学術・研究:部落探訪(254) 京都府 相楽郡 笠置町 有市(後編)

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

前回に引き続き、笠置町有市の探訪である。なお、町に寄付された土地の乗っ取り問題については別記事で説明した通りである。

それはさておき、次は例によって墓地を訪れた。

ここは西部さいぶ霊園。部落と一般地区の間の川沿いに上流へと進んだところにある。西部霊園という名前なのは、有市と下有市の辺りを西部地区と総称するからということだそうだ。

ここは間違いなく同和対策で作られた土地だが、一般地区の墓も少し混じっていると聞き及んでいる。

笠置町は部落は浄土真宗、一般地区は真言宗なので、宗派で見分けがつくはずなのだが、見たところ圧倒的に浄土真宗である。

一般地区の墓もあるというのは後で聞いたことなので、探訪したときは注意して見なかった。ただ、この写真を見ると五輪塔がいくつか見える。五輪塔は浄土真宗の墓ではまず見ることはないが、真言宗ではごく普通のことだ。五輪塔のある墓が一般地区の墓ということになるのだろう。

それにしても、この墓地は今まで見た墓の中では格段に立派である。東屋と、公衆トイレまである。

ちなみに、興味深い話として有市でも部落と一般地区で埋葬の習慣が違うようである。部落は火葬、一般地区はかつては土葬で、しかも両墓制だったとのことだ。つまり、この墓地にある一般地区の墓は遺骨が入っていない可能性がある。

墓地を降りると、今度は別の場所に向かった。

部落の中は急斜面の道がある。実は昔はこの道が笠置山・奈良方面に向かう主要道路だったという。昔は笠置トンネルの七曲りの旧道さえなかったのである。

この道路は今なお改良工事中だった。ちなみに、施工者の山本組は解放同盟支部長が経営する会社である。

改めて見ると、大変な急斜面に部落があることが分かる。昔の主要道路沿いなので、例えば斃牛馬の処理の役目があったのかと思ったが、どうもそうではないようだ。

部落の起源はよく分かっていない。おそらくは、街道を通って流れ着いた困窮者が、条件はよくないがかろうじて住めるこの場所に住むようになったのではないかと推定されるがどうだろう。

写真がブレてしまった。茶店らしいものがあったが、残念ながら閉まっていた。

斜面を登ると峠に差し掛かる。

峠には祠のようなものがある。通りがかりの住民に聞いてみると、これは下有市(一般地区)が祀っているものでよく知らないということだった。興味深いことだが、この峠の付近だけは一般地区の所有のようだ。

ついでに、住民から廃墟ホテルに行くつもりだった人が好みそうな心霊スポットが近くにあると教えてもらった。

確かに、この塔は浄土真宗ではなく真言宗に関係がありそうだ。

これは笠置山の参道にあった灯籠を再現したものだという。昔はこの道を通って笠置山に向かったのだ。

峠の側道の上に、心霊スポットみたいなものがあるというので行ってみる。端的に言えば火葬場があるという。確かにこの階段、リヤカー型の霊柩車を引くには丁度いい作りになっている。

そして、これがその火葬場である。こんなにも、そのままの形で見られる火葬場は珍しい。

この火葬場はもう使われていないと聞いたが、その割には比較的新しい灯油入りポリタンクがある。

裏側にある灯油バーナー。

実のところ、この火葬場は現役である。ただ、最近は奈良や大阪方面の会場で葬式を出す人が多く、火葬もそちらで済ませてしまうことから、この火葬場がほとんど使われていないのは事実のようである。

さらに調べてみると、解放同盟支部長が理事となっている相楽町づくり推進協議会というNPOが町から管理を委託されており、毎年2万7000円が支払われている。時々清掃されているので、荒れた様子がないわけである。

そして、火葬場の隣にあるこの土地。最初は、これが西部霊園に移転した墓地の跡地かと思ったがそうではないようだ。部落の墓地もともと麓の狭い土地にあり、そこにも火葬場があったのが、昭和50年頃に同和対策で移転したということなのである。

植え込みや石の土台のようなものがある。峠の辺りは一般地区の土地ということなので、もしかすると両墓制の埋め墓かと思ったら、それはまた別の場所なのだそうだ。結局この土地については謎のままである。

