり」と言えるのかどうか。
04年にIR想定は明らかにおかしい
そして和通が購入した隣接地の位置についての記述。この部分は明らかに問題がある。記事には
件の山林は、人工島から和歌山駅など中心部に出る際には必ず通る要路。
とある。山林については掲載誌、WEB記事双方に図版がある。グーグルマップと対比させてみよう。
グーグルマップ上でも例の山林は確認できる。人工島から和歌山市中心部までは山林を通らなくてもアクセス可能だ。和歌山市(北側)から海南市(南側)の往来は国道42号(写真右端)を利用するが人工島を通行する必要性はない。地元住民によれば「あの辺はたまに渋滞するんですよ。このため42号から人工島経由で遠回りすることはあります」と交通事情を説明する。つまりマリーナシティ(人工島)を通過して南北、和歌山市₋海南市方面の往来は可能だが、だとしても記事中の山林と無関係。
〇四年の取得時、和歌山はちょうどIRを見据えて進み始めた時期だった
この部分についても県の指摘通りだろう。とにかく二階幹事長によるいわゆる“ 天の声”(政治家の口利き)が降りてきたことを強調したいようだが、それも確固たる証拠がない。
特に二階幹事長絡みになると論法が強引になっている感がある。このような記述である。
昨年八月に和歌山市内で行われたシンポジウムでは、不思議なことに、大阪IRを推す関電の最高実力者である森詳介元会長(当時相談役)が来賓として挨拶。そして森氏が和歌山IR誘致の有識者会議の座長代理にまで就いた。森氏は二階氏が小泉内閣や福田内閣で経産相を務めた時期に関電の社長を務めており、親密な関係を築いてきた。以前から『二階さんには頼みごとができる』と周囲に話していたそうです。二階氏との親密な関係ゆえ、本来大阪IRを推す関電のドンまでもが和歌山のために動いたのか。
文中のシンポジウムとは昨年8月26日の「統合型リゾート(IR)シンポジウム」である。パンフレットを見ると森相談役、仁坂知事、萩生田光一自民党幹事長代行(当時)ら出席者の顔も。
文春が同県を追及したいのは心情的に理解できる。とかく和歌山と関電は何かとワケありだ。特に「関西電力和歌山LNG発電所は着工延期中で迷惑料、補償金等の受け取りで一部の自治体とトラブルになっている」(地元メディア関係者)という他、「二階さんの地元支援企業は関電御坊発電所の受注で成長した」(御坊市政関係者)という指摘も見逃せない。しかし森氏の同シンポジウム出席を持って二階幹事長と「親密」と言い切れるだろうか。「親密」とするには「事実関係」が明らかに不足している。
知見がある人が見れば首を傾げる部分が多い記事である。それでも評価されたのはズバリ、二階幹事長の存在感がゆえだろう。
保守派にとって二階幹事長は親中派の権化で忌むべき存在、アンチ自民左派にとってみれば自民党要人による利益誘導という2つの観点がある。だからSNS上を見ると右派左派双方から記事を評価する意見が確認できた。稀有な例だろう。ただこれまで指摘した通り、細部を見るとかなり“ 粗さ”が目立つ。
なお通常、本誌と言われる『文藝春秋』(11月号)でノンフィクション作家・広野真嗣氏が「二階俊博「最後のキングメーカー」の研究」を寄稿している。丁寧に二階幹事長の政治歴がレポートされ研究記事として面白い。だからこそ週刊側の雑さが際立ってしまう。
そこで週刊文春に事情を聞こうと書面で質問状を送付。十分、時間を持ったつもりだが期限までに返答はなかった。それから月刊・週刊両誌を比較検証し気になった点がある。記事構成、趣旨は異なるものの門博文議員の父、三佐博氏のコメントが掲載されている点で共通した。両誌で連動した企画だったのか? 念のため広野氏にも事の次第を伝え事情を聞いてみたが「週刊文春とは全く関りがないものだからすみません」ということだ。
一方抗議した県側は「抗議文を渡しましたが回答を求めるわけではありません」(企画総務課IR推進室)という対応。謝罪、訂正等は特に要求しない方針である。文春側も長らく修羅場をくぐってきた手練れ。県側も事を荒立てる気はないのだろう。
週刊文春は日本屈指の雑誌であり、今や新聞やテレビが文春の記事を後追いしている惨状。雑誌ジャーナリズムのいわば「梁山泊」というべき文春砲だが今回ばかりは「誤爆」ではなかったか。
ベトナム国籍研修生の「と畜場法」違反について、記事にしていただき度存じます。
どっちかというと技能実習の制度に関心がありますよ。