曲輪クエスト(72)熱海市下多賀和田木

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By 宮部 龍彦

全国部落調査を見ると、思いもよらないところに部落がある。例えば、熱海市の下多賀しもたがには和田木わだきという11戸の部落があったとされる。現地を地図で見ると多数の家があり、11戸の部落を今さら見つけられそうな気がしない。しかし、もしかするとと思い、現地に行ってみた。


和田木は住所表記で言えば現在の熱海市下多賀の一部なのだが、和田木と呼ばれる地域を地図で見ると、かなり広い。戦後まもない頃の航空写真を見ると、今よりもずっと家は少ないが、それでも11戸よりかははるかに多く、既に複数の集落があり、海岸沿いは街になっているように見える。とりあえず、「和田木神社」の近くに古くからの集落が確認できるので、そこに行ってみた。

また、ここは「網代あじろ温泉」という温泉地でもあり、ご覧の通り温泉施設がある。

急峻な場所に、古い家や民宿がある。

ここが和田木神社。とても立派で、市外からも様々な寄付があったことが分かる。仮に部落の住民がこの神社の氏子だとしても、寄進者として和田木住民が11戸をはるかに越える数記載されていることから、和田木全体が部落ではないことは間違いない。

神社近くの記念碑。ここに温泉の由来が書かれている。網代温泉は比較的新しい温泉で、全国部落調査が作られたほんの少し前、昭和13年に掘削により湧出したものだ。網代という名前から分かる通り、温泉が出る前のこの辺りは小さな漁村に過ぎなかった。

和田木神社に手がかりはなさそうなので、お寺を探してみた。地図を見ると、近くに浄立寺という浄土真宗本願寺派のお寺がある。ご承知の通り、部落の寺には浄土真宗が多い。

しかし、その寺を見て愕然とした。これは部落とは関係のない浄土真宗のお寺だろう。見ると分かる通り、新興宗教の建物のようで、なんとういうか風情がないのだ。

どうしたものかと車に戻ると、老人が車をドンドン叩いている。駐車場がなかったので、適当な場所に停めたのだが、どうも邪魔になってしまったようだ。老人に謝ると、「あんた何の用でここに来たんだ?」と凄まれてしまった。

そこで、全解連系の部落研究者であった東上高志の『川端分館の頃』にあった記述を思い出した。東上高志は、東北の会津若松で地元のタクシー運転手に「この街に差別されている部落あらへんか」と聞いて、部落の場所を聞き出していたのである。同和とか被差別部落と言っても西日本以外ではなかなか通じないが、「差別されている部落」という言い回しだと通じることがあるのだ。

「実は歴史研究をしてまして、この辺りに差別されていた村があったと文献で見たんですか」

ずばりそう聞いてみると、老人は急にキョトンとして、「…あるよ、和田木にもそういう場所がある」と答えた。無論、具体的な場所を聞かない手はない。それはどこですかと聞くと、「それは言えんな」と言いつつも、3つヒントを教えてくれた。それは、「水神川すいじんがわ」「鳥居」「民宿」というキーワードである。

この赤い橋がかかっているのが最初のキーワードの「水神川」。網代駅の下を通っている。

「水神川」の周辺を探索すると「富西寺」という寺を見つけた。この寺の宗派は日蓮宗で、日蓮さんの像がある。なるほど、関東で部落の寺といえば、浄土真宗よりも日蓮宗が多い。伊豆もほとんど関東なので、その法則が当てはまりそうだ。部落はこの寺の檀家で、部落は近くにあると確信した。次のキーワードである「鳥居」が近くにないか探してみる。

寺から海岸方向に歩いていると見つかったのがこの鳥居。鳥居に「延寿稲荷神社」と書かれていることから、これは稲荷神社のようだ。ただ、先の老人の口ぶりからすると、これが部落の神社というわけではないらしい。

さらに神社の南側に「あいば」という民宿を見つけた。ここは熱海自動車学校(マジオドライバーズスクール 熱海校)の合宿所でもあるようだ。都会よりも費用が安い田舎で運転免許を取りたい人がここに泊まるということなのだろう。

民宿の周囲には古い家がいくつかあり、玄関にさきほどの富西寺の札が貼られている家もあった。

そして、閉業してしまっているようではあるが、肉屋がある。肉屋=部落というのは偏見ではあるのだが、たまには素直な心でシンプルに考えることも必要だ。おそらくこの辺りが部落であろうと仮定して、住民に例の質問をしてみた。

「この辺りに少なくとも昭和初期まで差別されていた村があったようですが知りませんか?」

それに対する答えがこれ。

「いや、さあよく分からないんですが。そうだ、交番、海の方に交番があるからそこで聞いてみたらどうですか?」

「そうですか、じゃあ聞いてみます」と言って別れたものの、そんなことを交番に聞いて分かるわけがないだろう。きっと何かを隠している。寝た子を起こすなということだろうか。

部落と思われる場所には古い家と、少数の新しい家がある。新しい家の住民は、もちろん昔のことは知らない。ただ、住民によればこの辺りで古い家は空き家が多いようだ。昔から住んでいる人が多いのは、やはりここから離れた和田木神社の辺りだという。

