アイヌ利権とは何か 最終回

By 鳥取ループ

アイヌ利権とは何か 第一回
アイヌ利権とは何か 第二回

IMADRに「被差別集団」が結束

1997年に人権フォーラム21が設立され、当時の笹村ささむら二朗じろうウタリ協会理事長が副代表となった。人権フォーラム21とは、反差別国際運動(IMADRイマダ)日本委員会委員長である武者小路むしゃこうじ公秀きんひで氏が設立した団体である。IMADRとは、解放同盟が1988年に設立した国際NGOである

なぜ、アイヌ協会が解放同盟との関係を深めたのか? これは、1969年の秋田議員の話からもうかがえるように、アイヌの側から同和に寄ってきたのではなく、同和の側がアイヌに寄ってきたと見るべきだ。

特に顕著になったのは、1974年で、この年、部落解放同盟大阪府連合会に「政治共闘局」が作られ、様々な団体との共闘が試みられた。その課程で「被差別統一戦線」なるものが提唱された。これは、解放同盟が彼らの基準で「被差別者」とされる集団が結集し、「被差別共闘」を行おうというものである。

そのターゲットとなったのは、在日朝鮮人、障害者、沖縄県民、アイヌ、女性、原爆被爆者である。

月刊部落解放(1974年12月)で、後に部落解放同盟中央本部書記長となる小森龍邦たつくに氏が、アイヌとの共闘について報告している。小森氏が訪問したのは平取びらとり町で、そこで当時ウタリ協会副理事長だった貝澤かいざわただし氏と面談した。報告にはこうある。

「ウタリ協会の「ウタリ」という言葉は、どんな意味かと私が尋ねた。アイヌ語で、仲間、同志、親戚という意味をもっていると説明を加えながら、アイヌ協会といってもよいのだが、刺激が強いというので、少し柔く表現しているのだと答えた。そこには、アイヌ出身をかくして一日もはやく、大和民族に和合し、倭人わじん化しようとするアイヌ人の今日の姿がある。大部分のアイヌ人が「寝た子を起こすな」意識に侵されている」

「寝た子を起こすな」という言葉は、同和問題に関わるキーワードの1つだ。解放同盟は「そっとしておけば差別はなくなる」という態度をこの言葉を用いて徹底的に批判し、自ら被差別部落であることを明らかにすることを要求した。これが「寝た子を起こせ」ということである。同和対策の優遇措置を受けるためには、当然、どこが被差別部落であるかを特定しなければいけないのだから、重要なことだった。

さらに、小森氏はアイヌ子弟への奨学金のあり方にも疑問を呈している。当時、アイヌの高校生に進学奨励金が支給されていたが、これは親と行政のみが知っており、本人と学校には秘密にするという方法を取っていた。一方、同和対策の奨学金は大っぴらに行われており、「解放奨学金」と呼ばれ受給者による大会まで行われていた。

そんな小森氏が1つだけウタリ協会を評価していたのは、誰がアイヌかという認定をウタリ協会が行っていたことである。これは解放同盟が言うところの「窓口一本化」の実現であり、「部落民」の認定を解放同盟だけが行う体制を目指していた解放同盟にとっては理想的な状態であった。

さて、その後、解放同盟広島県連がアイヌ青年を研究集会に招待するという形で、解放同盟とウタリ協会の交流が続けられた。

そうして広島に招待されたアイヌの中でも、最も強く感化されたと思われるのが、後にウタリ協会理事となる成田なりた得平とくへい(1990年に秋辺あきべに改姓)氏である。成田氏は1974年7月27日に解放同盟に招かれて「アイヌ解放と被差別人民との連帯」と題して、広島県立体育館で講演を行った。そこで、「今後、部落解放運動がほんとうに人間解放に向っていく時、我々は大いに道庁することにやぶさかではございません。いつでも手を取り合って連帯していくことを大いに希望いたします」と語っている。

それから10年以上後のことであるが、ウタリ協会は「寝た子を起こす」試みを実践し始める。1988年の定期総会で、「北海道アイヌ協会」と名称を変更することが提案されたのである。そこで、会員へのアンケートが実施されたのだが、これが惨憺さんたんたる結果であった。

