香港危機、「左翼界隈」がなぜ中国批判を始めたか?

カテゴリー: 国際, 香港デモ | タグ: , , | 投稿日: | 投稿者:
By Jun mishina

かつて日本の左翼文化人は「中国の核兵器は平和の核」と臆面もなく言った。そして文化大革命を絶賛した! 中国ベッタリの姿勢は現在も変わらぬ伝統芸…。と思いきや香港の国家安全維持法問題をめぐる左派著名人の対応を見るに「スタンス変えた!?」と勘繰りたくなる。特に8月10日、民主化運動グループのリーダー、周庭しゅうていさんが同法で逮捕されるとまるで申し合わせたように左派学識者、著名人らはSNSなどで中国批判を始めた。もちろん主義主張は自由、それが「言論の自由」というものだ。と、言ってみたものの過去の経緯を考えれば“ スルー”してもいい案件。なぜあの左派界隈が香港・周庭さん擁護に乗り出したのか? 専門家らに聞いてみると実は中国の内政も影響しているという。例によって「#香港」といったハッシュタグの拡散に触発されただけ…と思いきやもっと深刻な問題があるようだ。(アイキャッチ画像は周さんのFBより)。

中国政府による民族、民主化弾圧は年々、深刻だ。近年で最も印象深いのは2008年のチベット動乱をめぐる中国政府の暴挙。この事件によってチベット問題を知った人も多かったであろう。同年、長野県・善光寺をスタート地点に開催された北京五輪聖火リレーは各地から抗議グループが集結。これに対しカウンター部隊として大量の中国人学生らが動員されたのは恐怖すら感じた。メディアも中国に対し配慮する中、2008年4月9日放送「ニュースJAPAN」で箕輪幸人解説委員が「普段、人権という人たちがチベット弾圧に沈黙している」と論じたことはせめてもの爪跡。快哉を叫ぶ人も多かった。

ただ左翼やリベラル側がチベット問題に無関心というわけではない。「チベット問題を考える議員連盟」の代表は枝野幸男氏(当時民主党)で、いわゆる左の市民活動家の間でも取り組む人は少なからず存在したものだ。保守側の著名人、文化人、活動家がチベット問題に取り組んできたため距離を置いたという側面が強い。

当時、市民集会では講師が

「あいつら(右派)は普段、人権なんて言わないくせにチベット問題には口を出してくる。中国批判がしたいだけだ」

こんな風に毒突く人が少なくなかった。つまり左派からすると純粋な人権擁護ではなく「敵(中国)の敵(チベット)は味方」という論理で動いている、そういう見方をしていた。仮に保守系の活動に共鳴できる部分があったとしても「右翼と手を結んだ」と言われかねない。

本来、人権問題に左右の立場はないはずだが…。周さん自身も日本の左右の対立を感じてか、ツイッターでこう訴えた。

日本語にも通じる周さんだが右派₋左派の軋轢を察したようだ。周さんを「左側」と見るのは昨年6月に来日し野党議員らとも面会したこと、またシールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動 )メンバーとの交流にあるだろう。しかし彼女の立場にすれば理解者、支援者である。日本の「左派」だから拒否する理由は全くない。

香港問題ではスポークスマン的な役割を果たす山尾氏。

また超党派の「対中政策に関する国会議員連盟」には中谷元元防衛相と共に国民民主党・山尾志桜里衆議院議員が共同代表を務める。山尾氏らの取り組みは過去記事で紹介した通り。保守派からは距離がある山尾氏だがこの間、国会議員で最も精力的に取り組んだ。だから中国の人権問題に対するスタンスは単純に左右、与野党で分類できない。あるいは日本共産党の国安法への批判はとても強い文言が並ぶ。どの政党よりも強い姿勢だ。

「中国を許すな! 香港を守れ!」こう勇ましく叫んだものの…と嘆く自民党支持者もいるはず。ここ数年だけを見れば明らかに自民、保守派の分は悪い。なにしろ香港問題の最中、安倍政権が習近平主席の訪日を進めた。日本の保守派の権化のような安倍首相が“ 習近平主席熱烈歓迎”という格好だ。このことは保守派からも反発を招いた。保守派の思考を見るに「旧民主党系、社民、共産は中国に依存している」とのイメージが強い。しかしIR開発をめぐる汚職では秋元司衆議院議員が中国系企業からの収賄、組織犯罪処罰法違反で逮捕。自民党議員の方がよほど癒着していたことになる。政治的には親中=野党という構図は全く成り立たない。

「左翼は中国に甘い」という考えは「保守派の幻想 」と論じる向きもある。確かに理解できる部分もあるが、箕輪発言に見られるよう、チベット問題時に左派や人権派が座視した点は否定できない。

ところが周さん逮捕との報で発生した左派界隈の動きは意外なほど中国に手厳しかった。

山口二郎法大教授「中国共産党は世界人民共通の敵」

8月10日、香港国家安全維持法違反容疑で周さんは逮捕された。翌日釈放されたもののこの一件は本格的に香港の自由が失われた象徴として国内でも大きく報じられた。もちろんSNS上でも著名人、一般人問わず中国を批判する投稿が相次いだが中には左派に分類される面々も多数。特に法政大学・山口二郎教授の攻撃的な文言は予想外だ。ただどこかズレた感も残る。「周恩来以来の中国共産党に対する敬意」というがそもそもチベット、ウイグル支配も戦後の中国共産党が行ってきたわけで、その行為自体は敬意があったのか? 

