てるみくらぶで浮上した宗教団体
「大星教会」とは何か?(後編)

三品純 By 三品純

「♪ 愛、それは甘く 愛、それは強く♪」

宝塚歌劇団の『ベルサイユのばら』の劇中歌『愛あればこそ』が太極殿(神殿)に響き渡る。4月29日に開催された大星教会「開祖副開祖記念祭」の式典の一幕。教会の開祖・宇津木うつぎ正善まさよしのひ孫で元宝塚歌劇団の鞠村まりむら奈緒なお氏が熱唱している。

先日、お伝えした八王子市の新興宗教「天星教会」の記念祭式典。今年は立教103年目で、開祖の宇津木正善、副開祖で妻のロクが死去して50周年を迎えたそうだ。神殿の太極殿にはざっと500人の信者はいただろう。場外には、神殿内に入らない信者も多数いた。式典の最中、どこからともなく『君が代』が流れてくる。礼式は二礼二拍一礼で、演奏されるのは雅楽。祭壇は仏式のようにも見えるが、作法は明らかに神道形式だ。

前回訪問した4月初旬のこと。「本当に、素晴らしい教えなの」そう信者に言われ、記念祭の式典次第をもらった。次第によると9時15分から入場できるというので、時間通りに現地に行ってみた。当初、もっと“こじんまり”した式典を想像していたが、これが間違い。正門付近はすでに長蛇の列。受付をすませた後に、神殿に入る。畳敷きの神殿に信徒が整然と座っていく。式典前には教会の幹部と信徒の記念行列があるという。行列終了後、管主ら“先生方”が祭壇に着座し、開始するという流れだ。

希望すれば誰でも記念行列に参加できるそうで、せっかくだから加わってみようと思った。とは言え、なにしろ礼服ではないし、そもそも信徒ですらないのでやめた。すると大音量の雅楽とともに記念行列が入ってきた。そして一同が着座する。信徒代表のあいさつに始まり、開祖副開祖への献茶、奉納太鼓と続いていった。一通りの式典が終わった後、奉納行事として人間国宝・鳥羽屋とばや里長りちょうらによる「大薩摩節」、長唄「七福神」が演奏された。そして奉納行事のトリ、冒頭でも紹介した元宝塚歌劇団・鞠村奈緒氏の“オンステージ”に移った。

「人間国宝が前座で、大トリは宝塚歌劇か?」。人間国宝と元宝塚という肩書はどちらが“上位概念”なのか分からない。おそらく開祖の曾孫というの点が大きいのだろう。鞠村氏は、歌唱中、壇上から降りて一般席を回る。それはまるでディナーショーのよう。会場は大いに沸いた。

当初、この団体について予備知識を持ち合わせていなかった。しかし式典の中で、少しずつ大星教会の歴史と概要が見えてきた。開祖、宇津木正善は本名を卵一ういちといった。1854年(明治13年)、この地方に生まれ勉学の傍ら農業に勤しんだという。日露戦争に従軍したが、奉天陥落前に負傷し、除隊。帰国後は、各地の寺社を回り修行を続けたという。一方、副開祖のロクは1893年(明治26年)生まれ。18歳で正善に嫁いだ。

正善が開眼したのは池上本門寺(東京都大田区)でのこと。伝教大師(最澄)、日蓮、弘法大師の3人の高僧から「真運妙法蓮華経」の題目を得た。それから正善は、1924年(大正13年)に「宇津木道場」を立教。これが現在の「大星教会」だ。正善は、病人の救済に関わった他、信徒らに日常の生き方などを説いていた。なんでも正善は人の前世が見えたというが、この辺りはいかにも新興宗教らしい。

その他、新宗教の歴史と比較すると江戸新宗教・天理教、金光教、黒住教には及ばないが、同時代に成立した団体には、PL教団(1916年)、霊友会(1920年)がある。新宗教の中では比較的、歴史が古い部類だ。教義と言っても以前、信徒が教えてくれたように真運妙法蓮華経を唱えるだけで、特徴的な教義は見出せなかった。

この団体についてあえて特徴を挙げるとすれば、前稿でも触れたように保守色が強いことだ。開祖・副開祖と面識がある高齢の女性信徒が式辞に立つとこんな話をした。

「ある時、開祖先生が”頑張っているね”と自室に招き、いろいろなお話をしてくれた。その時”これは松方侯爵のところに持っていく線香だ”とおっしゃった」

松方侯爵。おそらく第4代、6代内閣総理大臣・松方正義のことだろう。歴史好きには「松方デフレ」と言った方が通りやすい。松方は天星教会が立教した1924年に死去。年代を考えると松方の墓前(青山霊園)に供えたものと思われる。さておき松方を供養することと、保守主義はイコールとはならないが、信徒たちから「あの政治家も天星教会に理解がある」という人は、みな大物と呼ばれる保守政治家だった。もっとも新興宗教はえてして著名人との関係を誇大にアピールするもの。だから信徒の証言も”話半分”かもしれないが、ともかく組織的に国家主義、保守主義が濃いのは確かだ。

教会内では、日の丸を掲揚し、式典でも君が代を流す。ただ団体が保守的であることが悪事というわけでもない。積極的に政治に介入するわけでもなければ、著名人の霊言と称するオカルト本を刊行しているわけでもない。

あえて結論付けるとすれば宇津木正善という開祖の独自研究による土着の新興宗教。せいぜいこんなところでこれ以上の論考の価値はないと思い、天星教会を後にした。ところが日本の神道、仏教の歴史を考える上で、大星教会は意外な意義を持っていることが後日、判明した。ある宗教学者は「これは法華神道というジャンルの宗教です」と指摘し、こんな歴史的経緯を解説してくれた。

「浄土真宗は日本の神を認めていないのに対して、日蓮宗は日本古来の神も認めていたのです。日蓮宗は中世、祭事でも神道形式を取り入れながら発展してきました。末端では拝み屋(祈祷師)のような行為もやっていたのです。ところが明治時代の神仏分離によって日蓮宗は神道的な儀式をやめました。現在の法華神道は、法華経寺(千葉県市川市)などわずかになっています」

そして同氏はこんな”感心”をした。

「神仏分離以前の宗派や形式はなかなか表に出てこないもの。ある意味、大星教会は貴重な存在とも言えます」

なんと、こんな歴史的意義があった天星教会。実は、神道、仏教の関係史を考える上で貴重な存在だったとは…。

てるみくらぶで浮上した宗教団体
「大星教会」とは何か?(後編)
」への4件のフィードバック

  1. たくみ

    長唄をたしなむものとしては里長、里夕(りせき:里長の娘)の出演は興味がありますね。チラシに顔が写ってるおっちゃんです。立方(舞い手)の中村錦之助も歌舞伎のビッグネームじゃないですか。
    ちなみにとなりの植松美名の上の「東音(とうおん)」というのは東京芸大出身の長唄演奏家の団体、東音会の演奏家であることを示す記号です。

    池上本門寺は大田区です。

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    1. 三品純三品純 投稿作成者

      ごめんなさい不注意でした。全く芸事には疎いもので、いろいろご教示ありがとうございました。

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