部落探訪(15)長野県小諸市加増(後編)

By 鳥取ループ

1962年から1963年にかけて、政府の同和対策審議会は「同和地区精密調査」を実施した。ここ、加増は調査対象の1つとして選ばれ、1963年に「同和地区実態調査報告書」が作成された。

報告書の作成から50年以上が経過しているので、報告書は著作権が消滅したパブリックドメインとなっている。

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報告書はこちらからダウンロードできる。

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報告書には、荒堀の位置が地図で示してある(なぜか「堀」の字が消えている)。また、小諸市内の他の部落、「四ツ谷」「平原」の位置も示されている。

加増の産業は農業が主ではなく、草履製造、家畜商、皮革、精肉商等であったという。そして、この部落の産業で特徴的だったのがウサギの革だ。

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「人間みな兄弟」にあったこのシーンは、ウサギの毛皮を干しているものと考えられる。

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表通りには、肉屋と、革製品の製造会社がある。当時の産業が今も残っていることが分かる。

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部落内にある荒堀薬師堂は、小諸市の重要無形文化財である。

毎年春になると「夜明かし念仏」という行事が行われる。以下はYoutubeに上げられている、その模様である。


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薬師堂の横に畜魂碑を見つけた。この地で古くから畜産業が行われていたことが分かる。

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部落内には公営住宅、保育所など福祉施設が多い。報告書によれば1955年に同和対策の隣保館が建設され、1963年に政府の「同和対策モデル地区事業」の対象となり、早くから同和事業が行われていた。公営住宅の建設、不良住宅の改修、道路の整備が行われた。

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現在、道路は概ね整備され、自動車が入るのに支障はない程度になっているが、あちこちに細い路地の面影が残っている。また、部落は全般的に傾斜地にある。

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また、家には臭突しゅうとつがあることから、まだ下水道が整備されていないことが分かる。

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報告書によれば、部落の行事は白山神社を中心に行われる一方、宗教は浄土真宗が多く、そして「最近創価学会の信者がこの地区に27世帯に及んでいるのに注目したい」と記されている。

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そして、当時から課題だったのが過疎化だ。学校を卒業した若者は部落を出て、東京、名古屋方面に就職することが多かったという。部落の風景からも人口の減少が伺える、

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ただ、賃貸住宅もいくつか見受けられる。

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建て増しを繰り返したと思われる、比較的大きな民宿があったが、すでに廃墟となっていた。「民宿浅間」は電話帳には2002年まで掲載されており、地元の建設会社が経営していたようである。2002年の同和事業の終了と共に、営業を終えたということだろうか。

いつの間にか同和事業集結から14年、時の流れを感じさせる。

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部落の中に城があった。この城はさきほどの民宿の別館である。無論、ここも既に使われている様子はない。

島崎藤村ゆかりの観光地として、加増が再び盛り返す日は来るのだろうか。

部落探訪(15)長野県小諸市加増(後編)」への4件のフィードバック

  1. 匿名

    前々から、ループさんのレポートなどを読んで感じているのは、現在、多くの部落にとっての脅威は、「過疎化」じゃないでしょうか?どれだけ税金をつぎ込もうが、差別がなくなろうが、人がいなくなれば、無だから。しかも、過疎化は、「部落」に限らず、全国的に問題となっている。こうした点からも、旧来型の同和対策事業は時代に合わなくなていると感じる。同和行政は全廃して、一般施策に移行しなければならない。(けど、反対する副収入の亡者が多い。)

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      そうですね。必要なのは地方の活性化です。

      まずは国の機関を地方に分散すべきです。
      そのためには様々な手続きを電子化して遠隔地からも簡単に出来るようにしなければなりません。
      しかし、住基ネットでさえ都市部の個人情報クレーマーが抵抗しましたから、いかにそのような抵抗勢力に打ち勝つかでしょう。

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  2. ニコイチ

    35過ぎまで同和、部落と言う言葉を知らなかった東京人です。以前長野の佐久市で働いておりました。先日久しぶりにリンゴを買いに長野へ行ったのですが、岩村田大和、臼田下越で同じ様なニコイチの住宅群を見て不思議な気持ちでおりました。その後それらが改良住宅だと知り驚いています。長野は部落が多いのですね。特に荒れ果てている様子は無いのですが、独特な寂しげな何とも言えない雰囲気がありました。是非部落探訪で佐久地方の部落地域の今を取り上げて頂けないでしょうか?浅科村や望月など色々と深い様子です。形は違いますが、白山団地、宮川団地は改良住宅ではないでしょうか?独特な雰囲気があります。当方は佐久の病院勤務でしたので非常に興味深く思っています。冷やかしでは無く強い興味があります。宜しくお願い致します。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      長野県は部落が多いですが、同じ長野県内でも市町村によって違いが大きいですね。南信、中信は寝た子を起こすなという考えが強いと聞きました。

      佐久の辺りの部落を見て回った感じでは、もともと信州の山村はさびれた感じなので、部落と言ってもほとんど周囲に馴染んでしまって分からないですね。ただ、ニコイチ群があるとやっぱり目立ちますが。

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