戻りは別の道を通ってみた。

道路が舗装されていなかった時代は行き来するのも大変だったと思うが、今となっては趣のある風景となっている。

ところで、住民に解放同盟の支部はどこか聞いてみると、笠置会館だという答えが返ってきた。しかし、笠置会館で聞いてみると、そのことは否定した。

事情を調べてみると、 最近まで笠置会館で解放同盟の支部の事務が堂々と行われていたのは事実なのだが、町の施設でその状態はまずいということで、公私混同が疑われないようにいろいろと措置をしている最中なのだそうだ。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(254) 京都府 相楽郡 笠置町 有市(後編)」への38件のフィードバック

  1. 土淵正雄

    京都府舞鶴市八反田南町は特殊部落でしょうか?青木という苗字は部落の人に多い名前でしょうか?わかるようでしたら教えて下さい。

    返信
    1. 匿名

      ここは30年ほど前に開発された新興住宅地で、それまでは農地等でした。部落ではありません。
      舞鶴市の部落に青木姓はありません。

      返信
  2. 明日天気になあれ

    私の地域にも五輪の塔はありますよ。もちろん浄土真宗です。
    さて
    三品さん、岐阜県の養老を是非再訪ください。今度は事前に勉強してから来てください。結構、差別的な投稿もあるようですが、、
    取り敢えず、知識を持って再訪ください。新しい発見があると思いますよ。
    私の投稿を以前のように削除しないでください。臭い物に蓋は鳥取ループも望むところでは無いでしょう。
    勉強になるから再訪ください。

    返信
  3. 火葬場の隣の土地ですが、2本並んで見えるものが石であれば、棺置きでしょう。ここに運んで来た棺を置いて、会葬者が集まり、最後の読経などをする広場ではないですか。

    私の親が名張の一の井の育ちで、墓場には全く同じ形の棺置きがあります。一の井も笠置と同じで、一般が真言宗、部落が浄土真宗です。親は部落のことを「流れ者」と言っていましたので、この記事の推測と同じですね。

    子供同士では一般も部落も関係なしに遊んでいたが、家同士の付き合いは無かったこと、部落の結婚行列が豪華で子供たちが見に行ったことなど話してくれたことを覚えています。

    笠置と伊賀は地理的にも文化的にも極めて近いですが、伊賀は両墓制ではありません。笠置の南の大和高原にも両墓制だった村があります。

    返信
    1. 両墓制

      >>伊賀は両墓制ではありません。
      辻井浩太郎 「伊賀盆地における墓地の地理的考察」1930年より
      「本盆地墓地の特相は大部分、一聚落に墓地がニヵ所あることである。
      一つは屍体を埋葬する墓地で、他の一つは、霊を祭る墓石のある処である。」

      返信
  4. ではの守

    なんかグダグダ書いてるお方
    言いたいことは簡潔にまとめなきゃ
    一度で言いたいことをね
    だから君はダメなんです
    と、職場でもよく言われてませんか?

    返信
    1. 匿名

      簡単です。
      言わんとしてることは、同和問題はナーバスな問題でもあり、公表するなら正しい情報、知識、良識ある見解を持たないといけないと言うことでしょう。
      無知、憶測による間違った公表や私的見解が、人権啓発どころか差別を助長する恐れがあるからです。

      聞きての誤解は言いての責任もあるのです。

      蛇足、、、解放同盟等の不条理を指摘するのは良いですが、同じ穴のムジナにならないように。

      返信
      1. 明日天気になあれ

        >聞きての誤解は言いての責任もあるのです。

        その通りです。
        情報は人から人へ伝達される事にねじ曲げられていきます。
        だから、情報発信者の資質が問われると思います。
        言わんや、学術研究であれば尚更、確かな知識と良識ある見解等々が必要です。

        三品さん、確かな知識を持って当地に再度お越しください。
        一日や二日では、なんら研究の成果は望めませんので少なくとも一週間は滞在し研究してください。

        返信
  5. 火葬と土葬

    >>部落と一般地区で埋葬の習慣が違うようである。部落は火葬

    間違いではありませんが、「部落」がと言うよりも「浄土真宗」がですね。
    日本で土葬が中心だった時代から、浄土真宗では火葬でした。
    その為、真宗が隆盛を誇った北越方面では、昔から火葬率が
    非常に高かった。新潟ではその名残で、昭和40年代くらいまで
    野焼きの風習があった様です。