ハンガーストライキで知られる元山仁士郎氏も抗議活動を組織した。本来、抗議すべき先は中国大使館のはずだが、デモ現場を国会としている点にそこはかとなく中国への“配慮感 ”がにじみ出ている。とは言え左派市民団体も香港守れの声を挙げ出した。

立憲民主党・有田芳生参議院議員が作家、辺見庸氏の抗議声明を紹介した。「マルクス主義とも共産主義ともなんの関係もない」というくだりに共産主義に対する安保世代的なシンパシーが透けて見える。マルクス主義や共産主義自体は重んじているかの様子。ともかくも中国政府に対して抗議の意思を示した。

逆に左派側の動きを懐疑的に見る人たちの投稿も興味深い。上のような投稿が示す通り、やはり左派陣営が一律で動員的に声を挙げた、こう思った人は少なからずいた。少なくともチベット問題、ウイグル問題では見慣れぬ行動だったがどうやら事情がありそうだ。市民活動にも通じる関西地方の大学教員はこう明かす。

「社会学、人権問題、フェミニズム論、家族論などの分野でも優秀な中国人研究者がいます。彼らは“日本批判 ”とか“日本の差別問題 ”というシーンで、日本の左派から利用され市民活動家との関係も浅くありません。ところがここ最近、人文学系統の中国人研究者が本国に帰国したり中には連絡が取れない人もいるのです。研究活動や言論活動に対して本国からの“圧力 ”のようなものを感じます」

本来は「日本内部で日本を批判する中国人」だから中国政府としてはむしろ奨励すべき人材だと思うが…

「それは表面的な見方ですよ。いわゆる社会学や人権を学ばれると中国に帰国した時に“ 反抗分子”になると中国共産党は危険視します。つまり彼らの研究が民主化運動につながりかねないと考えたのでしょう。日本の左派が声を挙げたのは中国人知識層の境遇を慮ったという面があるかもしれません」

これが科学、工業、医療などの理系分野の研究ならば国益になるというものだが、人文系の学問は“ 諸刃の刃”ということになろうか。

同様の危惧は現場研究者たちからも起こる。東アジア問題に詳しい政治学者も同様の危険を指摘した。

「日本では中国共産党の代弁をしている学者ですら、実は本国からの弾圧を恐れてオーストラリアなどの国籍を取得している人が出ています」

日本の左派からすれば自分たちの仲間が弾圧されているのも同然。正確には香港問題というよりも習近平政権そのものに対して「ノー」を突きつけているかもしれない。それだけ習近平主席の横暴、専制が激しいということだろう。一斉に批判が起きたのもこうした仲間意識が影響ということか。加えて香港が果たしてきた政治的役割も大きいという。

「なぜ中国政府がここまで香港統治を強化するのかと言えば香港が中国内の民主化闘争の“ 司令塔”になっていたからです。旧民主党政権時代、中国の人権派弁護士が拘束され日本からも弁護士らが声を挙げ政府(菅政権)への要請行動を行いました。拘束された弁護士は香港のNGO『中国人権派弁護士支援グループ』でも紹介され支援が呼びかけられました」(同)

拘束された弁護士はチベット問題にも精通した筋金入りの民主活動家でもある。チベット支援も香港の市民団体の支援が大きな役割を果たしていた。香港現地のこんな光景も見逃せない。

「香港のニュース映像でも気づいた人がいるかもしれませんが、銅鑼湾トンローワン(香港の一等地)付近で大きな法輪功の看板があるんですよ。中国本土では到底ありえない光景でしょう」(同)。

法輪功と言えば中国共産党から弾圧を受ける宗教団体。海外で活発に中国批判を行っているが、香港では自由に活動できる。このため中国政府にとって香港の取り締まり強化が体制維持の早道というわけだ。

香港と言えば東アジアの経済、貿易、金融の中心地だが、同時に民主化運動の“ ハブ”という性質があった。あるいは「香港問題は声が挙げやすい」(国際NGO活動家)という指摘も興味深い。

「例えばウイグル問題も深刻なのにメディアや日本の左派は声を挙げていないという批判があります。ウイグルの中には原理主義的な活動家もいてテロも起きており人民解放軍も手を焼いている、という話を“反中国 ”の立場の要人から聞きました。確かに強制収容所など過酷な状況もありますが活動の性質上、全面擁護、支持というのも難しいかもしれません」

逆に香港デモの場合、2016年のいわゆる「雨傘革命」以来、スタイリッシュで武装を排した抗議活動を行ってきた(もちろん一部では物理的な行動はあったとしても)。こうした抵抗運動の性質上、日本でも受け入れやすかったのだろう。

文革を賛美し、核開発を容認し、共産主義に心酔す、ただし無批判…こんなステレオタイプな左翼は過去の追思か。さすがに今の中国に対して沈黙というわけにはいかなくなった。逆に言えば日本の左翼ですら匙を投げる習近平体制ということだろう。

Jun mishina について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

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香港危機、「左翼界隈」がなぜ中国批判を始めたか?」への4件のフィードバック

    1. 三品純 投稿作成者

      ここでいう左翼とは「反スタ」とか御大層な人ではありません。
      中国と聞けば脳内に「銅鑼が鳴る」程度のステレオタイプな
      東アジア観をお持ちの方を左翼とお考えください。

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