地方議会で同和行政に関する議員の質問が部落差別認定されるということは、滋賀県甲賀市や福岡県那珂川町など、過去に何度も起こっているのだが、今度も同様のことが鳥取県琴浦町で起こっている。しかし、今までとは異なり、町執行部側が町議会議員の質問を差別認定したのに対し、議会が反発するという珍しい事態になっている。
実は町が差別認定をしたことには、筆者が関わった裁判のことも関係している。そのことを含め、今回の事態の背景を探った。
琴浦町で何が起こっているのか? 議会が絡んだ出来事なので、議事録や琴浦町議会ウェブサイトで公開されている情報からも事のあらましは分かるのだが、筆者は消息筋よりさらに詳細な資料を入手した。また、関係者から詳細な話も聞くことが出来た。
発端は、昨年6月の町議会で同和地区に対して固定資産税の減免を行っているのはおかしいのではないかという趣旨の質問をした高塚勝議員と町長の次のやりとりだ。
○議員(9番 高塚 勝君) 私は全く理解ができません。町内を分けて、ここからこっちとか、こっちとか、この地域とか分けてそういうこの施策をやるということは、私はもうナンセンスだと思います。今、建物や土地というのはもう売れません、どこでも。土地も余っておりますし、建物もどんどん余っていきますから。だから私は、これはもう、この生活環境などの安定、向上が阻害されてる、それは例えば道路が狭いとか云々であればまた別ですけども、ただ地価が安いからということでは私は理解が得れないと思います。
そこで、ここに宅地と家屋だと。適用範囲。この要綱に定める減免措置は、法人を除く対象地域の住民が対象地域内に所有する固定資産のうち宅地及び家屋について適用する。なお、対象地域となる住所地は行政区域を単位とすると。ここですね。この行政区域というのはわかりますか、どこでしょう。
○議長(小椋 正和君) 小松町長。
○町長(小松 弘明君) これは平成27年の改正のときにこの部分が議論されたと思っておりますけども、属人主義でいくのか属地主義でいくのかということで、属地という話で今この要綱を運用してると認識しておりますけども、行政区域というのはそういう単位だというふうに思ってますが。
○議長(小椋 正和君) 高塚勝君。
○議員(9番 高塚 勝君) ちょっと最後が聞き取れませんでしたが、行政区域は、私の質問は具体的にはどこでしょうかということですけども、どうでしょう。
○議長(小椋 正和君) 小松町長。
○町長(小松 弘明君) これはちょっと、何て言ってるんでしょうか、それを言っていいのか悪いのか、私はちょっと今判断できかねます。それが差別を誘発するような話になってはいけませんし。ただ、認識としてそういうことがあるということでしか、また、この場面でどこどこの番地みたいな話は、ちょっと私は今、不適切になってしまうのかなと思って控えさせていただきたいと思います。
○議長(小椋 正和君) 高塚勝君。
○議員(9番 高塚 勝君) そういう控えないといけないような要綱なり制度というのは、私はナンセンスだと思うんですね。
そこで、このものは、これを得ようと思えば、これを適用してもらおうと思えば、申請する人は、申請書をつくって生活相談員の確認を受けて町長に申請しなければならないとあります。なぜこの生活相談員の確認を受けないといけないのか、お願いします。
後に、このやりとりが部落解放同盟琴浦町協議会と琴浦町人権・同和対策課から問題とされ、「差別事象」として鳥取県人権局に報告された。
その過程で「鳥取ループが、固定資産の同和減免対象地域を開示請求したが、非開示とした裁判で「差別にさらされる恐れがあるから“公共の利益を害する ”」当局の非開示を妥当とした。」件が高塚議員の質問が差別だとされる根拠とされた。 無論、裁判の判決は同和地区の場所を聞くなという趣旨のものではないし、現在筆者が行っている裁判では、必要であれば個別の同和地区の地名を出すことは構わないと裁判所は判断している。ただ、結果的には「同和地区の場所を公開してはならない」ということだけが独り歩きして、議会での討論という民主主義にとって必要な手続が阻害されているという一例だろう。
また、報告書によれば県の人権・同和対策課長が「このまま放置しておくと、差別の拡散につながる」として、議会に対応を求めるように発言したとされる。県が市町村の議会の運営に干渉するようなことは、通常ならあり得ないことだが、同和が関係すると、残念ながらそのあり得ないような事が起こってしまう。
大抵、この種の事案は共産党議員の同和行政を追及する質問に対して、解放同盟系議員が差別だと言って反発するパターンが多い。一方で逆に甲賀市のように解放同盟系議員が同和行政の推進を求める質問に対して共産党議員が差別だと反発した例がある。
しかし、琴浦町議会の場合はまた別のパターンで、事の発端となった高塚議員は共産党員ではない。琴浦町の共産党議員は青亀壽宏議員1人だけである。無論、 高塚議員は解放同盟系の議員ではない。当然、青亀議員は高塚議員を擁護する側に立った。
また、今回の件で特異なのは当の高塚議員と、共産党の議員が徹底抗戦しただけでなく、共産党以外にも高塚議員擁護に回る議員が多く出たことである。また、後述するように高塚議員を非難する側の議員のうち少なくとも1人は自民党で、「解放同盟系」と言えるかどうかも微妙であり、単純に共産党VS解放同盟という構図ではない。