500世帯にアンケート葉書を送付したところ、回答率がわずか18%であり、しかもアイヌ協会と名称変更すべきと答えたのは9世帯だけであった。結局、この問題についてほとんどの会員は無関心、関心があったとしても現状維持が圧倒的多数だったのである。当然、名称変更は断念された。

その後、何度が名称変更が提案されたのだが、その度に否決されるという有様だった。

この名称変更は非常に根の深い問題だった。戦後まもない1946年に「アイヌ協会」という名前でアイヌの団体が結成されているのだが、最初のアイヌ協会はやがて立ち消えになっていまった。そして、1960年に再建されたが、その時に名称を「ウタリ協会」とした。

これは貝澤正氏の話にもあった通り、多くのアイヌが、アイヌ語で人(特に男)を意味する「アイヌ」という言葉に強い抵抗を持っていたためである。それは最も直接的にアイヌを指す言葉であり、それゆえに侮蔑ぶべつ的な意味で使われることもあったし、何よりもアイヌがアイヌであるということに誇りを持っていなかった。

そこで、同胞を意味する「ウタリ」という言葉を使うことになった。これは当時徹底されていたようで、1965年には学校においてもアイヌという言葉を避けてウタリを使うように、協会が要請していたという。

結局名称変更が実現したのは、2008年6月6日に国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択された翌年の2009年4月1日のことである。

さて、話が前後してしまうが、ご承知のとおり1997年5月14日にアイヌ文化振興法が制定され、旧土人保護法は廃止された。しかし、実際に制定されたアイヌ文化振興法には、ウタリ協会が求めたものとは大きな差があった。

1984年にウタリ協会がアイヌ新法案を決議したのだが、それが大きく分けて6つのことを要求していた。1に差別の撤廃、2にアイヌ民族議席の確保、3にアイヌの教育・文化の振興、4に農地の確保・漁業権の付与など産業振興と労働対策、5に民族自立化基金の創設、6に審議機関の設立である。このうち、アイヌ文化振興法に明示的に盛り込まれたのは3,6の要求である。

1は自明のことであり、なおかつ旧土人保護法の廃止により名実ともに行政上の施策からは差別は撤廃された。しかし、2は後述する憲法上の問題があり、4,6も現実的ではなかった。

結局、同和対策のように、法律上の根拠を作って産業振興のために国から莫大な予算を得る試みは実現できなかったと言える。

はっきり言ってしまえば、大多数のアイヌは現在のアイヌ文化振興法に書かれていることに関心はないだろう。そういった意味では、1974年にウタリ福祉対策が始まって以降、多くのアイヌが新たに得た「利権」はなく、利権は年々縮小するのみである。一方、ウタリ協会からアイヌ協会への名称変更などアイヌ文化振興法制定後の動きは、多くのアイヌがほとんど関心を持たない中で、トップダウンで行われたもので、関心のある一部のアイヌだけが利権を得たと言える。

アイヌ利権は全国に広がるか?

2008年のアイヌ先住民族決議以降、国では「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が開かれ、2009年7月29日に同懇談会から報告書が発表された。しかし、個人給付的な事業について、新たな事業が具体的に提案されることはなかった。

その後、「アイヌ政策推進会議」が開かれ、2012年6月1日に「「北海道外アイヌの生活実態調査」を踏まえた全国的見地からの施策の展開について」と題する報告書が発表されている。そこで提言されているのは、前出のアイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度を北海道外のアイヌにも適用することを検討するというものだ。

その結果、2014年から日本学生支援機構(JASSOジャッソ)の無利子奨学金(第一種奨学金)の支給要件は、大学生の場合高校での成績が3.5以上必要なところ、アイヌの場合は3.0に緩和された。

JASSOによれば、制度開始後、アイヌ協会の推薦を受けて申請した学生はいたが、そのケースでは学力が一般の受給要件を超えていたため、制度の対象とする必要がなかった。そのため、2015年11月6日現在、アイヌ向けの支給条件緩和制度を適用した事例は1件もないという。

アイヌに対する個人給付的な優遇策に共通する一番の問題は、誰がアイヌかということを、どのような基準で誰が認定するのかということだ。

結論を言ってしまえば、「アイヌの血族(養子は一代限りとする)又は当該者(養子を除く)と婚姻により同一の生計を営んでいる者」という基準で、事実上「公益社団法人北海道アイヌ協会」が認定するのである。

