「市役所が突然、親族の新築資金貸付金の返済を迫ってきた」。昨年10月頃、津市自治会長事件取材の最中、とある同和地区住民がこう漏らした。興味を持ち関係資料を開示請求してみると市全体の滞納金は約4・5億円に及んだ。さらに調べると県下の各自治体で滞納が多発。県全体の未回収金は総額約40億円(平成30年度末)ということが判明した。同和地区住民を対象にした住宅貸付金や奨学金、市営住宅家賃の滞納は他自治体でも多発しているが、これほど莫大かつ広範囲に渡るケースは稀。祖父母、両親、親族らの借金を事情を知らない現役世代が負わされ、また貸付事業の歴史的経緯を知らない若い職員が過酷な回収業務に関わる阿鼻叫喚の世界である。同和事業は数々の不祥事と利権、そして次世代へのツケをもたらした。「同和行政とは実に罪作りである」と活動家が激怒しそうなメッセージを添えてレポートを始めよう。
貸付金は同和行政の闇
「20年間一度も請求がなかったのに突然、貸付金を返せと言ってきた」「父の貸付金の返済を求められて困っている」「請求されて初めて借金を知った」といった数々の証言。“弱者に寄り添う ”とやらのマスコミにとってはまさに寄り添う場面だが、おそらく取材対象になることはないだろう。
問題の「津市住宅新築資金貸付金」は名称にこそ「同和」「部落」という用語を含まないが、紛れもなく同和対策事業である。旧津市住宅新築資金等貸付条例第1条はこの通り。
「この条例は、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(昭和62年法律第22号)第2条第1項に規定する対象地域をいう。)の環境の整備改善を図るため、当該地域に係る住宅の新築若しくは改修又は住宅の用に供する土地の取得について必要な資金の貸付けを行い、もって公共の福祉に寄与することを目的とする。
大前提として「借りた物は返す」という至極当然の社会通念をまず確認しておこう。「同和‐貸付金」このキーワードから大方の人は行政の回収業務に対して「差別だ」と激怒する――そんな光景を想像するかもしれない。
同和地区住民を対象にした住宅新築資金貸付金の不良債権化も「未回収金」という一側面を見れば、住民に非があるように映る。
だが単純に住民だけの問題とは言い難い。類似するトラブルを挙げるならば京都市や大阪市で起きた同和奨学金の返還訴訟。両市とも住民らによる行政訴訟が起こり結果、いずれも回収業務に追われることになった。同和対策特別措置法下で実施された古い制度だから当時の状況は闇の中。だが証言を集めるに当初、貸付型の奨学金ではなく「給付金」という説明を受けたフシがある。あるいは給付と言わないにしても当時の行政‐運動体の力関係を言えば相当、ルーズな貸付ではなかったか。受給者の認識としては「給付」、ところが制度上は「貸付」だから時代が経つと共産党議員などから「回収すべき」との指摘を受けてしまう。
同和奨学金を利用した女性の中には結婚して突如、請求書が送付されてきたという話もあった。その夫にすればドン引き・・だったかは知らない。おそらくこのケースも本人と親は「給付金」という認識だったと思われる。あるいは津市の貸付金も「給付」ないしそれに準じる資金と受け止めたかもしれない。
当時の世相から推察するに「貸付」か「給付」の認識のズレが生じたのは
①解放同盟員の職員、またはシンパ、忖度する職員が自治体側が返還請求しないという前提で無計画に貸し付けをした②制度設計、条件等自体が曖昧で杜撰だった、などが考えられる。市幹部、職員の中には敬和地区出身者が少なくない。そうした背景も杜撰さを助長したのはありえる話だ。
もちろん推論でしかないがこの種のトラブルを検証するに①と②が当たらずも遠からずだろう。でもなければ億単位の異常な延滞金は発生しない。
それではまず津市の滞納状況を説明しよう。
津市の場合、貸付の総件数は2820件。そのうち滞納者は165人で回収率は94.92%。この数字をどう評価するか。弊社の読者は行政に通じる人が少なくない。そういう目利き人から見れば回収状況はむしろ「良好」に見えたのではないか。逆に一般的な感覚からすれば未収入金が存在すること自体、問題だと感じるかもしれない。だが同和に関係する各種貸付業務の中で94%という回収率は『ミナミの帝王』も脱帽のスゴ腕なのだ。
先に「20年間一度も請求がなかったのに」という証言を紹介した。利用時期、額、請求期間については個人差があるものの、取材協力者の証言は「請求の空白期間」という点で共通する。早い話が「忘れた頃に昔の借金を返せと言ってきた」という状態。しかも請求がなかった時期の利子も溜まっているのだ。繰り返すが「借りた物は返す」という原則に立てば返済は当たり前である。しかし同特法下の混沌とした状況の貸付金でなおかつ何年も請求されていなかった。延滞者たちは“チャラ ”と受け止めても不思議ではない。
