2008年6月6日に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が国会で採択されて以来、「アイヌ民族」に対する支援政策が進められる一方、政策について自由な議論が行われておらず、メディアでは批判的な意見がほぼタブー視されている。
示現舎では2016年、『アイヌ探訪』を刊行しし、なるべくありのままのアイヌの現状をレポートした。アイヌ政策を批判しづらい状況は今も変わらないが、近頃「反撃」の動きも起こっている。
アイヌに対する「人権侵犯」報道に 本間奈々氏が反撃
昨年3月8日、元自治省(現総務省)官僚で、現在は民間人として日本会議和歌山南紀支部支部長などを務める本間奈々氏が、Xに「アイヌ女性の伝統的な刺青、シヌイェにはアイヌ民族文化財団から助成が出るのですか?」などと投稿したところ、これがあたかもアイヌに「利権」があるかのような印象を与える人権侵犯であるとして、アイヌ民族を称するアーティストのマユンキキ氏が札幌法務局に申し立てを行ったと、朝日新聞と北海道新聞が報じた。また、本間氏がマユンキキ氏と川村カ子ト氏や川村兼一氏の親族関係について投稿したことも、プライバシー侵害だと指摘されたという。
しかし、こうした申し立て自体をわざわざニュースにすることがおかしいのではないか。昨今ようやく認知されはじめているが、よく報道される「〇〇が××を刑事告発した」という話でさえ、刑事告発はいつでも誰でも行えるため、それをニュースにするかどうかはメディアの恣意的な判断が大きい。まして、法務局への人権侵犯の申し立ては法的に定められた制度ではなく、法務局も原則として公表せず、裁判の対象にもならない。この点については以前の記事でも取り上げた通りだ。
通常であれば、メディアが法務局の権威を盾に言いたい放題をし、法務局も責任を負わず、人権侵犯とされた側が泣き寝入りするところだが、今回は本間氏が反撃に出た。同年5月29日、本間氏は報道が名誉権を侵害したとして、朝日新聞と北海道新聞を相手取り損害賠償を求めて提訴したのである。
裁判は非公開の弁論準備手続で継続中だが、訴訟記録を確認すると、朝日新聞側の代理人は内閣府情報公開・個人情報保護審査会委員の経歴もある近藤卓史弁護士が担当。記事内容について、朝日新聞は形式的には「人権侵犯の申し立てが行われた」という事実とマユンキキ氏の主張を報じたと主張する一方、北海道新聞は「『(本間氏が2021年衆議院選挙で立候補した)新党くにもり』元代表の差別的投稿」という見出しを付した。
北海道新聞側は「本間氏が人権侵害をしたという事実を摘示したものではない」と主張しているが、朝日新聞側は「人権侵害をした」という印象を与える記事だったことを認めつつも、本間氏が準公人であり、人権侵犯と見なされる投稿をしていたと詳細に反論しており、朝日新聞のほうが本気で対抗している印象だ。
一方、本間氏は現在あくまで私人であり、不特定多数に配信される新聞と異なり、XなどのSNSでは趣味嗜好の近い層にしか投稿が表示されないと反論している。
そうした中、同年12月2日、札幌法務局が「人権侵犯事実不明確」という決定通知を本間氏に送付した。もちろん、これに法的拘束力はなく、札幌法務局が朝日新聞や北海道新聞に対して事実上“はしごを外した”形となったにすぎない。
2023年9月に杉田水脈氏が同様の事案で大阪法務局から「啓発」を受けたことがあり、今回も「人権侵犯」が認定される可能性は十分あったものの、訴訟に発展していたことで法務局が面倒を回避するかのように手を引いた可能性は否めない。
訴訟は続いており、本間氏側は当然ながら、法務局が「人権侵犯事実不明確」と決定したことも主張している。
今までは政治家も一般人も、人権侵犯を認定する法務局とメディアから殴られっぱなしだったが、これからはそうもいかないということだ。
旧土人保護法時代から続くアイヌへの就労支援制度
「アイヌ利権」と呼ぶに値する政策は、実際に存在している。
示現舎では、今でも同和関係者向けの特別な就労支援制度が継続していることを取り上げたが、北海道でもアイヌ向けの制度が継続されている。たとえば、アイヌの人であれば失業手当が上乗せされる仕組みだ。
この制度に関する関連文書を、情報公開請求を通じて北海道労働局から入手した。
これによると、制度自体は1975年7月1日から始まっている。そもそも「アイヌ」として対象になる基準はどうなっているのか。結論から言えば、制度の存在を知っており、北海道在住で自分がアイヌだと主張できる人は対象になるということだ。
文書を読み解くと、当初の対象は「ウタリ地区住民」(2008年の国会決議以前は「アイヌ」という言葉を避けて「ウタリ」という表現が使われていた)で、「北海道ウタリ集落地区」の一覧表があった。現在は「アイヌ地区」という呼び方になり、形式的には属地主義の制度である。
2001年には労働局が市町村やウタリ協会(現アイヌ協会)などへ照会して認定する形となり、その後、比較的近年の2011年にはウタリ協会ないしはアイヌ協会といった文言が認定基準から外れ、一応労働局が自主的に判断できる形となった。2011年9月30日の「アイヌ地区住民について」という文書には、「アイヌ地区とは、北海道知事が関係市町村と協議し、アイヌ地区とすることが妥当とした地区とする」とある。
しかし、北海道庁アイヌ政策課に確認したところ、具体的に「アイヌ地区」がどこなのか道庁は把握していないという。市町村から「アイヌ地区が◯か所」といった報告があっても、道庁としては内容に関与していないというのだ。
また、北海道労働局に尋ねても、「アイヌ地区」について把握はしておらず、市町村から「アイヌ地区住民」であると報告されるだけだという。つまり、建前は「地区」ということになっているが、実際には属人的に判断している可能性が高い。担当者も、実態としてはそうだと認めている。
この制度を「アイヌへの支援政策」と称することはできるが、一方で「保護政策」あるいはもっと悪意を込めて「パターナリズム」と呼ぶこともできるだろう。
実際、1975年といえば北海道旧土人保護法がまだ有効だった時代である。そのような時代に作られ、現在は平等な支援政策としての機能が極めて限定的になり、むしろ「利権」と化していると批判してはいけないのか。批判した途端、「差別だ」と言われてしまうのだろうか。