このことは、2014年2月26日に「アイヌ政策関係省庁連絡会議申合せ」として公開された「北海道の区域外に居住するアイヌの人々を対象とする施策の対象となる者を認定する業務についての実施方針」に書かれている。

なぜこのような基準になったかというと、例えば前出の運転免許取得費用の補助や進学奨励金のように、従来から北海道で行われている施策では、アイヌ協会がアイヌの認定を行っており、そのアイヌ協会による基準を追認したからであろう(ただし、北海道の施策では市町村長にもアイヌの認定を行う権限がある)。

それにしても、「血族」「養子を除く」といった言葉が入る認定基準には危険な響きがある。憲法14条1項には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあり、アイヌであるかどうかという基準を「血」に求めるのであれば、人種による差別とされるおそれがあるだろう。

この憲法問題についてアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の報告書は「事柄の性質に即応した合理的な理由に基づくものであれば、国民の一部について、異なる取扱いをすることも、憲法上許されると一般に解されており、既述のようにアイヌの人々が先住民族であることから特別の政策を導き出すことが「事柄の性質に即応した合理的な理由」に当たることは多言を要しない」としている。

しかし、アイヌ優遇制度がなかなか拡大しない背景には、前述の憲法問題によるリスクを嫌って官僚が二の足を踏んでいることがあるのではないだろうか。いくら「多言を要しない」と言ってみたところで、アイヌかどうか非常に微妙な判断を迫られるケースが生じた場合や、憲法14条1項の問題が争点となれば、多くの言葉で説明することを試みざるを得ないだろう。

実際、同報告書は「国会等におけるアイヌ民族のための特別議席の付与については、国会議員を全国民の代表とする憲法の規定等に抵触すると考えられる」と、アイヌ議席については違憲であることを認めている。そうであれば、福祉政策についても憲法問題が生じる可能性があると考えるのが自然だ。

例えば、自動車の運転免許の取得は、どう考えてもアイヌの文化や先住民族とは全く関係がない。まさか自動車の運転がアイヌの文化ではないだろう。

高校・大学の進学についてはどうか。そもそも、同報告書は明治以降に行われた日本語を中心とした教育について「同化政策」と批判している。

仮に「「倭人」がアイヌの文化を奪ってきた、その理不尽な扱いに対する贖罪しょくざいなんだ」としても、未来永劫えいごう子々孫々に至るまで続けることには合理性がないように思う。同和対策でさえ、少なくとも政府としては「過去の差別の贖罪」として事業を行ったわけではなく、「現存する低位な状態を解消する」という名目だった。だからこそ、同和対策は時限立法だったのである。

前出のように、過去には「民族存続の問題なので、同和対策のように時限立法にすることは間違いだ」という議論もあったが、末代まで「倭人」の援助で自動車の運転免許を取ったり、「倭人」の学校に通ったりすることがなぜ「民族存続」と関係があるのか、理解することは困難だ。

JASSOの第一種奨学金支給要件には「被爆者の子女」「中国帰国孤児の子女」に対する優遇策もあるが、これらでさえ2代限りであり、いずれ死文化することは確実だ。そういった意味でも、代々継承されるアイヌに対する優遇の特殊性は際立っている。

現状ではほとんどの優遇策は北海道内にとどまっており、ようやく北海道外に広げられた奨学金の優遇も、大した優遇ではない。しかし、優遇策がさらに拡大され、利用者が増えれば、問題が表面化する可能性もそれだけ高くなる。

今年から、北海道外のアイヌに対する就職支援事業が始まっているが、これが何ともお粗末なものである。

2015年3月6日に東京都中央区八重洲やえすにあるアイヌ文化交流センターで、「道外にお住まいのアイヌの方々のための職業訓練相談会」が行われた。対象は「道外にお住まいのアイヌの方で、就職のために職業訓練の受講を検討されている又は関心をお持ちの方」とされる。しかし、それは全く名目だけのことである。

