JR南武線矢野口駅の東側に、小さな部落がある。1935年には14戸、93名であったという。部落名は「中島」。
やはり、真っ先に白山神社を訪れた。石造りの鳥居のような趣はないが、大きくて迫力と存在感を感じさせる鳥居。地元の工務店が手創りしたかのような雰囲気だ。実際、そうなのだろう。
祠に近づくと…
カチッと音がして明かりが灯った。
「防犯装置設置中」と書かれているが、ハッタリではないようだ。賽銭泥棒をしようなどとは考えるべきではないだろう。
自治会の掲示板。無論、同和だの部落だのといった掲示物はないが、地域の交流があることを伺わせる。子ども食堂も。
多摩地域によくある、農村がそのまま街の住宅地になったような佇まいだ。
小澤という表札の家が目立つ。
これは馬頭観音像。1816年に建立され、稲城市では最古のものだという。よく誤解されるが、馬頭観音は各地にあり、馬頭観音があれば部落というわけではない。ただ、そこに古くから村があったという証拠にはなる。
部落には自営業者が多く、アパートやマンションがある。
これらの物件も業者による手作りだろうか?
部落の中に川があり、その脇は舗装されていない道になっている。いかにも昔は農村だったという感じがする。
これは稲城市の文化財倉庫。
これが、川沿いにある中島集会所。こういったところに「中島」の名前を残している。集会所はプレハブの無骨な建物だ。
白山神社に戻ると、今度は白い蛍光灯が灯っていた。やや日が落ちてきたので、今度は明るさセンサーが反応したのだろう。微妙にハイテクな白山神社である。
中島児童公園があるでしょ。
その辺まで小沢さんはいる。
その公園の隣は七五三掛さん。
中島児童公園は気付きませんでした。昔の航空写真だとここは住宅地の外なので、中島の住民が田畑を所有していたんでしょうね。
今回は墓地巡りなし?
部落内に墓地が見当たりませんでした。ただ、称名寺に小沢という墓石がいくつかありました。
三河から静岡、長野の日蓮宗は南朝。
弾左衛門も真宗大谷。杉本さんも真宗単立寺院の長源寺。
時宗も親鸞やし本田豐はインチキ
部落探訪、興味深く拝見させていただいています。八王子の小比企は部落地名総鑑に記載のある部落で白山神社もあるようですが、鳥取ループ様の知る限りで他の文献への記載はありますか?不躾な質問で恐縮です。
すみません、私も全国部落調査の記載しか知りません。
小沢といえば、山沿いの小沢城、築城した小沢小太郎(稲城重成の子)、その姓の由来である界隈の旧地名武蔵国小沢郷がリンクしました。
稲城市には小澤城が有りました。
写真懐かしい稲城市矢野口出身のものです。
稲城市ですと押立にある梨花幼稚園付近はどうなのでしょう?新しく家が建ち並び始めましたがトタンで出来た古い家もポツポツと…
あの付近も気になってます
少なくとも、全国部落調査にはありません