この種の貸付金はどれだけ杜撰な管理状況なのか弊社は把握している。『同和の会長』(小社刊)で岐阜県大垣市の同和厚生資金、住宅新築資金といった貸付金の納付書等を入手した。利用者らは同和と無関係。多治見市在住の解放同盟岐阜県連元会長の親族まで対象者だったのは驚いた。担当職員に納付書を見せたところしばらくの沈黙の後、「(納付書に)個人情報が書かれている。違反行為だ!」となぜか怒り出した。「どうぞ告発でもなんなりと。ところで何に対する違反ですか」と返したところ再びの沈黙が続く。この手の貸付金の闇が見えた一幕である。職員も気の毒だ。なぜなら自分が関与していない制度の問題点だから答えようがない。現役世代のツケとはこういう意味だ。
これら杜撰な貸付金は“ 自治体職員マインド”で説明できる。相生町自治会長事件などは好例だが、田邊容疑者は逮捕前に「頼んでいないことを役所が勝手にやってくれる」と周囲に漏らしたという。このエピソードは自治体職員マインドを象徴する。「声の大きな市民」に配慮すれば立場は安泰、しかも彼らは「配慮」自体が「職務熱心」と考えているのだ。
貸付金や相生町問題について話を聞いた元津市職員は「変な正義心なんて出せんにぃ。頭をパカーンや。ワシも負けっぱなしやったね」と自嘲していた。怠慢ではない。こうならざるをえないのだ。
あるいはLGBTは同和事業の再現フィルムかもしれない。全国各地の自治体が競うように関係する施策や条例を策定している。普段は地味で堅物の自治体職員がレインボープライドなどで「イエーーーイ」とパフォーマーたちと一生懸命、戯れる姿は笑えるやら涙ぐましいやら、だ。「私は性的マイノリティを理解しています。差別しません。この通り熱心でございます」という必死さが伝わってくる。
同特法の最盛期にどうぞ、どうぞと住宅新築貸付金を乱発した姿が目に浮かぶ。なぜならそれが「職務熱心」なのだから。
津市建設部市営住宅課施策担当になぜ延滞金が生じたのか、またここ数年回収事業を強化しているのはなぜか聞いた。
「制度が古いので当時の状況や詳細は把握できていません。回収業務が滞った時期は確かにありました」と十分な説明はなかったが、回収業務に空白期間があったと認めた。もちろん単純に職務怠慢で空白期が生じたのではなかろう。同和地区住民への配慮、遠慮があったに違いない。
一方、津市議会でも延滞金はたびたび問題視されてきた。
津市議会で積極的に貸付金を取り上げてきた元市議の長谷川正氏。この人物、本職の金融業者で、プロの目から見ても回収業務に目を見張ったという。田邊容疑者と交流があったと聞きその観点でも興味はあったがとりあえず今回は貸付金に集中する。実際に話してみると豪放な人物だった。
長谷川氏とPTA活動をともにした住民は苦笑する。
「PTAの保護者会議で長谷川さんは“ 銀商(屋号)の長谷川でございます。教育にはお金がかかりますからもしお困りの際は私どもにご相談ください”と挨拶していました。そんな場で商売の話は普通しないですよね(笑)。クセのある人ですが、貸付金の追及は市もタジタジで迫力がありますよ」
金融道の猛者、長谷川氏の議会発言も面白い。津市は住宅貸付金だけではなく「福祉資金貸付金」という制度もあり、こちらも延滞が相次いだ。
平成29年9月決算特別委員会を紹介しよう。当時の人権担当理事・南勇二氏とのやり取り。
金融のプロも脱帽!? 回収率94%が持つ意味
人権担当理事(南勇二君) 前回の決算特別委員会でも御指摘いただいたように、連帯保証人という方もございますので、主債務者がみえないときは連帯保証人の方を探して、連帯保証人の方もちょっと所在がわからない方もあるんですけれども、そちらの部分も地道にしながら、委員おっしゃられるように、最終的にだんだんそういう死亡とか行方不明の方がみえるので、将来的に時期が来たら不納欠損ということもあり得るとは思いますけれども、今のところはお貸ししたお金は返していただくということで、地道に、毎年百何十万円ずつでございますけれども、6億円あったものが今6,000万円まで減ってきましたので、できるところまでは時効の援用を申し立てられないような形で、人間関係も築きながらちょっとお返しをお願いしに行くという、今は方針で動いております。
市側もかなり苦慮しているのは伝わってくる。これに対して
委員(長谷川正君) 収税課、よう聞いとけよ、今の話。集金の鏡みたいなこと言うとるやないか。俺ら家業が金融業やけれども、俺も勉強なるわ、こんな話聞いたら。私、民間やで、わしは売買のプロやで。プロでも参考になるようなことを今、南理事が言うてくれたんや。立派な集金の仕方しとるで。これはしっかり収税課も見習わなあかんで。ぼけっとしとらんと。何でもかんでも、立って言うたろか。何でもかんでも、何やこれ、この不納欠損。大概にせなあかんぞ、これ。よう考えやな。ということで、この質問は終わります。
