「対立する日韓関係」「冷え込んだ日韓関係」。おおかた韓国問題になるとこの通り、月並みな導入で始めざるを得ないが、対して日本最大のコリアンタウン・新宿区大久保の商店街は連日、「人・モノ・グルメ」で溢れ盛況。そんな大久保で朝鮮文化の情報発信を続けるのが高麗博物館だ。同館は定期的に様々な展示を行っており、今回は今年7月10日から12月1日まで開催された「発見! 韓国ドラマ・映画の中の『日本』-渡来・交流そして軋轢ー」を見学してみた。同館スタッフが日本も関係する韓国ドラマ27作品を選んで展示。韓国ドラマにはほとんど造詣がないが、逆に新しい発見ができた。
『冬のソナタ』に始まった第一次韓流ブームからおよそ20年。冬ソナは2003年にNHKが放送したところ瞬く間に人気作品になり「ヨン様ブーム」をもたらした。ただ皮肉にも2002年サッカーW杯日韓共催大会などもきっかけとなり「嫌韓ムード」も高まり、冬ソナ・韓国ドラマにもアンチが発生していく。サッカーもドラマも本来は友好と交流の深化という目標があったにも関わらず逆に火種になったのは皮肉だ。
韓国ドラマに対して嫌悪感が高まったのは一つにマスコミによる「ゴリ押し」という言説があった。また扱う内容が朝鮮出兵あるいは日本統治時代を扱ったいわゆる「反日」的だったこともあるだろう。今回の展覧会で展示された作品も何らかの形で日本批判が込められている。嫌韓派にとってはやはり「反日ドラマ」と考えるかもしれない。
展示された作品は宮廷医師の活躍を描いた『ホジュン』、新羅、百済、高句麗が争った時代を描く『大王の夢』など。日本のBSなどで放送された作品も少なくない。また韓国ドラマだけでなく北朝鮮の『安重根 伊藤博文を撃つ』も展示。同作は今でもカルト的に楽しまれている。
作品全体の傾向としてはもちろん日本=悪という構図。伊藤博文、三浦梧楼(閔妃暗殺事件)、加藤清正、このあたりは韓ドラにおける「三悪」といった存在だろう。基本的にはどの作品も時代の差があれども日本に対する抵抗というエッセンスが散りばめられている。そんな中で目を引いたのが『白丁の娘』(SBS)だ。
韓国の被差別問題・白丁
韓国は学歴社会だ。それゆえ学歴差別が尋常ではない。あるいは地域差別というものが存在する。「全羅道出身者はヤクザもの」という具合に 全羅道に対する差別意識は根強いようだ。そしてそれよりもさらに古典的、伝統的な差別問題が「白丁」である。高麗博物館で「韓流ことば辞典」という資料が配布されており、そこに用語解説があったので引用してみる。
奴婢と同じく賤民階級に属するが、「奴婢にも及ばない者」と言われる存在で、最も低い差別的身分に置かれていた。仕事は牛や豚などの屠殺や動物の皮を加工、肉類販売の職業に従事。動物の死体を扱うため、賤しい職業であるとされ、激しい蔑視にさらされた。1894年甲午(こうご)改革で身分制度はなくなったが、差別意識や慣習はなくならず1923年に衡平社を結成し解放運動を開始した。
また衡平社についても解説がある。
伝統的被差別民である白丁への差別撤廃を目的として設立された社会運動。1923年、日帝支配下にあった朝鮮の慶尚南道晋州で、人権確立と衡で測ったような性格な人間平等を訴えて設立されたが、朝鮮総督府によって弾圧された。
「こうへいしゃ」という名前の通り、日本の全国水平社とも協力し、差別糾弾闘争を展開したが1935年に非合法活動ということで活動停止。その後、日本で言えば融和団体にあたる「大同社」として活動をするが1940年に解散した。日本統治時代ですでに白丁版解放運動は終焉を迎えている。もっとも韓国内の解放運動は終わっても、現在は国全体が「 衡平社 」化して日本に迫っている気もするが…。
さてそんな韓国版部落問題の白丁だが、現在でも「白丁差別」は存在するという。古くは北朝鮮が朴正煕元大統領を「人間白丁」と罵った。「人間白丁」は韓国で誹謗中傷の言葉で使用されることがある。いわば「人でなし」というニュアンスだろう。殺人犯、また歴史上の人物に対しても使われているようだ。日本で言えば「エタ人間」「非人のくせに」といったところ。例えばゲームの登場人物に「人間白丁」と名付けた例もあるそうだが、日本では到底、考えられない話だ。もしそんなことが起きたらゲームの回収だけでは済まない。下手をすれば会社の経営が傾きかねない。
本作『白丁の娘』は韓国の差別制度をテーマにしている。制作は韓国SBS。同局は韓国でも勢いをつけている創価学会を取り上げるなどインパクトのある番組制作に定評がある。このストーリーは朴という実在した白丁一家がモデル。あらすじは白丁の娘に生まれた主人公・オンニョンが母の病気をきっかけに梨花学堂(現・梨花女子大学)に入学。最初は白丁に生まれたことや父親を恨む。しかし困難を乗り越え卒業式には総代として送辞を任されるまでに成長した。その時に自ら「白丁の娘」であることを堂々とカミングアウト。ラストは父とともに大団円を迎えた。
日本の『破戒』(島崎藤村)の場合、最後主人公・丑松は海外に渡る。このため旧水平社グループからは「丑松根性」(部落差別から逃げ出した)として批判されることもある。しかし白丁の娘の場合はカミングアウトしてもハッピーエンドに終わった。差別を乗り越えた逞しい女性として描かれた。白丁自体は朝鮮民族の問題だがここに「日本警察」を加え、同時に日本批判にもつなげたことが特徴的だ。
なおヒロインのオンニョンのモデルはパク・ヤンムという実在の女性。京城女子基督青年会の創設に尽力した人物だ。またその兄パク・ソヤンは朝鮮初の外科医でメディカル時代劇『済衆院』のモデルにもなっている。日本の解放運動を研究する意味でも『白丁の娘』 と『済衆院』は良い資料になるかもしれない。