そして、三代くらい前の先祖からここに住んでいるという住民から詳しく話を聞くことができた。

古くからの住民が住んでいるのは和田木神社の近くと富西寺の近くで、富西寺の近くの村は、確かに差別されてきた村との伝承があるという。

「昔は罪人を処刑するような仕事をしていて、後で食肉の仕事をやるようになったと聞いたことがあります。今はもう散り散りになってますが、何十年か前までは同族結婚が多かったようです。ただ、そういう話はここの住民はしたくないんじゃないかなあ」

では、同和事業は行われていたのか。

「同和事業というようなことは聞いたことがないな。関西で“同和”と言われているものと同じかどうかは分からないですが、“非人”の村だったようです」

和田木については全国部落調査以外に文献は見当たらないが、驚くべきことにその存在は地元で伝承されていた。まさに未指定地区らしい未指定地区であるし、あちこちから人が集まってスラム化しなかった、本当の意味での部落はこのようなものなのかも知れない。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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曲輪クエスト(72)熱海市下多賀和田木」への25件のフィードバック

  1. 名無しさん

    ロールプレイングゲームみたいで面白いですね。まさに学問研究です。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      ロールプレイングというか、アドベンチャーですね。
      今回は運良くクリアできました。

      返信
  2. 通りすがりの者

    部落問題に興味のある者は「未指定地区」に敏感に反応しますね。私の地元にその昔「傀儡師」たちが住んでいたと言われるところが有ります。その当時は板塀で囲まれて住んでいた、という記録があるそうです。今そこは全くその面影はありませんし、地元の人達も「昔ここは非人部落で・・・」なんてことも言われません。「本当の意味での部落はこのようなもの」という事を思えば、そういう所は今も非人部落の「未指定地区」と考えるのでしょうか?

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      ご承知の通り、何が部落かという明確な基準がないため、行政の後ろ盾がない未指定地区は、そもそも未指定地区であるという根拠が希薄です。
      本来は同特法の対象となるべきなのに指定されなかった場所を未指定地区というとすれば、もう忘れ去られたような場所は未指定地区とすら言えでしょう。

      返信
      1. 通りすがり

        「もう忘れ去られたような場所は未指定地区とすら言えでしょう。」は、「言えないでしょう」と理解していいのですね。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          すみません、タイプミスです。その通りの理解で良いです。

          返信
  3. 伊豆メジナ

    >網代という名前から分かる通り、温泉が出る前のこの辺りは小さな漁村に過ぎなかった。
    江戸時代に船による物流が盛んになったころは中継地として諸国の廻船が集まり結構栄えてたそうですよ。刑場とかがあったのもそれだけいろんな人が集まり犯罪も多かったということなのかと。近代も鉄道工事、特に難所の宇佐美トンネルのような当時としては大工事があったり結構人の出入りがあったのではとも思いますが

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      すみません。確かに小さな漁村というほどでもないですね。
      刑場があるくらいに人がいたというのは納得です。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      その資料の存在は知っていましたが、「かわた」は見落としてました。
      ということは、非人ではなくて穢多だったのかも知れません。
      非人、穢多というのは混同されがちなので、地元の口伝は必ずしも正確ではないでしょう。

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      1. 惣兵衛

        出典は長岡の宮本家文書ですか。これは結構有名ですね。
        北条氏に仕える「かわた(革作)」について記したものですけど、
        この時代、革作は重用されてはいても差別の対象だったかどうか微妙だと思いますよ。

        江戸期以前の時代のものだし、
        和田木が非人系なら直接の関係は無い様な気もしますねぇ。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      いずれ、部落ごとに宗派を分類する研究をすべきと思っています。
      宗派の分布を調べると、地理的な場所だけではなく、その部落の規模や経済力との関係が見えてくるのではないでしょうか。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      確かに、富西寺のある場所の小字は小山です。よくご存知ですね。

      返信
  4. 久しぶりに覗いて見ると

    最近の「部落探訪」は、現地に行かずとも机上で調べがつく所ばかりだが、
    この回は行って取材して初めて分かったというところが楽しかったですね。
    分からないから知りたい、つまり未指定地区だからこそ知りたいんですよね。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      おっしゃる通りです。しかし、分かりやすい異常で異様な同和地区の方が視聴者数が多いというジレンマです。

      返信
  5. kirsch77

    百万石大名も、佐渡に流された罪人も、100数十年の時の間に風化して、誰も区別の意識をしなくなりました。
    同和・部落もそうなって欲しいです。
    研究は別として、江戸時代の身分制度をことさらにほじくり返してネットに載せることは賛成しかねます。
    風化し、誰も関心がなくなることでしか、この問題の根本解決はないと考えています。
    どうしたら風化するか?:意識的に口にしないことです。親は子に言わない、偏見を持たせないこと。仲間内で話題にしない、そうやってしだいに忘れられていきます。

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  6. oedipa

    下田も例のアレには乗ってないですが奉行所配下の非人系って聞いたことがありますね。伊豆はそういうのが多いのかな。

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  7. ピンバック: 部落探訪(100) 特別編・愛知県あま市栄“東今宿” (前編) - 示現舎