『ミナミの帝王』や『ナニワ金融道』のセリフを思わすド迫力。「プロでも参考になる」とは嫌味の類ではないだろう。それほど同和地区住民を対象にした貸付金を回収するのは困難な作業なのだ。
実はこの回収業務にも田邊容疑者の名前が浮上したことがある。「田邊さんに近いとされた前市民部人権担当理事の橋本英樹さんは滞納整理に通じています。ある時に田邊さんが橋本さんに“ 貸付金みたいなもんもう免除でええやないか。あんなもの同和地区への福祉みたいなもんや”と言ったのです。ただ橋本さんも折れるほど甘くはありません」(市関係者)
田邊容疑者が貸付金に言及するのは、親しい住民から依頼され免除を求めたかもしれない。
「あの人(田邊)の一族自体がもともと相生町の住民ではないから、同和や貸付金と無関係なんですよ。自分に関係がないから好きなことを言えたんじゃないですか?」と相生町住民は漏らす。
また「市職員が金融のプロである長谷川氏に議会で延滞金を追及してもらうよう依頼した」という証言も得た。どんな内情だったのか長谷川氏に話を聞いてみると
「貸付金の追及は何回かやりましたよ。市職員に依頼された? あのね借金を返してくれ、というのは当たり前でしょ。そりゃアンタ、市民の税金のためやないか。長い間、滞納や欠損というのが続いたからおかしいやろと指摘したんだけどね」
思わず納得。長谷川氏は間違ったことを何一つ言っていない。
「貸付事業が同和対策? そんなことは知らんかったわ。勉強になります。市が遠慮して請求していなかったのはそういう事情もあるかもしれんね。ただね本来、うちら(金融業)の感覚で言えばもう時効になってもおかしくないケースもあってこんなものどうやって返してもらうのか本当に不思議でしたよ。それでも保証人や親族にお願いして回収するというからね。昔の議事録を見たでしょ。だからワシも“ アンタら(市職員)ようこんな回収できるな、たいしたもんや”と褒めたわけ」
プロも仰天する津市の回収業務。94%という数字の凄みがご理解頂けるだろうか。
三重県全体に広がる新築資金貸付金の延滞
なにしろ前代未聞の自治会長事件を起こした津市である。同和問題への配慮から長年、延滞金が積もり積もったと当初は考えていた。しかし津市どころか延滞金は三重県下で広範囲に発生している問題だ。三重県側も問題を把握しており、対策を協議しているという。県がまとめた一部の資料を入手したが、そのデータを見ると確かに莫大な滞納額だ。平成30年度末で41億3059万5千円というのは焦げつきというレベルではない。銀行や民間の金融業者なら経営破綻のレベルだ。もちろん原資は税金。関与した自治体職員にすれば己の懐を痛めた訳ではないからどこ吹く風だろうが、税金は無尽蔵と考えてもらっては困る。
滞納する最大の理由は「返済意志の欠如」というのがいかにもである。
なにしろ同特法が盛んな頃、まさか市が返還を求めてくるはずがない、そういう甘い見通しのもとに勧められるがまま貸付金を利用したのは起こりうる。加えて「回収業務が滞った時期があった」との津市の説明はやはり行政側の配慮や忖度、遠慮の裏返しではないだろうか。
もともと同和地区住民を対象にするのではなく、個人の所得や経済状況、住環境を精査して個別の事情に沿った貸付を行えばよかったのだ。「同和地区住民は皆貧困」という誤った認識のもとで貸付金を乱発したのではないか。それにしても貸した、借りた双方の現役世代が四苦八苦するのは気の毒だ。
ではどういう解決法があるのか。同和絡みだから政治的な力で“人権徳政令 ”すなわち免除というシナリオも勘繰ってしまう。ところが貸付金に詳しい県内の自治体議員はこう否定した。
「(免除は)ない。絶対にないです。自分が借りたわけでもないウン百万円の貸付金を返済した人もいるんですよ。それなのにゴネた人だけ返済免除というのは通用しません。同和地区住民に配慮するというのならば、すでに返済した同和地区住民は配慮しなくてよかった、ということになりますよね」
また自身も親族の貸付金を請求されている敬和地区住民の話も興味深い。
「ご存知かもしれませんが敬和地区は土木建設業などの業者が多いでしょ。だから返済を求められている業者の中には市の工事を請け負っている人もいるんですよ。“ 金は返さん、公共事業はやります”という訳にもいかず自分の借金でもないのに一括返済した人もいました」
億単位の延滞金は同和事業という歴史の重み。活動家やシンパたちは同和事業を批判、論評すること自体を「差別だ」と訴えるものだ。しかし現役世代の同和地区住民が先代の借金に苦しむ状況。こうした実態を踏まえても「同和事業」とは成果があったと胸が張れるものか。解放運動の不良債権がどう処理されるのか後学のためにも注視したい。