    返信
    1. 啓発センター 投稿作成者

      解説ありがとうございます。宗派の違いが他の習慣の違いとして反映される例で興味深いですね。

      返信
  6. 匿名

    鳥取ループは商売にか決まってるよ。やってる事に整合性を求めるのが無理。同和関係者や興味本位の奴が見たりしてるだけ。
    差別を無くす考えなんか何も無い。
    商売、商売、
    まともに話しても無駄、期待しても無駄、何も返ってこない。
    利益にならん事は無視の体質。
    黙って観てればわかるはず

    返信
  7. なるほど、伊賀も両墓制だったんですね。勉強になりました。奈良市の石材屋によれば、平成になる頃までは両墓制の村もチラホラあったが、その後は急速に減って行ったとのこと。両墓制を残している村は数少なくなったのでしょう。

    返信
    1. 匿名

      私の事?
      私は、他地区の被差別部落民出身です。
      同胞として諸事情はある程度わかります。人間いろんな物を背負って生きています。そこに被差別部落民と言うとてつもなく大きな物を背負って生きています。
      他地区の事がわかる自分が悲しいです。直接差別された事は数回しかありませんが深い傷です。私を被差別部落民と知らない場での部落差別の発言は多くあります。そう言った場で黙っている自分も悲しいです。結婚差別はあります。
      就職差別は最近聞きません。企業も就職差別をしてるようでは生き残れ無いからでしょう。
      しかし、個人、個人に落とし込むと差別発言が平気で出ます。ここだけだの話だがね、、とか。
      公開には反対です。
      我が身に置き換えればわかりますます。将来を見越して公開も、良いでしょうが今生きている同胞が犠牲になります。公開は時期尚早でしょう。
      しかし、
      公開された以上は是々非々で確かな情報発信が必要かと。

      返信
      1. 匿名

        続けます。
        公開は極端に言えば、特攻隊みたいなものです。
        「お国の為、素晴らしい未来の為、に死んでこい」

        時期尚早です。
        示現舎が善良な今生きている部落民に寄り添う事を願ってやみません。

        返信
  8. 匿名

    ここまで全部宮部の印象操作のための自演

    この一文入れてないと
    ただの粘着ですよ
    ここの方々

    返信
  9. 匿名

    解同のクズどもは
    煮るなり焼くなり好きにして貰えばいい
    普通の住宅地化しているところを
    わざわざ晒し上げるのは
    解同同様のクズに成り下がることだと
    気づいて貰いたい

    返信
    1. 匿名

      追記
      組織の年齢構成的な問題もあろうが
      解同はネットに弱い
      ネット工作が出来ないから
      相変わらず人海戦術や裁判頼み

      あんたらネットメディアなら
      解同「だけ」を吊すことはできるはず
      なのに
      こういう地域煽りでビューを稼ぐのは
      ゲスな他メディアと変わらんよ

      返信
  10. 非常識

    自現舎さん非常識ですよ。
    人の嫌がっている事をしてはいけません。
    貴方達のご両親が、息子が見ず知らずの人が嫌がる事をしてると知ったら、嘆き悲しみ止めるでしょう。
    あなたの子供がしったら「パパやめてよ」と言うでしょう。貴方達のやり方が拡散したらあなたの子の責任でも無いのに学校でイジメに会うかもしれません。

    誰かが言ってらっしゃるように、あなたたちの親族を調べ、親族にあなた達の暴走を止めていただくのもよろしいでしょう。

    とにかく、迷惑です。被害を被ります、辞めてください。

    返信
  11. 匿名

    質問なのですが

    結婚前に相手がそういう所の出身だと知った場合選択の自由は無いのでしょうか?

    返信
    1. 啓発センター 投稿作成者

      おそらく何を言いたいかと言えば、別の理由で別れを切り出したら、部落差別にこじつけられて脅されないかということですね。
      そういう所というのが、どういう所かによりますね。確かに、地域ぐるみで異常で異様な洗脳教育が行われているところではその確率は高いかも知れません。
      ただ、結婚するような年齢になればほとんどの人は洗脳が解けますので、そのようなことはレアケースだと申し上げておきます。

      返信

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