学術・研究:部落探訪(4) 大阪府池田市古江

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

今回探訪したのは大阪府池田市の「北古江」と呼ばれる部落である。

1977年に解放出版社が3000円で発売した「大阪の同和事業と解放運動」によれば、1958年の世帯数が171、人口は917、主な産業は植木行商とある。1935年の「全国部落調査」では世帯数が110、人口が686、主業は農園芸、副業は行商とある。

大阪と言えば都市部落で、しかも巨大な同和予算が投じられたために、公共施設が立ち並ぶ無機質な部落をイメージしがちだが、北部に位置するこの部落には、今でも田舎らしいたたずまいが残っている。

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この部落の特徴は、古民家が多いことだ。今では珍しい、藁葺わらぶきにトタンをかぶせた屋根が見える。

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部落というと、細い路地が多かったが、今では駐車場が確保されている場合が多い。同和対策事業が行われていた時代は、自家用車が急増した時代とも重なっているため、違法駐車対策は優先的に行われた。火事の時に消防車が入ってこれないなど、切実な問題もあった。

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散策する人が迷わないように、案内板が設置されている。部落内には以前共同浴場があったという。まだ、奥には古墳があるという。

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古墳に向って進む。案内板によれば、ここが茶屋があったという場所だ。

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無人販売所。漬物などが売られていた。

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古墳の方へ向かうと、朽ちた焼却炉、不法投棄禁止の看板があった。確かに山の中は不法投棄されたと思われるゴミだらけである。大阪の部落は昔は不法投棄が非常に多く、大阪市内でも平気で家電製品などが捨てられ、壊れた自動車が放置されていた。今はかなり改善されたが、ここではまだ問題があると感じる。結局、古墳の場所はよく分からなかった。

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引き返して、今度は急斜面の階段を降りる。

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この部落のさらなる魅力は、細い路地と、空き地と、廃墟である。廃墟マニアにはたまらないだろう。

急傾斜地の上、区画整理もすすまなかったのか、部落内は、わずか1~2メートルの幅しかない道がほとんどだ。

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部落の中に売土地があり、ここには「駐車場」との立て札があるが、そもそもどうやってここまで車を入れたらいいのか分からない。軽自動車ならかろうじて入れるのかも知れないが。

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最寄り駅は能勢電鉄滝山駅で、途中で阪急宝塚線に乗り換えると30分強で大阪市中心部(梅田)にアクセスできる。

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部落内には広い家ばかりではなく、大きく新しい家がある。なぜか家の周囲には塩が撒いてあった。以前は、解放同盟系の団体により清め塩は差別だといった趣旨の主張がされたことがあったのだが、それはまた別の問題である。

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掲示板には解放新聞が貼られていた。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(4) 大阪府池田市古江」への11件のフィードバック

  1. .

    指定地区という点では同じでも、同和対策事業で多額の予算が投入されたムラと、そうではないムラがあるのですね。両者の違いは何でしょうか。

    衆院議員の森秀次、さらに谷畑孝のような権力者が出たのに、なぜ北古江は未指定地区のようなたたずまいを残しているのか不思議です。

    返信
    1. 匿名

      >権力者が出たのに、なぜ北古江は未指定地区のようなたたずまいを残しているのか

      大阪府内といえども、単に僻地だったからじゃないの?梅田まで、乗り換え時間も含めて、最寄り駅まで40分程度かかる。そこから、徒歩だと、1時間超えるのでは?

      返信
    2. 鳥取ループ 投稿作成者

      その部落のリーダーが誰かによって、かなり事業の様相は変わってくると言われるので、ここの場合狭山事件などに関心はあっても、あまり改良事業には熱心ではなかったのかも知れません。

      返信
      1. .

        この地区の現在の状況を知りたいです。
        この地区が橋下徹氏の父方のルーツと言われていますが本当にこの地区にルーツがあるのか真相解明してほしい。
        レポートお願いします。

        ・西大阪水平社創立80周年記念事業
        「全国部落めぐり」報告   (2004.4.9up)
        http://megalodon.jp/2010-0603-2354-54/www.kashima-bll.net/80.htm

        第1回(2003.8.29) 放置された部落―兵庫県・西山

        ①過疎化――兵庫県宍粟郡千草町の中心部を流れる千種川の西側、山の急斜面に西山部落はある。人口は39世帯・約100名。高齢化率は40%と千草町13集落中最も高い。小中高校生は合わせて8名。

        ②厳しい生活実態――安定就労は数軒だけ。仕事がないため、若者はみな出ていく。家の敷地内の墓だけが残る。急勾配の道は歩行も困難。冬場は霊柩車、救急車も登れない。戸板で運ばれる途中亡くなった方もいる。

        ③差別行政――町には同和対策の窓口がない。職員が「隣保館」の意味も知らなかったという。改良住宅は未改修のまま30年間放置され、著しく老朽化している。そんな千種町だがツチノコの懸賞金には2億円をかけている。

        ④進まぬ交流――地図上は「西山」は一つだが、部落以外は「奥西山」、部落は「口西山」と呼ばれ、自治会も分かれる。昔から西山と町の子が遊ぶことはまずなかった。今も交流は進まない。ある女性は「商店街では買い物だけですぐ帰る。一般の人と口をきくのが怖い」と。

        ⑤運動の再建――2年前から週1回の識字学級を始めた。2002年兵庫県連に正式加盟した。20年のブランクを埋める努力が続けられている。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          確かに橋下が何軒か有りますね。
          機会があれば探訪してみようと思います。

          返信
  2. 斉藤ママ

    大阪教育大付属小事件を起こした宅間守は、この近くに住んでいたようです。

    返信
      1. 斉藤ママ

        宅間守は在日。同和と在日は分けられない。
        山口組を構成しているのも同和と在日。
        同和があったから、外国人である在日が、政治に介入出来るようになった。

        朝田善之助も糾弾闘争で在日を使っていた。
        部落のある所に在日あり。
        サリンや毒針に気を付けましょう。

        返信
        1. .

          『殺ったのはおまえだ-修羅となりし者たち、宿命の9事件』 25頁によると、宅間守の祖先は薩摩藩の下級武士です。

          返信

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