実際に会場に行くと、ぽつぽつと相談に訪れる人がいる状態であるが、実際のところ相談対象はアイヌに限定されていない。もちろん、相談者がアイヌかどうか確認されるわけでもない。その場で渡されるのは、アイヌとは全く関係ない、一般向けの職業訓練施設(ポリテクセンター)のパンフレットである。相談できる内容もアイヌとは全く関係ない、それこそ最寄りのハローワークでもできそうなものだ。

何かしら、アイヌに対する特別の「何か」がないのか? その場にいた相談員に聞いたところ、はっきり言ってそれはないと、きっぱりと言われてしまった。

「北海道で、アイヌの方が住んでいる「アイヌ地区」の住民を対象とした施策はありますが、今のところ北海道以外で特別な施策はありません」

ということなのである。

それでは、ハローワークでも出来るような相談会を、わざわざアイヌ文化交流センターで行うことに何の意味があるのか。その点を相談員に問うと、

「こういった場所でないと相談する機会がないアイヌの方もいらっしゃるので…」

といった具合である。しかし、もちろんアイヌだからハローワークに行けないということもないし、多くの人にとってはアイヌ文化交流センターに出向くことの方が敷居が高いように思える。

思うに、「アイヌ政策」を具現化することが非常に難しいので、とりあえずアイヌ文化交流センターという、アイヌに関わりのある施設で「何か」を行うことで実績を作りお茶を濁した、ということではないだろうか。

しかし、それでも「アイヌ利権」拡大の動きはしばらくは止まらないだろう。

「アイヌ利権」が何が問題なのかというと、たとえ些細な事であっても「アイヌと和人は平等だ」とは言えなくなってしまうことだ。同和行政においては、一応は「平等」という建前があったが、アイヌ施策においては、もはや平等ということは考慮されていないように思う。「アイヌは特別だ」「アイヌは違うんだ」そのような主張が前提となっているように思える。

アイヌ利権とは何か 最終回」への35件のフィードバック

  1. 斉藤ママ

    解同が作った原爆被爆者のための組織は何というのですか?
    医療にも手を広げているようですね。
    あの有名な内海聡医師がやっている分野です。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      被爆団体も作っていたとは初耳です。
      いろいろ手を広げすぎていて訳が分かりません。

      返信
  2. .

    「部落解放同盟長崎県連合会被爆二・三世の会」とか「部落解放同盟広島県連合会被爆二世の会」とかいうのはあるようですね。長崎市も広島市も爆心地に大規模な被差別部落があったためでしょう。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      2世はともかく、3世はちょっと意味わからんですね。
      被爆者って3代世襲するようなもんでしょうか。

      返信
      1. 斉藤ママ

        被爆三世が友人にいますが、聴覚障害があります。
        兄弟、甥、姪は健常なので、被爆が原因かは不明です。
        厚労省が統計を取っていると思います。

        広島も在日が多い所だから、真の部落民が作った団体かどうかわかりませんよ。

        返信
        1. 斉藤ママ

          すいません、友人は被爆二世。(^^;)
          被爆三世の甥姪が健常なので、三世はなんともない、という事ですね!

          返信
          1. 鳥取ループ 投稿作成者

            被爆の影響が遺伝するかどうか追跡調査したけど、全く影響は見られなかったと聞いたことが有ります。3世まで行くと、なおさら影響はないでしょう。

  3. マーク・ウィンチェスター

    いわゆる「同和利権」をめぐる批判の構造が「在日特権」デマの原型だということを見事なまでにアイヌに当てはめることによって見せてくれましたね。ご苦労さまでした。この類の批判のもっともあやしい、かつ差別公正策をもっとも必要としている人たちを置き去りにするロジックも見事に書かれていますね 。あなたたちはつまり、構造的非対称性や社会の中の力関係を無視しなければ、そもそも差別によって引き起こされた隔たりや格差を無視しなければ、とりあえずみんな平等だと宣言しとかないと差別はなくならないという誤算の上にしか政策批判が出来ない。ただの社会的弱者叩きで終始していますよ。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      1990年代にアメリカで黒人に対するアファーマティブ・アクションが行われましたが、
      混血の場合、その時々の都合で白人・黒人を使い分ければ得ではないか?
      兄弟で肌の色が違う場合は同じ兄弟なのに施策の対象になったりならなかったりするのか?
      微妙なケースについて、行政が人種を判断するのは、ナチスのユダヤ人評議会と何が違うのか?
      そういう批判が噴出して、大学入試にからんで裁判になって、結局人種によって差をつけるやり方は憲法違反ということでうまく行かなかったものと記憶してます。

