三品純(取材・文) 同和と在日電子版2012年12月号
2006年に発覚した「飛鳥会事件」。大阪府、いや全国の解放運動に影を落とした同和関連事業における最大級の事件だ。広域暴力団の幹部、部落解放同盟大阪府連飛鳥支部の支部長でもあった財団法人飛鳥会理事長、小西邦彦(故人)が「同和と暴力団」をバックに政界、行政、銀行、芸能界に至るまで影響力を持ち、不正蓄財を重ねてきた。俗に“同和は怖い”という言説やイメージがあるが、これに対して解放同盟側は「解放運動に対する偏見」などと批判する。だが同事件によってやはり「同和は怖いこと」が鮮烈に印象付けられた格好だ。
大阪市の外郭団体から西中島駐車場の業務委託を受けた小西は、収益を過少申告しその差額を横領していた他、旧・飛鳥解放会館(後に大阪市立飛鳥人権文化センターと改称)館長らと結託し、暴力団関係者に健康保険証を不正所得させた。さらに銀行の融資に対しても小西は、発言権を持ち旧三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)とのパイプを深め、自治体などとの斡旋役だったことも衝撃を与えた。このことは『同和と銀行』(森功)でその内幕が克明に描かれている。
事件を契機に特に大阪市では、同和事業の見直しが求められ、関連施設が軒並み閉鎖されていく。解放同盟の解放研究集会やその他の催事においても、主催者の最初の挨拶で「運動の点検が必要」といった文言が付け加えられるようになった。しかしそれがどう点検され、どう運動に反映されたのか“外の世界”からは、あまり見えない。また「運動の中でエセ同和行為を行っていた者がいた」と暗に小西を批判するコメントもある。しかしこのことは裏返すと運動の内部に「エセ同和行為」の下地があるということであって、早い話、この種の主張は、自己弁護に過ぎない。
ところでなぜ今の時期に「飛鳥会」を取り上げたのか? このことを説明しておこう。実は「まだ飛鳥会は存在している。調べてほしい」といった声が本誌に寄せられたからだ。また本誌編集長、鳥取ループが2011年同地付近を訪れた際、大阪市立飛鳥人権文化センター自体は開館していたことを確認しており、何らかの運動は継続していると予想したのだ。さらに「グーグルマップ等には、今でも飛鳥会の名が残っている」(鳥取ループ)というから周辺には、飛鳥会の関連組織が存在しているのかもしれない。果たして飛鳥会は、今どうなっているのか? 飛鳥会とセンターの所在地である大阪市東淀川区東中島、阪急電鉄京都本線「崇禅寺駅」付近に向かった。
かつては、歩道橋にまで「部落解放基本法の早期実現を」といった横断幕が掲げられたほど運動が強かったこの地域。しかし崇禅寺駅付近には、その面影すらない。駅を降りると目の前に大阪市立飛鳥人権文化センターがある。センターの外観は、非常に“小洒落た”造形でいわゆる「ポストモダニズム」の影響を受けた造形だ。
しかし当初の話とは、大きく異なっており、施設はすでにロックアウト状態だ。そして「施設事業終了のお知らせ」と大阪市市民局人権室の名で掲示板に張り紙があった。
南方人権文化センター(市民活動プラザおおさか西館)、もと飛鳥人権文化センター(市民活動プラザおおさか東館)の事業は、平成23年度(平成24年3月31日)で終了することとなりました
2011年度までセンターは運営されたものの、現在は終了となったわけだ。地元住民に尋ねると「今頃、何しにきたん? 何か事件でもあったの?」と淡々としているので、事情を話すと「飛鳥会があったビルはあれやね。もとの事務所は2階やったかな。もう忘れた」と示した方向には、一階に薬局があるごく普通の建物だった。ビルの2階を訪ねると男性職員が応じてくれた。
「飛鳥会? ウチは福祉施設の事務局で関係ありませんわ。この上のフロアも1階の薬局さんが借りておられるようですわ。ビル自体もとっくに競売にかけられているしね。地図に飛鳥会の名前が残っている? そりゃアンタ、別に珍しいことでもないでしょ。古い建物の名前がそのままになっていることはよくあるんと違いますか?」
建物は、すでに飛鳥会の「あ」の字も残しておらず、完全に飛鳥会の名は消滅しているかのようだ。しかしビル周辺を観察してみると「飛鳥会はまだ存在している」という情報も実はやぶさかではなかったことが分かった。郵便受けを見ると「小西」と彼が運営していた福祉団体の名称がまだ残っていた。
「配達自体はまだされているみたいだね」(ビル関係者)というから、小西亡き後も何らかの郵送物が送られているのだ。こうしたことから「まだ飛鳥会が存在する」という話になったのだろうか。ただ郵便受けは頑丈にロックされ、出し入れした痕跡すらない。あの壮絶な事件を起こした陰惨さよりも、むしろ物悲しさすら漂う郵便受けの「小西」の二文字だ。彼の隆盛を知る人物はこう述懐する。
「解放運動家というよりもすご腕のビジネスマンで、プロ中のプロの興行師じゃないか。ショーを開くのも芸能界の事情をよく知っている。小西さんの興業の打ち方は “かつて一世風靡した芸能人”に声をかけること。もっと言うと“名前はあるけど、仕事はない”という人に声をかけてチケットをどさっと購入してやるわけだ。芸能人本人からも事務所からも感謝されるし、観客も地元のおっちゃんおばちゃんばっかりやから有名ってだけで喜ぶしね」
巧みに相手の心理をつき政界、芸能界、銀行にまで食い込んだ小西ならではエピソード。ある意味、豪快さすら感じるが今、この地からはその面影すら感じない。(三)