アンチ個人情報保護⑨ 裁判による解決とは

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By 宮部 龍彦

アンチ個人情報保護法 シリーズ記事

裁判と言えば、非常にお金がかかるものというのが日本での一般的な認識のようである。これは正しいとも言えるし、間違っているとも言える。双方が本気になればなるほど費用も時間もかかるが、両者が妥協するか、あるいは片方が早々と降参すればすぐに終わる。また、弁護士を立てずに本人訴訟でやれば弁護士費用はかからない。しかし、全般的に裁判は面倒な手続きと言える。

「住所でポン!」事件については、筆者は「フルコースの対応」を行うことにした。つまり、訴訟前の手続きを含めて、取りうる限りの最大限の対抗措置を取るということである。

まず、裁判を京都地裁から筆者の住所の近くにある横浜地裁相模原支部に移送することを申し立てた。遠隔地の裁判所に出向くよりは、近くで行うほうが楽なので、遠隔地の裁判所で訴訟が提起された場合にしばしば行われる方法である。

ご承知の通り、日本の裁判所は原則として三審制で、判決だけでなくそこに至るまでの様々な手続きで高裁、最高裁の判断を仰ぐことが出来る。当然、筆者も移送の申し立てについて最高裁まで争った。そして、残念ながら最終的に移送は認められたなかった。

移送についての判断が確定するまでは、裁判は開かれないことになる。その結果、2015年8月14日に提起された裁判の最初の口頭弁論が行われたのは、1年近く経過した2016年6月27日のことだった。

訴訟記録のウェブサイトへの掲載禁止の仮処分に対しても、筆者は徹底抗戦した。

島崎弁護士は、「間接強制」と言って、仮処分決定の内容を履行しない場合は金銭を支払わせるように申し立た。その結果筆者は訴訟記録から原告の氏名住所を消さない限り毎日3000円の間接強制金を課されることとなった。しかし、仮処分決定の内容によれば別のウェブサイトに移すことは禁じられていないことから、別のサイトに移転させた。

島崎弁護士は、さらに別のウェブサイトで同じ内容を掲載することを禁ずる仮処分を申し立てたが、筆者はしそれにたいして「保全異議」を申し立てた。これは仮処分の取り消しを求める申し立てで、これも最高裁まで争うことが出来る。

しかし、ここにきて島崎弁護士は、仮処分の申し立てを取り下げた。島崎弁護士によれば、原告本人が嫌気が差してしまったというのである。その代わり、弁護士活動に対する妨害で告訴すると息巻いた。

しばらくしてから筆者のもとに京都地検から書留郵便が届いた。「貴殿が京都地方裁判所に係属中の民事訴訟の書類をウェブサイト上に掲載した件につき,貴殿に対する刑事告訴がなされていることから,検察官において貴殿から事情を聴きたい」というのである。本当に告訴されてしまったわけだ。

仕方がないので京都地裁での口頭弁論のついでに京都地検に立ち寄り、聴取を受けた。裁判は公開と憲法に書かれているのだから、それを尊重するのが国民のあるべき姿であるといったことを筆者は主張した。そこで告訴をどう処理するかは書面で通知する制度がないので電話して欲しいと言われたので、1ヶ月後に電話すると不起訴処分にしたということだった。

このように徹底抗戦した筆者であるが、正直なところ、同じ事をするように他人に薦めることはできない。単純に面倒だし、相手も怒るし、裁判官から「早く判決を出さないといけないので…」とぼやかれるので裁判官の心証もあまり良くないようだった。特に、今は裁判所全体の方針として迅速な裁判を求めている。筆者が言っても白々しいかも知れないが、裁判はそれ自体が目的ではなくて、どのような形であれ当事者にとっても社会全体にとっても負担のない形で事件を解決することが目的である。

ただ、よく言われる「法的措置」というものが、場合によってはお手軽なものではないことは分かって頂けたと思う。

「住所でポン事件」終結

途中で原告が訴訟を止めたいと希望しているという話が出つつも、島崎弁護士が原告を説得して何とか判決に至った。そして、2017年4月25日に出された京都地裁の判決は意外なものだった。

判決内容を要約すると、ネットの電話帳から原告の住所氏名電話番号を消すこと、ウェブサイトに掲載した訴訟資料から原告の住所電話番号を消すということだった。筆者が意外に思ったのは、電話帳の情報については全て消せと言いつつも、訴訟資料については氏名は消さなくてもよいとしていることである。そして、原告に対して5万5000円を支払えということだ。

意外に思ったのは、訴訟資料から原告名を消さなくてもよいとされたことだ。裁判所によれば、主な理由は「裁判の公開は,司法に対する民主的な監視を実現するため,絶対的に保障されるべきもの」ということである。つまり、憲法が定める裁判の公開原則だ。

これを京都地裁が認めたのは、たまたま裁判の公開原則が世の中で話題になっていたからかも知れない。当時は各マスメディアが、過去にハンセン病患者に対して行われた特別法廷での裁判を、裁判の公開原則に反する「暗黒裁判」であると批判するキャンペーンを行った。そして、最高裁は事実上過去のハンセン病患者に対する裁判が裁判の公開原則に反するものであったと認めて謝罪した。筆者はそのことを裁判で持ち出し、裁判の公開原則の重要性を主張した。