      そもそもアイヌが社会的弱者という見方が、偏見ではあって、差別的ではないかと。
      特別な優遇策が必要な人は、アイヌでも和人でも弱者ですよ。血筋で弱者かどうかが生まれつき決まるわけではありません。

      返信
      1. マーク・ウィンチェスター

        差別によってつくり出された格差、またはその社会的非対称性や社会的範疇(人種、民族など)に基づいたすべてのアピールに形式的な等価性を見い出してはいけません。形式的な等価性を見い出すという行為は、同じアメリカの例で言えば、カラーブラインド(肌の色を区別しない、考慮しない)レイシズムの典型です。

        いったん差別によって人種化された不平等は、その差別を無視したことで公正されるわけがないのです。

        関連することを『アイヌ民族否定論に抗する』でも書きましたので、抜粋します。「そもそも自分の意志とは無関係に、シャモとは異なる歴史によって、「アイヌ」としてありうる出発点とは、むしろ「他者指定制」といった方が事実に近いのだ。そして、金子市議のこの「アイヌは自己申告制」という発言こそ、アイヌのありようを勝手に解釈して決めつける「他者指定制」にほかならない。たとえば、北海道旧土人保護法の対象となるアイヌの区別の問題について、当時の政府は「『家系』や婚姻等における基準を示しはしたものの、最終的な判断としては『誰人モ土人ト認ムヘキモノ』『何人カ見ルモ旧土人ト認ムヘキモノ』という程度の基準を設定した」のだ。つまり、日本においては「アイヌはアイヌである」という「奇妙な決定法」に踏み切ったのは、この国であり、この国が押し付けた現実だ。この植民地政策において押し付けた現実を、金子市議はそれがまるでアイヌが決めたかのように取り扱っている。」p128-9。

        ずさんな基準とその基準に基づいた人々の扱いの歴史は も う 作り上げられてきたのです。取り返しがつきません。「はい、みんな平等です」と言ったことで人は平等になりません。微妙なケースがありますね、と言われても、そりゃ微妙なケースはありますよ。そもそも微妙な、ずさんな扱いをされてきた人々ですから。植民地主義の歴史はそういう曖昧でメッシーなものなのです。積極的差別是正策をとるのはその歴史に対する植民地責任になります。

        社会的弱者とはその意味では偏見に満ちた言葉でもなんでもなく、シャモとアイヌとの間にもうすでに出来てしまった構造的な非対称性、社会の中の力関係を無視していない、真正面から向き合おうとした言葉です。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          「いったん差別によって人種化された不平等は、その差別を無視したことで公正されるわけがないのです」という考えで、30年前に黒人に対してアファーマティブ・アクションをやろうとしたアメリカは失敗しましたよね。日本は90年前に融和事業、50年前に同和対策事業をやったのに未だに問題を解決できていません。アイヌに至っては、100年以上前に旧土人保護法で行っています。

          アイヌへの特別策は、どう考えても100年以上前の旧土人保護法の延長線上にあるものですよ。運転免許証の取得補助なんて、どう考えても同化政策ですよね。
          マーク・ウィンチェスターさんはすごく回りくどい言い方をしますが、要は「明治政府からアイヌに与えられた既得権益だから、無くすな!」ということではないですか?

          返信
          1. マーク・ウィンチェスター

            アファーマティブアクションは失敗したなどという事実はありません。アイヌ政策は旧土人保護法の歴史と対応しなければならないことに私は別に異論はありません。

            構造的な非対称性の更正策が、社会的な責任として、求められていると言っています。それにいまある政策を一括して「利権」と呼ぶのはナンセンスだと言っています。人種差別撤廃施策推進法の制定、より現状に合わせた福祉重視のアイヌ政策が必要でしょう。

