【富田林市】これで3人目!維新市議がまた離党 解放同盟系市長も屈服した〝南河内のドン〟の影?

By Jun mishina

「一身上の都合により、大阪維新の会を離党いたしました」。3月31日のFacebookで大阪府富田林市・伊東寛光市議がひっそりと離党を表明した。同市議会の維新会派からの離党者は3人目となる。伊東市議は3期連続でトップ当選し議長経験もある有力者。それでも離党を選んだのはよほどの事情があるのだろう。富田林維新の内情に迫った。(写真=PL教団の大平和祈念塔)

PLの街、同和行政の街、富田林

右から伊東市議、吉村府知事、吉村市長、鈴木府議。

富田林市はPL教団(パーフェクトリバティー教団)の本部所在地として知られる。シンボルの大平和祈念塔は老朽化が進み、かつてのような一般観覧はできない。PL花火芸術も2020年以降は開かれておらず、名門だったPL学園野球部も2016年に休部した。こうした光景は、かつて地域を象徴したPL教団の斜陽を印象づける。

他に特筆すべき地域事情は同和行政が盛んなこと。吉村善美市長は大阪府議時代に部落解放同盟の組織内候補として『解放新聞』(2003年4月21日)で紹介された。PLと同和行政の町、富田林にも維新勢力は拡大した。 

維新会派の離党者が3人目

2024年9月の市政報告より。

離党した伊東市議は2015年に維新候補として初当選。2023年の統一地方選で3人の新人市議が加わり大阪維新が最大会派になった。11年前から富田林維新を支えてきた伊東市議を評価する見方もあるが、同氏の言動をめぐって市議会、市民からも疑問が寄せられる。 

地元事情通はこう明かす。 

「2019年に維新候補としてJC堺(日本青年会議所)で活動していた村瀬喜久一郎氏が当選しました。ところが当選後、たった1か月ほどで維新を離党。事情を聞いてみるとどうやら伊東市議からのプレッシャーが原因のようでした。〝俺が当選させたんやろ〟などと見下すような言動が続いたというのです」 

筆者は他地域でも維新内部のパワハラ事案を取材してきたが、このような発言はそう珍しいことではない。なぜこのような態度をとってしまうのだろう? 維新王国の大阪であっても一人でも多く仲間の議員は欲しいはずだ。それがわずかひと月程度で離党というのは深刻だ。 

結局、村瀬氏は一期だけで市政から離れた。 

そして2023年の統一地方選。この時は維新の絶頂期で600議席超を獲得して全国政党への弾みをつけた。富田林市議会でも3人の維新市議が加わったのだが、その一人、岩崎哲也市議も2025年3月に離党。岩崎市議も伊東市議からのパワハラを受けたという。 

ただし先の事情通は伊東氏を批判する一方で岩崎氏についても「議員に向いていない」と冷ややかだ。 

「有権者からの意見にも応じないどころか、党からの連絡をスルーしたことも。維新のLINEグループにも返答がないので、地元の重鎮、鈴木憲府議が伊東市議に〝(岩崎は)どうなってるんや〟と叱責したこともありました」(同) 

こうした事情が伊東氏の苛立ちを強めた可能性はある。

また維新関係者の話。 

「確かにイライラするのは分かりますよ。岩崎君は2022年8月に維新の公認をもらって11月から市政政策委員として活動を始めました。そこで名刺と自己PR用のカードを作れと指示されたのですが、だいたい10日はかかったのです。普通なら2、3日でできることでしょ」 

その一方でこんな評価も。「岩崎君は農園経営にも関わっており農業には詳しいのです。このため農水省が推進する農福連携にも知見があって政策用のパネルを作ったのです。これは非常に出来が良くて鈴木府議からも〝いい仕事できるやん〟と褒められていました」(同前) 

岩崎氏は議員に不向きな気もするが、それも教育次第。農業分野で活躍する可能性はあった。ところが日本維新の会全体の問題でもあるが、共通するのは新人へのサポートが不十分だ。どころかむしろ叩き落とされ這い上がった者だけが生き延びる。そんな傾向が顕著だ。

