アンチ個人情報保護⑭ 「部落出身」は 要配慮個人情報か?

アバター By 鳥取ループ

アンチ個人情報保護法 シリーズ記事

個人情報保護法にはこうある。

3 この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。

なるほど、人種や信条は差別の原因になるからより厳しい規制をかけるのは当然だ…と考えるのであれば、非常に浅はかな考えである。現代人は「差別」がからむ話題になると思考が停滞してしまいがちだ。法律には「政令で定める」とあるので、その政令の内容を読むと、立法に関わった人々の思考停止具合がよく分かる。

実は、政令には「人種、信条、社会的身分」に関わる定めは一切ない。身体障害、病歴、前科に関わるような情報についての定めがあるだけである。

改正法の立法に関わった人は、端的に言えば「同和」を意識していたことは間違いない。筆者は改正法の施行前に自治体が行ったセミナーに参加したことがあるが、法律家である講師は、「要配慮個人情報」の社会的身分について、会社での役職のようなものではなく「生まれついてのもの」といった言い方をし、それが部落問題に関わるものであることを示唆していた。

しかしどうだろう。部落差別はよくない、誰が同和地区出身者か暴くことなどもってのほかだ、そう言えば誰も反対しないだろう(正確には「できない」だろう)。

では、部落問題について本当に理解している人がどれだけいるだろうか。法律は同和地区出身者が判別できるような情報を厳しく規制しようとしたのだろうが、それでは「同和地区出身者」とは具体的にどのような人を指し、「同和地区出身者が判別できるような情報」とは一体何なのか、明確に説明できる人はいない。実際、「同和地区出身者」の定義など存在しないのである。

「人種」にしても同じことが言える。特に日本人は北方のアイヌ、大陸、東南アジアの様々な血が混じり合っていると言われる。黒人・白人の問題なら分かりやすいように思えるが、例えば白人と黒人が結婚して、兄弟で肌の色が違うという場合はどこで線を引くか? そもそも、肌の色が黒いか白いかなどということは、見れば誰でも分かることなのに、それをことさら「要配慮個人情報」と言って保護することに意味があるだろうか。差別があるとしても、隠すことで解決するような性質の問題ではないはずだ。

仮に「在日コリアン」を想定しているとしても、日本に帰化していなければ国籍が違うのだから、国籍の情報が分かれば必然的に在日コリアンだということが分かってしまう。しかも、国籍というのは要配慮個人情報に含まれていないし、海外への出張など様々な場面で国籍は法律上の制約になることは事実なのだから、ことさら隠すことは難しいだろう。また、「朴」や「鄭」のような姓を名乗っていれば、名前だけで分かってしまう。

「信条」については、そもそもこれが入っていることがおかしな話である。例えば政治的な議論をする上で、自分の信条を表明し、他人の信条を理解することは必要なことで、それを規制してしまったら、民主主義が成り立たなくなってしまう。おそらく、部落問題に関係して、企業が採用時に思想や信条を尋ねることを自主規制していることが関係しているのだろう。しかし、実際は出版社のように党派色の強い企業があるし、企業や労働組合が特定の政党を支持することも当たり前のようにある。

仮に「信条」が「信教」だとするなら、なぜ隠す必要があるのだろう。信教の自由が保証された国における宗教というものは、それぞれが自分が信じたいものを信じ、自由に布教し、他人の信教は尊重するものである。信教を隠すように求めるのであれば、それは一部の宗教を弾圧する国家の発想である。宗教による差別の存在を前提に、国が国民に信教を隠すことを強制するとすれば、とんでもないことだ。今はイスラム教徒のための礼拝所が空港や駅に作られるような時代である。キリスト教徒が弾圧されて、踏み絵が強制された江戸時代でもあるまい。

なぜこのようなことになったかと言えば、法律を検討した人々が人権というものを真に理解しておらず、建前だけの議論に終始したためだろう。誰も反対できないような「総論」を法律に盛り込むだけなら、大して深い思慮は必要なかったが、政令や規則に「各論」を盛り込もうとした途端、法律の致命的な欠陥にぶつかり、たちまち破綻してしまったのではないだろうか。

確かに憲法が人種、信条、社会的身分による差別を禁じているが、差別を許さないことと、情報を隠すように国民に求めることとは、全く別のことである。先述の宗教の事例で分かるように、隠すことを強制することがむしろ人権侵害になることもある。

このように、「要配慮個人情報」について検証すると、この法律がいかに浅はかな考えで作られたかが分かる。

個人情報保護の聖域

個人情報クレーマーは何かにつけ「個人情報保護法違反だ!」と言うが、賢明な読者はご承知の通り個人情報保護法が適用されるのは民間の事業者だけである。国の行政機関や地方自治体はそれぞれ、行政機関個人情報保護法と個人情報保護条例という別の法令で規制されていることは既に述べた通りだ。

また、個人情報保護法にしても行政機関個人情報保護法にしても、「一般法」であることに注意しなければならない。どういうことかというと、法律には全般的に規制をかける一般法と、特定の分野に特化した特別法がある。そして、一般法と特別法が互いに矛盾している場合は、特別法の方を優先するということになっている。

例えば、不動産登記法という法律がある。この法律によれば、誰でも不動産の登記簿謄本を取得できるとされている。これは法務局が扱う不動産登記の分野に特化した特別法であり、一般法である行政機関個人情報保護法よりも優先される。これは本来であれば自明なことなのだが、不動産登記法には丁寧なことに行政機関個人情報保護法による規制が適用されないことが明示されている。