          2. 鳥取ループ 投稿作成者

            福祉施策というのは、それを必要とするべき人にするものであって、血筋や民族を基準に行うものではありません。
            ある人が福祉施策を必要としているかどうかは、その人の経済状況、身体能力から客観的に分かることです。
            アイヌに関しては50年も60年も前に議論されたことで、生活保護や住宅改良事業等の一般施策で対応できるという結論が出かかったのに、ズルズルと今も続いているのです。
            旧土人保護法廃止は、本来は特別な福祉施策はやめて、文化振興を重視するという意味だったはずです。

            アファーマティブアクションは間違いなく失敗しました。
            人種を基準に福祉施策を行ったら、貧乏低学歴な家庭に生まれた白人と、金持ち高学歴な親のもとに生まれた黒人がいた場合、前者を見捨てて後者を支援するという状況が起こるわけで、これは明らかに社会正義に反しています。
            そして、人間は白人と黒人にくっきり区分けできるほど単純ではないのです。実際には様々な民族や人種が混在しています。

            日本もアイヌに限らず、様々な集団がいます。
            今でも地方には全国的には知られていないような習俗、言葉が残っていますし、薩長VS会津だけではない、様々な地域対立もあります。
            「シャモとアイヌ」という見方はあまりに物事を単純化した、偏狭な考えだと思いますね。

          3. マーク・ウィンチェスター

            >福祉施策というのは、それを必要とするべき人にするものであって、血筋や民族を基準に行うものではありません。

            血筋や民族に基づいた差別を理由に福祉施策を必要とする確率が高くなっている人がいるということを認めた上で積極的差別是正策が構想されます。

            >ある人が福祉施策を必要としているかどうかは、その人の経済状況、身体能力から客観的に分かることです。

            そうです。一方で、血筋や民族に基づいた差別を理由に貧困層になる確率が高くなる人々がいます。フェアな条件ではありません。

            >生活保護や住宅改良事業等の一般施策で対応できるという結論が出かかった

            旭川の主張でしょうか。特定の主張に「アイヌに関しては〜」というような書き方は避けた方が良いのです。

            >旧土人保護法廃止は、本来は特別な福祉施策はやめて、文化振興を重視するという意味だったはずです。

            いいえ、ご自身も書いていらっしゃるように、福祉対策がつづき、アイヌの人たちの生活向上に関する推進方策も実施。そうだった「はず」にしても、その文化振興策が最終的に誰のために働いているかも問題にされることはあったでしょう。

            >違いなく失敗しました。
            人種を基準に福祉施策を行ったら、貧乏低学歴な家庭に生まれた白人と、金持ち高学歴な親のもとに生まれた黒人がいた場合、前者を見捨てて後者を支援するという状況が起こるわけで、これは明らかに社会正義に反しています。

            これはアファーマティブアクションの失敗例でもなんでもなく、普通に送りうることです。フェアでない構造的な不公正の是正策ですから。むしろ、社会正義そのものです。

            >人間は白人と黒人にくっきり区分けできるほど単純ではないのです。実際には様々な民族や人種が混在しています。

            その通りです。だからといって黒人に対する差別はないとは言えないでしょう。そして、その黒人に対する差別ゆえに、そう見なされる人たちが貧困層に入る確率は高くなっていないとは言えないでしょう。なっていますから。

            >「シャモとアイヌ」という見方はあまりに物事を単純化した、偏狭な考えだと思いますね。

            普通の言い方です。かつ17世紀からあります。

          4. 鳥取ループ 投稿作成者

            弱者を個人単位で特定できるのに、血筋や民族という集団単位で福祉政策を行うことは不合理です。
            「乏低学歴な家庭に生まれた白人と、金持ち高学歴な親のもとに生まれた黒人がいた場合、前者を見捨てて後者を支援するという状況が起こる」
            ということが社会正義というのは、すごく歪んだ考えだと思いますよ。そのアイデアのどこに合理性がありますか?
            そのような事を行って「フェアでない構造的な不公正の是正」が本当に行われると思いますか?