一方、電話帳については、そこまで憲法と直接的な関係がないので認められなかったということだろう。なぜ電話帳で見られるものをネットに載せたらだめなのか、その理屈は「インターネットにおける公開は,短時間のうちに情報が拡散し,削除が困難な状態となり得るものであり,かつ,検索サービスの利用によって容易に情報を取得することが可能となる点で,紙媒体への掲載とは開示の相手方及び開示の方法が著しく異なり,紙媒体であるハローページへの掲載の同意をもってインターネットへの掲載の同意といえない」というものだった。

この判決は重要判例なので裁判所のウェブサイトに掲載されているので、興味のある方はご覧頂くとよいだろう。

島崎弁護士は控訴し、2017年11月16日には大阪高裁の判決が出された。

高裁判決では、訴訟資料については原告名も消せということになってしまった。その理由は「裁判が公開され訴訟記録の閲覧ができるという制度の下においても,実際に裁判を傍聴し又は訴訟記録の閲覧をするのは,その事件に積極的な関心や問題意識を有している者などに限られる」ということである

なお、当然のこと筆者は最高裁に上告したが2018年5月10日に上告を受理しない旨が決定され、判決が確定した。

注意していただきたいのは、「住所でポン事件」では訴えた側が要求したのは、既に掲載された個人の氏名・住所・電話番号の削除とそれに伴う賠償であって、それ以上のことは争点となっていない。裁判は、当事者が求めないことに裁判所は関知しないのがルールだからだ。

例えば、住所でポンというサイト自体を閉鎖することは求められていないし、ネットに掲載された訴訟資料についても、 氏名・住所・電話番号以外の情報まで削除することは求められていない。また、削除の要請があった時点での削除を求められたのであって、最初から掲載するなと言われたわけではない。あくまで削除要請に従わなかったことが不法行為とされ、それより前のことについては判決は何も触れていない。

そして、損害賠償金5万5000 円をどのように評価するかだ。この内訳は5万円が慰謝料で、5000円が弁護士費用だ。訴訟自体が相手に対する懲罰の類と考える人もいるかも知れないが、法律論で言うのであればそれは誤りである。

米国では民事訴訟においても懲罰的な意味で損害賠償金の金額に上乗せがされ、個人が大企業から莫大な賠償金を得る例が知られているが、日本では同じ事は起こらない。日本においては民事訴訟はあくまで紛争解決のものであって、懲罰的損害賠償金は認められないと考えられているからだ。

3年近くに及ぶ裁判の割に5万円という慰謝料は安いし、5000円という弁護士費用は明らかに原告が島崎弁護士に支払った報酬よりも少ないと考えられるだろう。一応、原告側はこれ以外に裁判にかかった手数料や裁判所までの交通費、郵便切手代、書類の作成費用等を請求できるのだが、裁判所が定めた基準で算定すると、現実にかかった額に見合わないことが多いので、実際は原告が請求しないことが通例になっている。とてもドライだが「それが見合わないと思うなら裁判する前に当事者で解決しろ」という考えが日本の裁判所にはある。

結果的に、今に至るまで筆者に対して実際に支払いの請求は行われていない。また、皮肉なことではあるが、この裁判の最中に島崎弁護士が依頼人からの預り金を着服した疑惑が報道され、島崎弁護士は2018年7月18日に弁護士会から1ヶ月の業務停止処分を受けた。原告はこの裁判で勝訴はしたものの、いろいろな意味で失った物の方が多かったように思う。

形式的な裁判の勝訴・敗訴と、法廷外での出来事を含めた事件全体がもたらす結果は、必ずしも一致しない。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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アンチ個人情報保護⑨ 裁判による解決とは」への8件のフィードバック

  1. .

    >告訴をどう処理するかは書面で通知する制度がない

    不起訴処分告知書というものがあります。私、受け取ったことありますよ。告訴人としての立場からですが。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      それは参考になります。告訴された側には通知されないということなんでしょうね。

      返信
  2. .

    この記事は、もっぱら訴えられた側としての立場で書かれていますが、鳥取ループさんは広告料踏み倒しの件でグーグルのアイルランド法人を提訴したこともあるし、名誉毀損の件でトレンドマイクロを提訴したこともありますね。それぞれ、どういう理由で訴えを取り下げたのですか。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      グーグルの件は取り下げたのではなくて、国外なので管轄外ということで門前払いされました。トレンドマイクロについては、解放同盟の裁判で忙しくなった上、勝っても得られるものがあまりないと思ったのでやめました。口頭弁論後は相手の同意がないと取り下げは出来ないのですが、トレンドマイクロ側も取り下げを希望してましたし。

      ただ、裁判の影響なのか分かりませんが、グーグルは事前審査を前より丁寧にする代わりに、後で広告料を踏み倒すことはやらなくなりました。トレンドマイクロは例の資料がインターネット検索に引っかからないような状態にしていると思います。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      すみません、気が付きませんでした。島崎弁護士のウェブサイトも7月までお休みになってますね。
      他にも金銭トラブルを抱えているとあるので、普通の感覚ならもう弁護士としては終わっているように思えます。

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