しかし、不動産登記は個人情報の宝庫だ。例えば、街角で気になる建物を見つけたとする。その建物と土地の所有者が何者なのか気になったら、最寄りの法務局で登記簿謄本を請求すればよい。手数料さえ払えば、建物あるいは土地の所有者の住所氏名が記載された登記簿謄本を入手することができる。登記簿謄本は「何人も」取得可能なので、何の縁もない土地の持ち主の個人情報を誰でも知ることができる。

登記簿には単に持ち主の情報だけでなく、抵当権や差し押さえに関する情報も記載される。そのため、毎日のように各地の法務局から記載事項の変更があった登記簿を取り寄せ、OCRで電子化し、その情報を販売している業者が存在する。ある不動産が差し押さえられた場合、その不動産の所有者は何かしらお金にからむトラブルを抱えている可能性が高いので、金融業者が営業をかけたり、不動産業者が不動産を現金化するために売却のお手伝いをしますよと申し出たりするわけだ。

不動産と言えば、自分が住んでいる市町村であれば、他人の不動産の価値は丸分かりた。多くの市町村では4月に「土地家屋価格等縦覧帳簿」が公開されるので、役所に申し込めば、全ての不動産の評価額を知ることが出来る。これは、不動産には固定資産税がかけられることから、各人にかけられる固定資産税が適正かどうか確認できるようにするために存在する制度だ。

政府が法律や政令や政府調達など、国民に周知すべき情報を掲載している「官報」も個人情報保護の聖域だ。官報には破産者の情報や、誰が帰化の情報が掲載される。つまり、官報をくまなく調べれば、誰が破産者で、誰が帰化人かといったことが分かるのだ。

しかし、官報は平日であれば毎日のように発行され、掲載される情報も膨大であり、内容をつぶさに読んでいる人は限られる。それでも、官報に掲載された情報は国民に周知されたものであるという建前がある。普通に考えればあまり他人に知られたくない破産したことや、場合によっては「人種」に関係しそうな帰化の記録が要配慮個人情報に含まれなかったのは、このような事情もあるだろう。

昨今は「建前」さえも事情が変わりつつあり、「官報情報検索サービス」により昭和22年5月3日以降の官報の内容を有料でインターネットから検索可能になっている。しかも、大きな図書館に行けば、無料で検索することが出来る。足繁く図書館に通って、有名人の帰化記録を探している人もいるのが現状である。

もう1つ強力なのが、過去の新聞記事の検索サービスだ。「ジー・サーチ」という、過去の主要な全国紙や、一部の地方紙、業界紙を全文検索可能なサービスがある。「新規顧客や外注先との契約時や、株式公開前のコンプライアンスのチェックなど、内部統制にも活用いただけます」と謳っているが、悪く言えば身元調査である。法人や個人について、いわゆる「前科」がないか調べるためのものである。

改正法では犯罪履歴は「要配慮個人情報」として特別に保護されている一方、犯罪履歴を世間に一番公表している報道機関は規制の対象外だ。そのため、過去の新聞を検索できる「ジー・サーチ」は、犯罪履歴を調査するためのツールとして探偵や興信所によって利用されていることは公然の秘密である。

過去の紙ベースの出版物は、言わば「アナログ」のデータなので検索は困難で、なおかつ地方紙は配布された地域も限られていた。それゆれ、裁判所は出版物で公表された情報でも「過去のもの」「地域が限られている」といった方便によって、限定的に公開されたものに過ぎないといった建前が法律上はまかり通ってきた。しかし、現代においてはOCRによってアナログの出版物を容易にデジタル化することが可能であり、なおかつインターネットの普及によって地域的な制約はなくなった。

それゆえ、「ジー・サーチ」のような有料の検索サービスが大きな利益を生むようになった。しかし、裁判所は旧来の判例を変えるつもりはないようだ。

その裁判所は、個人情報保護法はもちろん、行政機関個人情報保護法による規制も適用されない。その一番の理由は、憲法により裁判の公開が定められているからだ。裁判の手続きではあらゆる個人が特定され、プライバシーに関わるような情報が飛び交う。そこを規制対象に加えてしまったら、裁判で公開できることなど、ほとんどなくなってしまう。

裁判所に行けば、その日に誰に対するどのような裁判が行われるのか公開されているし、自由に法廷に出入りして裁判を傍聴することが出来る。記録係に問い合わせれば、裁判記録のファイルを見ることが出来る。大抵の場合、裁判の当事者の住所・氏名が記載されており、事案によっては本人の戸籍謄本や住民票まで添付されていることがあるし、非常に生々しいやりとりが記載されていることもある。

報道機関にとっては、裁判所は個人情報保護の規制に対する最後の砦だ。その裁判所も個人情報クレーマーの声に押されて、一昔ほどはオープンではなくなりつつあるが、一方で様々な事件の情報の公開を求める報道機関の要求もあり、一進一退を繰り返している状況だ。

ここで挙げたのはごく一部の例で、個人情報保護の規制が及ばないものは探せば様々なところにある。人間が社会に参加する上で、何らかの形でどこの誰なのかという情報を他人に渡すことは避けられないことであり、逆に他人の情報を知りたいという要求も多い。個人情報保護の規制は穴だらけのバケツのようなものだ。そして、その穴の場所を知り、上手く利用する人が得をすることになる。

(次回に続く)

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