            「血筋や民族に基づいた差別を理由に貧困層になる確率が高くなる人々がいる」のであれば、
            個人単位で福祉政策を行っても、必然的にその血筋や民族の人が福祉の対象になる機会が多くなるのだから、血筋や民族による不公正の是正という目的は達成できます。
            一般対策化は旭川のアイヌだけでなく、行政側も望んだことです。私はそれが正しいと思います。

            マーク・ウィンチェスターさんの考えは、100年以上も前に旧土人保護法でやってきたことを、ずっとアイヌに対して行えということです。非常に古い考えです。

          5. マーク・ウィンチェスター

            >「血筋や民族に基づいた差別を理由に貧困層になる確率が高くなる人々がいる」のであれば、個人単位で福祉政策を行っても、必然的にその血筋や民族の人が福祉の対象になる機会が多くなるのだから、血筋や民族による不公正の是正という目的は達成できます。

            できません。確率が高くなる事実への無視となりますから、被差別マイノリティがその差別のせいで占める貧困層の割合の是正という問題にまったく取り掛からないということになります。そして、「差別は知らんが、貧乏になったら少しは助けてあげる」は貧乏になる確率の高さの無視ですから、アンフェア。そもそもの原因をターゲットにした差別撤廃・禁止策と現状是正でしか取り掛かれません。

            >そのような事を行って「フェアでない構造的な不公正の是正」が本当に行われると思いますか?

            Yes.

            >マーク・ウィンチェスターさんの考えは、100年以上も前に旧土人保護法でやってきたことを、ずっとアイヌに対して行えということです。非常に古い考えです。

            No.
            旧土人保護法は運営上では地域こどにかなり異なりますし、放任主義的な政策で、山田伸一氏や麓慎一氏の研究をお読みになったら、法律制定のもっとも重要とされた理由の一つはアイヌの属する土地をきちんと特定すること(そして、その分、無謀にシャモに奪われないようにする)という土地問題だということがわかります。失敗例が多数ありますね。

          6. 鳥取ループ 投稿作成者

            原因をターゲットにした差別撤廃・禁止策は、福祉施策とは全く別のものですよ。同和対策では教育・啓発事業としてやったことです。
            例えば「アイヌだから運転免許の取得に補助を出す」というようなことは、差別の撤廃とは全然関係のないことですよ。

            アファーマティブアクションがアメリカで失敗して1997年に撤廃されたこと、日本でも2002年に同和対策事業が終了になったことをどう思いますか?

          7. マーク・ウィンチェスター

            >原因をターゲットにした差別撤廃・禁止策は、福祉施策とは全く別のものですよ。同和対策では教育・啓発事業としてやったことです。

            原因と現状とはっきり書いていますが。

            >アファーマティブアクションがアメリカで失敗して1997年に撤廃されたこと

            カリフォルニア州住民提案209のことでしょうか?アファーマティブアクションは撤廃されていませんよ。

          8. 鳥取ループ 投稿作成者

            いえいえ、アメリカの黒人に対するアファーマティブアクションは、あの時点で事実上撤廃ですよ。
            あの状態で、もう同じことはできないでしょう。そうでないと主張するなら見解の相違です。
            同和事業が2002年に終わったことはどう思いますか?

          9. 鳥取ループ 投稿作成者

            全然関係ないですがマークさん、各地の解放同盟と人権連に行って、彼らの持っている部落資料をコピーさせてもらうと面白いのではないでしょうか。
            あの界隈の人は外人に弱いので、際どい資料でも出してもらえるかも知れません。

  4. 斉藤ママ

    マークせんせがやっている事は、自虐史観の押し付けですよ。
    自国でやってほしい。
    日本の犯罪の多くは同和がらみ、大きいのは。

    小倉タイムス事件、今日見つけたんですが、すごいですね。
    逮捕したら、差別になっちゃうんですかね。狭山事件刷り込まれていますし。

    http://jgaxy.tumblr.com/post/56131172717/土地ころがしの追及の直前私たちの小倉タイムスは解同支部長を名乗ったり同和団体北九地協委員長を自称す

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  5. .

    ウィンチェスターさん、アイヌ問題の前にまず日本語をもっと勉強してください。自分ではうまいと思っているのかもしれませんが、あなたのドヘタな日本語では意味が通じません。「地域こど」「普通に送りうることです」とかね。語彙も構文も日本語として非常に不自然。議論以前の問題です。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      たぶん、母国語で書いてもらっても大差ないかも。
      仕事柄、英語からの訳文を読む機会が多いですが、日本語の訳文で意味が分からない文章というのは、原文もよく分からない文章のことが多いです。

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      1. .

