大阪のドヤ街「西成地区」。大阪府外の人でも一度はこの名を聞いたことがあるだろう。暴動、暴力団、警察の不祥事、貧困問題、1960年代からここでは様々なトラブルが起きた。昭和、平成の西成は壮絶の一語だ。しかし国内外の観光客が訪れるようになりここ数年で西成は変貌している。そして西成に今、「中華街構想」が持ち上がっているのはご存じだろうか?
西成地区とは大阪市西成区北部の大阪環状線、南海本線、旧南海天王寺支線に囲まれた地域のことだ。通常はあいりん地区、または釜ヶ崎ともいう。 正確にいうとあいりんは行政やメディア側の呼称で、労働者や運動家たちは旧地名の「釜ヶ崎」「かま」などの呼び名を使う。 弊誌は行政でも運動体でもないのであいりん/釜ヶ崎でもなく以降は「西成地区」で統一させて頂くとする。
西成地区を象徴するのは日雇い労働者やホームレスらが集まる複合施設「あいりん総合センター」だ。ところが3月31日、同センターは建て替えのため閉鎖になった。これに対して労働者たちが抗議の声を挙げたが無理からぬことだろう。というのもセンターは単に職探しの場ではなく交流の場でもあった。少なくともここにたむろすれば話し相手や顔見知りはいた。最後の心の拠り所だったのだ。
なにしろこの西成地区には約2万人の日雇い労働者、生活困窮者が滞在している。「そのうち約8千人が生活保護受給者」(地元関係者)という状態だ。高度成長期、都市開発で集められた労働者たちはやがて職を失いこの地に生活拠点を求めるようになった。さらに各地の労働者や生活困窮者が流入しスラム街を形成していった。こうした状況に拍車をかけた「大阪モデル」という現象も見逃せない。
「他自治体に生活困窮者が相談にくると“大阪市に行くと生活保護申請が通りやすい ”と交通費を渡され追い返される。こうした大阪モデルが常態化していた」(大阪市職員)
労働問題や貧困問題だけでなくこんな行政の思惑も密接に絡んでいた。それから西成を語る上で指摘しておきたいのは「メディア」と「活動家」という存在だ。えてしてメディアとは「貧困礼賛」「アウトロー賛美」をするもの。 とりあえず西成問題を扱っておけば「ジャーナリスティック」に聞こえるから面白い。あるいはコリアンタウンの鶴橋(生野区)も同様の扱われ方がなされる。
活動家にとっても西成というのは格好の場所である。2007年頃の話。西成のデモで一部の活動家が労働者にビールを配って扇動しているという情報を得た。そこで現地で噂の活動家に確認してみると
「ビールやないわ。ワンカップ(日本酒)や。寒いから体を温めたんやろ」
むしろワンカップの方がたちが悪いような気もしたが…。こんなドタバタ劇も西成らしい。確かに住民たちは過酷な生活状況かもしれないが、言いようもない妙なエネルギーも感じさせる。なんでも飲み込む求心力がここにある。だからここ数年、インバウンドで増加した若い外国人観光客、バックパッカーが集まってくる。本来、西成周辺での写真撮影は「控える」という不文律のようなものがあったが、しかし外国人観光客やSNSユーザーたちにはお構いなし。「ドヤの街からヤドの街」という甘いものではなく、西成はサブカルチャー・エスニック風の要素を帯びた街に変質しつつある。
おっちゃんたちと中国人女性
今回は西成地区の中国問題、そして大阪府知事・市長選の取材でこの地に訪れていた。市長選の柳本顕候補の地元だ。夕方、演説会があるというので西成を散策していた。そんな時に偶然、釜ヶ崎地域合同労働組合委員長の稲垣浩氏の街頭演説に出くわした。この人物は西成の有名人といってもいい。稲垣氏は西成のホームレス支援、労働問題に関わってきた活動家だ。または労働者を扇動している、という批判もある。大阪市議選にはたびたび立候補するが当選したことはない。いわゆる「泡沫候補」である。
西成警察署の前、手書きで「いながきひろし」とだけ書かれた街宣車に乗り付け街頭演説をしている。 あいりん総合センター の閉鎖や警察の職務質問などを批判している。その目の前、西成署のゲート前にホームレスとおぼしき男性が寝そべり何やら叫んでいる。署員が排除しようとするがなにしろ目前に活動家がいるからあまり手荒なこともできない。
そうこうしているとどんどん人が集まってくる。千鳥足で稲垣のマイクを奪おうとする者、代わって演説を始める者あり。その目の前を廃品を積んだ自転車が走っていく。
「やめろーどうせ落ちるやろ」
こんなことを叫んでは街宣車の前をウロウロしている。やはりこんな街頭演説を聴くのも酒だ。飲んでは絡んでくる。「どこか支持政党でもあるのですか?」こんな話も振ってみる。
「糖尿や」
党と糖がかかっていない。おそらく西成以外でこういう風景をお目にかかることはないだろう。顔の半分が入れ墨の男、缶チューハイを片手に地べたに座りなにやら奇声を発する者、突然誰かに怒り出す者、てんわやんわの状況だが「おっちゃん」たちにとってみればこれもまた居場所なのだろう。
荒くれる労働者、酒用自販機の前のゴミや割れたガラス、時代は令和を迎えるのにこの西成は昭和の光景を留めている。そして稲垣は演説の中でこんな話をした。
「飲み屋の姉ちゃんともたまには政治の話をするのもいいでしょう。飲み屋の姉ちゃんと言っても最近は中国人の店も多いから。いや中国が悪いと言っているわけじゃないですよ。中国居酒屋いいじゃないですか」
街頭演説をしているすぐ近くにも中国系のカラオケ居酒屋がある。なぜそれが中国系とすぐに分かるのかといえばこの周辺でカラオケ居酒屋というのはもはや中国人ママ、ホステスの経営というのが普通だからだ。稲垣の話に出るように西成では中国人カラオケ居酒屋が浸透している。悲しいことに一曲100円を売にしたカラオケ居酒屋がおっちゃんたちの憩いの場になっているのだ。この点については過去記事を参考にして頂きたい。西成には中国資本が入ってきており、居酒屋どころか西成地区の商店街を「中華街」にする構想が進められているのだ。しかも話は大阪の中国領事館、有力府議なども構想に関わっている。その内幕に迫ってみると…。
(続く)
写真を見る限りですが、いながき氏は随分と老いましたね。