そんな党風の中で岩崎氏のような控えめな人柄だと議員生活は難しい。そして伊東氏の苛立ちが爆発した。

「2025年3月20日に議員控室で〝ダーン〟という音がしました。伊東氏が岩崎氏にペットボトルを投げつけたのです。上層部から〝岩崎を教育しろ〟と指示されても本人に覇気がありません。板挟みになって伊東氏が苛立つ気持ちも分からんでもないのですが、不適切な行為でした」(同前)

こうして岩崎氏は維新を離党。周辺によれば一期で引退するという。地元では伊東氏に対する批判もあるが、維新という組織の特性上、パワハラの連鎖がある。

そこで伊東氏に事情を聞いたが「離党については、公表の通り一身上の都合でございます。本件について、これ以上お話しする予定はございません。また、個別の人間関係や経緯についても、回答は差し控えさせていただきます」と口を閉ざした。

吉村市長も屈服させた鈴木府議の存在感

伊東市議が離党したことについて鈴木府議との軋轢を指摘する地元関係者は少なくない。鈴木府議はPL学園野球部出身。大阪維新の会の結成メンバーの一人であり、党内での影響力は大きい。

維新内でのキャリアは吉村洋文府知事や藤田文武共同代表よりも長く、南河内では“ドン”と呼ぶべき存在だ。

最も顕著に表れたのが、南河内基礎自治機能充実強化協議会をめぐる吉村市長との攻防である。大阪府・羽曳野市・大阪狭山市・太子町・河南町・千早赤阪村から構成される南河内基礎自治機能充実強化協議会が昨年4月に設置された。その際、富田林市にも参加要請があったが、吉村市長が不参加を表明。

これに対して鈴木府議が吉村市長に参加を促すため面談したというのだが、吉村市長は昨年6月12日の本会議で「そのような事実は一切ございません」と答弁。ところが9月議会で吉村市長は鈴木憲府議と昨年8月4日、8月6日、12月13日に会っていたことを認めた。

両者の話し合いの中で協議会に「参加すると言った・言わない」の水掛け論というわけだ。外部から見れば市政の問題というよりは吉村市長‐鈴木府議の対立に過ぎないのだが、昨年6月には発言をめぐって維新会派が中心になって市長への問責決議案が提出された。問責決議は否決されたものの、鈴木府議の参考人招致案については賛成となり、鈴木府議が市議会で発言の機会を得てこう訴えた。

「南河内基礎自治機能充実強化協議会は、私が大阪府議会議員として最重点の課題として長年取り組んできた、言わばライフワークとも言うべき、基礎自治体の機能強化についての一つの到達点とも言うべきものです」

もともと昨年3月の庁議で同協議会への不参加は既定路線。それでも鈴木府議の強い意向が働き、参考人として市議会で協議会参加の意義を主張できた。今後の参加・不参加はともかくとして市長より明らかに鈴木府議の存在感の方が勝っていた。

「言った・言わない」の応酬が、問責決議案や参考人招致にまで発展したこと自体、鈴木府議の影響力の大きさを示している。

先の地元事情通はこう話す。

「大阪南部高速道路(大南高、藤井寺市から岸和田市をつなぐ高速道路)の早期実現を目指す決議書が昨年、河内長野市議会で可決。維新市議団も賛成しています。ところが富田林市議会は離党した岩崎氏を含め維新会派が決議書に反対。もちろん市議の判断だけとは思えません」

南河内基礎自治機能充実強化協議会への参加をめぐる議会での問責決議案、鈴木府議の参考人招致、さらに大南高をめぐる対応――富田林維新と鈴木府議はしばしば独自の動きを見せてきた。地元ではこんな憶測も飛ぶ。

「地元では〝令和の大合併〟による南河内市発足で鈴木府議が〝初代南河内市長〟を狙っていると囁かれています」(前同)

吉村市長も追い詰めた富田林維新。南河内市という野心はあながち荒唐無稽とも言えない。

Jun mishina について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

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