本年6月20日、高塚議員の質問を差別事象として県人権局に報告したことについて撤回するように町議会で議決された。採決に加わった14人の議員のうち8人が賛成し、2人が反対、4人が棄権した。反対したのは澤田豊秋議員と前田智章議員。そして、保守系の桑本始、手嶋正巳、新藤登子、桑本賢治議員が棄権した。
なお、 前田智章議員と桑本始議員は自民党である。
県人権局によれば、6月24日の時点で既に琴浦町から報告書を撤回する旨の申し出があり、近々報告書を琴浦町に返却するという。
今回の問題を理解するには「住所」も1つの鍵になる。琴浦町のどの区域が同和地区に該当するのかは当然公開されていないのだが、施設の所在地や文献や地図、マッポン!、航空写真等から筆者が見立てたところでは旧赤碕町の出上の北側、旧東伯町の下伊勢の西側が古くからの部落であり、またそれぞれの地域から少し離れたところに同和対策で作られた住宅が見られる。
以下が琴浦町が告示している町議会議員の住所である。
また、「広報ことうら」には各議員の行政区域も書かれている。
氏名(年齢)行政区
(期歴順)
井木 裕(いぎ ゆたか)(69歳)地蔵町
桑本 始(くわもと はじめ)(66歳)保3区
前田 智章(まえた ともあき)(62歳)東桜ヶ丘
青亀 壽宏(あおがめ としひろ)(71歳)平和
手嶋 正巳(てしま まさみ)(72歳)大杉
小椋 正和(おぐら まさかず)(68歳)山川木地
川本 正一郎(かわもと しょういちろう)(61歳)三保
高塚 勝(たかつか まさる)(73歳)八橋2区
新藤 登子(しんどう たかこ)(76歳)下伊勢東
桑本 賢治(くわもと けんじ)(70歳)保2区
澤田 豊秋(さわだと よあき)(69歳)出上2区
大平 高志(おおひら たかし)(40歳)東三軒屋
押本 昌幸(おしもと まさゆき)(65歳)八橋3区
福本 まり子(ふくもと まりこ)(65歳)下伊勢西1区
角勝 計介(すみかつ けいすけ)(58歳)立石
前田 敬孝(まえた ひろのり)(55歳)徳万
なお、出上は南出上、出上1~6区という行政区域から構成される。また、下伊勢は下伊勢東と下伊勢西1~4区から成り、後者の上には下伊勢西大区がある。
賢明な読者の方は筆者の言わんとしていることが分かるだろう。議会において誰がどのような立場で、何を目的として活動しているのか推し量るためには、場所ということは重要なキーであり、民主的な議論には不可欠なものなのだ。
同和減免の対象である「行政区域」と、これまでの経過から分析すると、旧赤碕町と旧東伯町の同和地区の対立という要素があるように見えた。実際、これはあながち間違いではなく、全般的に旧赤碕町の解放同盟は急進的で、旧東伯町は比較的穏健と言われており、そのことが各議員の態度に影響している。特に下伊勢西大区長である福本議員が高塚議員に同調する側に回ったことに、解放同盟は反発した。
(次回に続く)
解同はここぞとばかりに存在をアピール出来ましたね。しかし未だに固定資産税の減免が地区に対して行われているなんて、どのような行政が行われているのやら。
差別をなくせと主張する団体であるにも拘わらず、特定の地区に固定資産税の減免をすることが差別になると訴えている議員に、それは差別であると・・・。このやり方は、いつもの事で分かり切っているのですが、一体何が何だか分からなくなります。この支離滅裂こそが、彼等、部落解放同盟なのですね。とにかく解同にとっては一石二鳥の出来事でした。
滋賀県甲賀市では、
どのような発言があったのですか?
甲賀市議会の差別発言事件は、解放同盟側の議員が同和事業に否定的な執行部に対して「市内に幾つ同和地区があって何軒あるかご存知か?」と質問したことを、質問内容に部落差別を助長する内容が含まれるとして懲罰動議が出されたものです。
甲賀市の場合は、共産党側が解放同盟側を差別だって言ったんですよね。
解放同盟、共産党の双方が部落の地名問題を政治的に利用しています。
全解連や部落問題研究所の刊行物も、昔は部落の地名を表記することが多かったですね(もっとも1949年の山田野理男の連載ルポ『東北の部落から』のような例もありますが)。が、今はもっぱら伏字にする方針のようです。
「今後、これこれこのような理由で伏字にする」といった決議がどこかで出されたのでしょうか。あるいは、なし崩しに伏字にするようになったのでしょうか。
部落地名総鑑事件が契機だと思います。図書館で本を見ると、概ねその時期が境目になっています。
ただ、誰かが決めたというのではなくて、各所が空気を読んで対応したのだと思います。
そのため、部落地名総鑑事件以降でも実名表記の文献はあります。
ありがとうございます。西村博之はウェブサイト「交通違反のもみ消し方」の運営に始まり、巨額の賠償金を平然と踏み倒してフランスに逃げるほど遵法精神の低い人間なのに、それでも解放同盟岡山県連からの呼び出しにはびびりまくって「2ch人権板に部落の地名を書いたら即削除」というローカルルールだけは遵守していました。法的には何の根拠もないルールなのに。
そう考えると、地名総鑑事件の余波は絶大ですね。