曲輪クエスト(449) 松本市岡田

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By 宮部 龍彦

『差別とのたたかい 部落解放運動20年の歩み』によれば、松本市岡田に古村がある。戸数は59軒。

他にも菊池山哉の『長吏と特殊部落』や柴田道子『被差別部落の伝承と生活 信州の部落・古老聞き書き』にも記述がある。

菊池山哉はこう記している。

四、本郷村、岡田、□□

○街道筋の裏町をなして居る。この街道は保福寺峠へ通ずるものであるから上代の中仙道であり、また國府と國分寺とを接續せしむる重要路線である。

○白山神、二ヶ所ある。長吏の改替のあつた結果であらう。町場であるから貧しい。三十餘戸、密集である。

○藤井組と深井組との二つに分れて居る。その深井組から出て、淺間へ分かれたのが、天正二年であると傳へて居るから、こゝの曲輪は、其の前である。

そこで深井の總本家を訪ね、當主半白の老人に會つて見たが、口を緘して絶對に語らない。萬策盡きて辭退する。岡田神社は式内であり、こゝは和名抄の岡田郷である。本郷村とは稱して居るが、その本郷が何れであるか定かでない。今の岡田町は岡田郷の町場の義で、中仙道なり、北越街道の發達につれて生じた町場である。東京本郷の如く、ある街道の發達につれて、本郷の民戸の街道筋へ出る場合もある。こゝなども古郷に曲輪の存する一つの例である、

「得替記云」

筑摩郡岡田番所、天正の初、甲州勝頼家臣下曾根入道雪齋、岡田に住す、古へ村上の末小野職人實時の子岡田四郎實守住し之。享保十年麻績番所を此所へ引、松本城主仝心守之。

とある。白山の二つあるのは、享保の番所設置に關係するであらうか。

白山神社の1つは簡単に見つけることが出来る。稲荷神社と一緒になっている。他に白山神社が見当たらないので、菊池山哉が記した2つの白山神社は1つにまとめられたのかと最初は思った。

神社の裏手に墓地があり、墓石に彫られているのは「藤井」か「深井」それぞれ場所がまとまっている。法名が彫られているので浄土真宗であろう。

ところが、詳しい方に聞いてみると、今でも白山神社は2つあるそうだ。

「稲荷神社と一緒になっているのは、藤井のお宮。稲荷神社はもともと別だったけど、一緒になった。稲荷神社がもとはどこにあったかは分からん」

とすると、もう1つの白山神社は「深井のお宮」ということになるのか。それは権現様と呼ばれているそうで、公民館の正面あたりの民家の裏手にあると教えてもらった。

これがその深井の白山神社である。遠目には社殿はただの小屋のように見えてしまうので、近くに来ないと分からない。ゼンリン住宅地図にもこの神社は掲載されていないので、ゼンリンの調査員も見逃したか。

そして、神社の近くの大きな家が深井の総本家のようで、比較的最近までさらに詳しい方がいらっしゃったが亡くなられたのだそうだ。

古村は街道の裏手と言うが、ほぼ街道に面していて、街道脇の道沿いにある。

『被差別部落の伝承と生活 信州の部落・古老聞き書き』によれば、昭和38年まで屠場があったという。

この古村の「深井組」から、浅間温泉の古村が分かれたという。次回はそこをクエストする。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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