2月3日の愛知県知事選で三選を果たした大村秀章知事。選挙自体は終始優勢で圧勝に終わったが、裏ではLGBT施策に関する報道をめぐり稚拙な対応をしていたのである。大村知事といえば自民党時代から社会保障政策、福祉政策、障碍者支援などに強く、LGBTに対していかにも“ 配慮”しそうなものだが…。
性的少数者やその支援者らで作る「レインボーなごや」は愛知県知事選前の1月下旬、大村氏と対立候補の榑松佐一氏の両氏に性的少数者の諸制度、課題を問うアンケートを実施した。同団体は行政文書などの性別欄撤廃、公共の場面でトランスジェンダーへの配慮を求めて活動する団体だ。そして同会が行ったアンケートは投票所入場券や印鑑登録証明書の性別欄削除などに関する選択式の4問と政策に関する記述式の2問の合計6問。結果は1月28日に公開するというスケジュールだった。
さて選挙時に候補者に対するアンケート調査は決して珍しいことではなく国政では新聞社と大学による共同調査や地方選挙の場合は市民団体がアンケートを実施することがある。通常、特定団体によるアンケートは野党候補の場合、積極的に回答をするものの自民党候補の場合は「無回答」という場合が目立つ。というのもアンケートを実施するのは左派団体という背景があり、回答することは「言質を取られた」ということになりかねない。
今回のアンケートに対して榑松候補は締切の1月27日前に 回答があったものの、大村陣営からは得られなかった。レインボーなごやによると大村事務所は「アンケートが山のように来ているから当日にまでに答えられるか分からない」という説明だった。この間、合計3回も大村氏の選挙事務所へ要請したものの回答は得られなかったという。ところが大村陣営の態度が変わったのは「報道」だった。
1月29日の中日新聞には「LGBT支援団体の公開質問 知事候補者の回答公表」と見出しを打ち大村氏からは回答がなかったと報じた。また同日の毎日新聞は見出しに「性別欄削除の賛否は? 榑松賛成、大村氏回答なし」と見出しを付けられてしまった。これでは明らかに大村氏の印象は悪く、 大村知事はLGBTに無理解となりかねない。
このため「大村さんの陣営の責任者から“ 徹夜して返答を入れさせて頂きました”という返事がありました」(同会)と態度を変えた。
その結果、翌日29日には中日新聞「大村さんの回答も公表」、毎日新聞「大村氏回答届く すべて賛成意見」と報じられた。大村知事は投票所入場券や印鑑証明書などの性別欄の削除に「賛成」と回答。また「性的少数者に対する差別や偏見をなくし、正しい理解と認識を深めるために市町村や民間団体等と連携し、研修会や講演会等、様々な啓発に取り組んでまいります」と訴えた。
なぜ大村氏が当初、回答を渋ったかについては単純に現職がゆえの強気の対応ということもあるだろう。また「大村さんの後援会長が日本会議愛知県支部長で紘仁病院の重富亮院長ということがあったかもしれない」という声も漏れてきた。大村陣営には日本会議のスタッフも参加しているということで市民団体のアンケートを敬遠したという推測だ。
しかしどうあれ無回答という報道があったから回答してくるのは姑息と言わざるを得ない。逆に報道がなければ「無視」するのもおかしな話だ。なんといっても昨今のLGBTブーム。マイナスイメージがついては大変だ、という大村陣営の焦りが目に浮かぶ。
しかしこの一連の新聞報道も「残念」な点があった。このところ人権問題には熱心な中日新聞だが、1月29日の記事を見ると「LGBTに関する政策案を尋ねる記述式の二問」「団体は県選管にも投票所でのLGBTのへの配慮を文書で申し入れた」とある。また1月31日の読売新聞には「LGBT支援前向き 両陣営」という見出しがついた。
もともとレインボーなごやが配慮を求めたのは「トランスジェンダー」に対してだ。だからアンケートの文面にも「LGBT」という文言は使われていない。ところが昨今のLGBTブームによってこの言葉だけが先走ってしまい、報道ですらLもGもBもTも並列に扱ってしまったようだ。それにアンケートの回答一つで各紙がスペースを割くあたり他に報じるネタがなかったのか、それともLGBTというキーワードを重視したのかは分からない。
いずれにしても一団体のアンケート調査をめぐり主要紙が念入りに報じるのも「LGBTブーム」がゆえだろう。一方、大村知事は国会議員時代、テレビ討論番組にも出演する機会が多くマスコミ対応に長けていたはずだが、そんな知事も報道に振り回されてしまったのだ。