        ウィンチェスター氏の文章は日本語としての未熟さを差し引いても同義反復と藁人形論法が多く、支離滅裂だと思いますが、苦心して読み解くとこういうことかな?

        (1)生まれによる差別のせいで貧しくなりやすい人たちがいる。
        (2)そのような人たちを救うには、差別解消に焦点を当てた特別施策が必要。貧困層全般に焦点を当てた一般施策ではダメ。

        でも、生まれによる差別を受けても、米国での人種・民族別の平均収入は東アジア人がトップなんですよね。あとユダヤ人も高い。

        そうすると、貧しくなりやすいのは「差別のせい」だけでは説明がつかないような気がするんですが、この手の話題はタブーなんでしょうか。

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  6. .

    ウィンチェスターさんのツイートを見ていると、「訴え続きたければ」とか「なりかけようとしている」とか、日本語の基礎的なところがおかしい。「何百万回も興味深い」というのも変で、正しくは「何百万倍も」ですよね。英語ではどちらもtimesを使うけど。繰り返しになりますが、アイヌ問題の前にもっと日本語を勉強してください。

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  7. .

    ウィンチェスターさんの主張には何か既視感があると私は思いましたが、考えてみると、いわゆる「朝田理論」のアイヌ版なんですね。「部落民にとって不利なことは全て差別のせいなんです。社会のせいなんです。部落民のせいじゃないんです」と子供たちに教えたら、「僕の成績が悪いのは差別の結果なんです」と言い訳する小学生が出現したと藤田敬一先生が『同和はこわい考』で書いていますが、あの話にそっくりです。この理屈で行くと、米国で過酷な差別を受けていた(そして今でも差別を受けている)東アジア人やユダヤ人の平均所得は今なお低位にとどまっていなければならないところですが、実際はそうなっていません。なぜでしょう。

    まず「被差別民」にとって不利なことが本当に差別の結果なのかどうか、個人で引き受けるべき責任まで社会に押しつけているのではないか、そこから検証する必要があるでしょう。「政治的に正しい」人たちから猛反発を買いそうですが。

    なお、被差別部落の貧困化の原因については、かつて部落解放同盟が「差別のせいである」と主張していましたが、最近では灘本昌久先生が「差別のせいではなく松方デフレの影響である」と主張しています。

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      1. 斉藤ママ

        廃品処理業者から大学教員まで、同じ戦術を使っているので、
        シンプルな教義を使っているんだと思います。
        ただ人のやっているのを真似するOJTのようなものは経験しているでしょう。
        私に同じ事をやるように言われてもできません。

        大学にいる彼らを称して「天邪鬼」と言っている人もいました。
        天邪鬼度は訓練の効果あってか少しずつ進歩していき、上達の過程が観測できるそうです。
        そういう団体に関わるとなかなか抜けれないようなのでとても気の毒に思います。

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  8. .

    解同の幹部養成研修の教科書に何が書いてあるかは知りませんが、彼らの戦術は確かにシンプルで

    ・解同に不利なことに対しては(自業自得であろうがなかろうが)「差別である」と連呼して一歩も後に引かない
    ・理屈で勝てなければ仲間を集めてきて数の力で勝とうとする
    ・糾弾の標的である個人を叩くだけではなく、標的の周囲に圧力をかける(家族や勤務先、取引相手など)
    ・最終的には人権講演などの名目で金を取る

    社会運動標榜ゴロの手口はみんなこれです。解同の強みは、政界や言論界にも多数の「番犬」がいることでしょう。

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    1. 斉藤ママ

      恐怖心と言葉攻めにはサブリミナル効果があるのかもしれません。
      潜在意識に訴えるものがあるから、次々言う事を聞いてしまうのでしょうね。

      早く手を切りたいと思って言う事を聞くのが、破壊の始まりです。

      返信
  9. 匿名

    恐怖心と言葉攻めには、サブリミナル効果があるのかもしれません。
    潜在意識に訴えるものがあるから、次々言う事を聞いてしまうのでしょうね。

    返信
  10. ピンバック: アイヌ利権とは何か 第二回 | 示現舎

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