世は仁義なきマスクの争奪戦である。小売店やドラッグストアでは「売り切れ」「入荷なし」が相次ぐのはご存じの通り。そこで深刻なマスク不足を商機にと異業種企業がマスク市場に参入してきた。その一つ合同会社DMM.comは4月上旬、「洗える3Dニットマスク」(1980円)を発売した。同社はアダルトビデオ販売、動画配信で急成長し現在はオンライン通販、金融、コンテンツ事業など多角化戦略で知られる。「高っ!」「あざとい」と思った人もいるかもしれないが、このマスクは“ 和歌山の発明王”が開発した編機で生産されているのだ。
朝からマスクを求めドラッグストアに並ぶ人、入手できず店員を怒鳴る人、マスクをめぐって各地で見苦しい光景が…。4月21日、シャープはネット上でマスク販売を開始したがアクセス殺到で障害が起きてしまった。凄まじい争奪戦だ。
そして今やマスクは政争の具。今月17日の官邸記者会見で朝日新聞記者から政府が支給した布マスクなどについて質問を受けた安倍首相は
「今ご質問いただいた御社のネットでもですね、布マスク、3300円で販売しておられたということを承知をしておりますが、つまりそのような、この需要も十分にある中においてですね、われわれもこの2枚の配布をさせていただいたと、こういうことでございます」
と反撃した。SNS上では支持、賛同の意見が殺到。逆に新聞などの一般メディアは朝日新聞を擁護する論調だ。会見で出た「布マスク」とは繊維の街、泉大津市の大津毛織製で150回洗濯しても使用可能という高性能マスク。CM風に言えば「高い」には理由があった。メーカー側としてはただ高額と言われたのは心外だろう。
一方“アベノマスク ”と言われた布製品マスクも政府が興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションの3社に発注し製造されたもの。こちらも揶揄の対象になった。安倍―朝日の対立とは関係なく、不織布マスクに慣れ切ってしまい布マスクに抵抗がある人も少なくないだろう。ほんの少し前はマスクと言えば“ 給食当番”でも使った布マスクだったが…。
ともかく各企業の規模の違いがあれ現状のマスク危機を解消しようと懸命に生産しているわけだ。それをアベ憎しと野党、メディアが酷評、揶揄してきた。これもおかしい。ご自身らはただひたすら不安を煽るのみではないか。
それにこのところ与野党問わず政治家が安易に民間企業、民間人を公の場で槍玉に挙げることが目立つ。この厳しい状況下で現場の作業員たちは感染リスクとも戦いながら働いたはずだ。立場を問わず本来は「ありがとう」「感謝します」が筋ではないだろうか。人類史上的な危機にあっても政治やメディアは狭い了見のままでいる。
「和歌山の発明王」島精機・島会長
さて本題だ。現在、弊社は和歌山市の連合自治会長詐欺事件を追跡取材中だが、この縁があって和歌山市の面白い情報が舞い込む。取材協力者や地元住民がこんな話をしてくれた。
「和歌山の発明王と言われた島会長の技術がマスクバブルに利用されているのは残念ですね」
「アダルトビデオで成長したDMMが今度は島精機の編機でマスクを生産して儲けようとしている」
とは冷ややかな声。何が起きたのか?
島会長とは和歌山市のニット機械製造・販売メーカー「株式会社島精機製作所」(東証一部)の創業者・島正博会長のことだ。和歌山を代表する有名企業であり、ニット製品編機の世界的なメーカーなのだ。島氏は少年時代から発明に没頭し同社を創業。1995年に画期的な完全無縫製横編機「ホールガーメント」を開発して注目された。
「ホールガーメントは中国を始め各国で導入されており、靴下でもセーターでも継ぎ目のない製品ができるんです。島精機の中古販売店もあり、世界的にマスク不足だから生産用に需要が高まっているでしょう」(地元実業家)
あるいは工業機械ディーラーに言わせれば「ニット工場が倒産した後、島精機の製品があればまず争奪戦になる」というほど知る人ぞ知るメーカーである。
産業が乏しい和歌山にあって世界で通用する名門企業。創業者の島氏は立志伝中の人だ。
「公安委員や商工会議所会頭を歴任した名士です。邸宅は和歌山市吹上地区にありますが、小さな峠を挟んであの芦原地区と直線距離で数百メートルです(笑)」(同前)
この通り県内きっての有名人で県民からも尊敬を集めている。つまり和歌山の雄、島精機と島氏というわけだが、地元住民にとってはDMMがホールガーメントを使ってマスクバブルに便乗しようという体に見えたのだろう。しかし事情は少し異なっていた。
島精機がマスク用編成データを提供
島精機製作所はマスク不足問題を受けて、3月に同社の編機ユーザー向けに「ホールガーメント・マスク」の編成データを公開した。ホールガーメントユーザーはデータをダウンロードすれば編機を使ってマスク製造が可能になる。
そこでDMMの事業の一つ「DMM.make 3Dプリント事業」が同データを活用し「洗える3Dニットマスク」を製造販売したのだ。島精機側はユーザー向けにデータを公開してマスク不足に一役買おうとし、それにDMMが応じたということになる。ただどの会社が製作しようが形状に大きな違いはないだろう。例えば抗菌性がある生地を使うなど素材で差別化を図ることができるが、基本的にホールガーメント・マスクを踏襲する。
そこで住民の不満というのが
「フォルテワジマ(和歌山市本町)でホールガーメント・マスクは1枚550円で売っているんですよ。同じプログラムで製作してなぜDMM製のマスクと差がつくのか?」
フォルテワジマとは複合商業施設だ。倒産した旧丸正百貨店の跡地を島会長の妻で和島興産・島和代社長(故人)が複合施設として開業した。売り場に確認すると「ホールガーメント・マスクは一家族2枚まで」という条件で販売されていた。1枚550円から1980円で価格に幅がある。繰り返し洗えることを考えれば決して高額ではないが、こんなマスク不足の時代が到来するとは誰も想像も経験もしていないから「適正価格」が判断しづらい。
この価格差にはどんな理由があるのか。島精機製作所のTDC企画グループに聞いてみると「プログラムはユーザー様向けに公開したもので販売価格について当社がコメントする立場にありません」ということだ。また同社は今後、県内の小中学校向けにマスクを提供するという。
DMM側にも「洗える3Dニットマスク」の価格について聞いてみたが回答はなかった。同社HPにある説明文には「不織布の衛生マスクとは異なり、ウィルス・花粉をカットする機能はありません」とあるから、医学的な効果は薄いようだ。価格の多寡については判断できないが、少なくともマスク不足の解消の一助にはなるかもしれない。
それにしてもさすがに多角化のDMMだけあってマスク生産まで乗り出すとはたくましい。「高額商品」という指摘とは別に状況に応じて新事業に乗り出す実行力には感心すらしてしまった。和歌山の発明王の技術が活きたこのマスク。アナタなら高いと思うか、安いと思うか…。
フォルテワジマ(和歌山市本町)でホールガーメント・マスクは1枚580円ではなく、550円ですよ。