学術・研究:部落探訪(245) 大阪府 吹田市 高浜町

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

吹田市には戦前に「新町」という63戸の部落があったようだ。しかし、この部落は戦後の同和対策関係の文献には見当たらない。

しかし、 吹田市に「新町」という地名の場所が存在したことは確かなようである。それがアイキャッチ画像の地図だ。実際に、現地を訪れてみた。

この高浜神社から探訪を開始する。

何か境内に部落が存在した手がかりのようなものがないか調べたが、なかった。

この神社のある場所は、かつても六地蔵町であり、六地蔵という名前は現在の自治会名として存在している。

昔の地図ではこの駐車場に「吹田松竹」があったようだが、今は跡形もない。

新しい家、商店が多く、まさかここに部落があったとは想像出来ない風景だ。道路の舗装も凝っている。

そして、旧新町内にあった物件で現在も残っているもので顕著なものは、この私立朝日幼稚園だ。これがよい目印になる。

幼稚園の南側がかつての新町。新しい家の間のやや古い家の表札を見ると、昔の地図と一致しているものがいくつかある。

昔の地図ではここに家具屋があったはずだが、アパートと倉庫になっている。この建物自体古いことから、かなり昔に家具屋はなくなった事が分かる。

このあたりに「正善寺」という寺があったはずだが、見当たらない。

代わりにお地蔵さんがあった。

近くの住民に聞いてみると、確かに1960年頃までここは新町と呼ばれていたそうだ。そして読み方は「しんちょう」である。

― 戸数は63戸くらいでしたか?
「まあ、そんなもんだ」
― 差別されていたということはありましたか?
「それはあり得るかもね。貧乏だったからよく学校でいじめられた」

状況証拠からすれば、99%ここが忘れ去られた新町部落であろう。未指定地区どころか、もはや完全消滅したと言える部落の事例は重要である。しかし、完全に住民が散り散りになったわけでもない。ここが新町であるという証言が得られる最後の時にここに来れた幸運に感謝したい。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(245) 大阪府 吹田市 高浜町」への5件のフィードバック

  1. 和泉守

    私が大学生だった90年代半ば、福岡県からでてきた友人が元六地蔵町に住んでいて、ここだけ何故か異常に家賃が安かったと言っていました
    その当時に差別があったのか?そんなこともないだろうのいい雰囲気で、商店街も充実していて住みやすかったそうです 私も当時泊まりに行ってそう思いました
    今も商店街も充実していますし、交通の便がよく住みやすい素敵な街だと思います

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      貴重なお話ありがとうございます。当時はまだ部落であることを知っていた人が多かったのかも知れません。

      返信
  2. 和泉守

    そうですね、あれからもう30年近く経ちますから…そうなんでしょうね
    阪急線の各駅停車しか止まらない隣の駅の物件よりも安くて、JRも近い吹田駅近くだし本当にいいところだと言っていました
    これからも大阪を色々と探訪してくださいね 泉州地区にも是非!

    返信
  3. 社会運動等標ぼうゴロ

    吹田じゃなくて豊中

    大阪市納骨堂条例 
        S24.4.1 30号

    「大阪市立服部納骨堂」が豊中市
      広田町に存在するのは何故です
      か
     焼骨、遺髪その他これに準ずるも
     の、って何ですか
     骨壷に入れば何でもあり?

    返信

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