学術・研究:部落探訪(236) 長野県 佐久市 岩村田大和町

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

佐久市最大の部落は岩村田にあり、「城下じょうした」と呼ばれ、戦前その戸数は69であった。戦後間もない頃の航空写真では、確かに小さな住宅が密集した一角が見て取れる。1967年の記録では108戸に増えている。

ここではニコイチと白山神社が同時に見られると言うので、現地で確認することにした。

その前にお昼になったので食事をした。部落内ではないが近くにとんかつ屋を見つけた。

カツ重を頼んだ。長野県なので、卵とじではなくて、ソースをかけたスタイルである。

佐久市には「同和対策集会所条例」がある。なので、この集会所も本来の名前は「大和町同和対策集会所」。しかし、看板には「佐久市大和町集会所」と書かれている。

ストレートな正式名称とは裏腹に、施設からは同和色が徹底排除されている。他の自治体なら、事実上公民館的な使い方がされている施設でも、同和施設であれば部落や人権に関係する掲示物があるものだが、ここには一切ない。

集会所の横には長屋形式の団地がある。

住宅案内図から地区の範囲は明確だ。山崎という名字が多いことが分かる。

城下という名前の通り、岩村田城が出来た1703年頃に部落が発祥したと伝わる。その後戸数が増え、戦前は日稼ぎや藁細工をしていた。

そして1981年、大規模な区画整理が行われて現在の町並みが生まれた。

ここが白山神社。

境内の一角に庚申塔などがある。おそらく、村の各所にあったものが区画整理に伴ってここに集められたのだろう。

社殿は階段を登った、少し高いところにある。

社殿の中で集会が出来るような作りになっている。

部落全体を見渡すには少し高さが足りない。

石碑を見ると、やはり氏子の名字は山崎が多いのが分かる。

これは三峯神社のようだ。

そして、この中を覗いてみると…

これはお釈迦様だろう。

この地区が特徴的なのは、住宅のバリエーションが多様であることだ。

これはニコイチだが、片方は2階建て、片方は平屋という非対称な形をしている。

こちらは平屋根の左右対称のニコイチ。

これはどちらも平屋のニコイチ。

何と、城まである。

豪邸と言って良いような家もある。

こちらは農機具保管庫。

そして、この建物は明らかに銭湯だ。調べてみると、これも同和対策で作られたものだが、今は使われていないようだ。佐久市のウェブサイトによると、令和8年に撤去する予定だという。

最後に墓地を訪れた。やはり山崎と書かれた墓石が多いが、宗派はばらばらのように見える。

地区内を見渡すなら、神社よりもむしろここからの方がいいだろう。ただ、住宅のバリエーションが様々で、特にニコイチだけが目につくわけではないので、一見するとただの新興住宅地のようにも見える。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(236) 長野県 佐久市 岩村田大和町」への16件のフィードバック

  1. 市民

    佐久市には小さいですが当時の面影がけっこう残っている被差別部落がありますよ。件数は少ないですけど。坂道や細い道、土壁の家など。

    返信
      1. 市民

        佐久市沓沢も是非。佐久市の部落の特徴に地区の入り口に集められるという特徴があるのですが、まさしく入り口に固められた地区ですので。名字も佐久市の部落の名字ばかりです。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          場所はどこでしょう?
          もしかすると根岸3438−31付近ですか?

          返信
          1. 市民

            そうです。その付近です。小さい部落ですが、唯一当時の面影が残っている貴重な部落です。

          2. 鳥取ループ 投稿作成者

            今昔マップで見ると、そこにはもともと家がなかったようです。
            もしかすると何らかの開発がされているのではないかと思いますがどうでしょう。

          3. 市民

            昔からの所なので家もあったはずですよ。そこそこ大きい地区なのですが、部落は入り口に固まっていて皆同じ苗字です。地元では有名な部落です。

          4. たぶんそれは間違い、農地に造られた新興住宅地。苗字がバラバラ。
            すぐ近くの岩村田と同じ苗字のところではないでしょうか。同じ大字の
            もう一つは非常に分かりやすいですが、そちらはおそらく佐久穂町の
            苗字を変化させたものと思われます。

          5. >>たぶんそれは間違い、農地に造られた新興住宅地。
            ループさんの言う番号を含むブロックは違うよと言う事です。
            しかしそこから極めて近いところだと思われますねぇ。

        2. 『被差別部落の生活』より

          宝永5年8月には、佐久郡平原村(註:小諸市平原)から同郡沓沢村(註:佐久市沓沢)へも「えた」身分の人びとが引っ越している。-中略- 沓沢村が、村に駐在する警備役を必要としたことからとられた措置である…

          返信
  2. 尊皇共産主義

    群馬から岩村田に嫁いだ叔母の話では、部落民の事を「ちょーりっぽ」と呼ぶそうです。

    また「ルポ 現代の被差別部落(若宮啓文)」では「おぼどて(穏亡の土手)」とも呼ぶと書いてました。

    茨城北部(常陸太田)の人は「かわっぽ」と呼んでいました。

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      おぼどては知りませんでした。かわっぽはいかにも茨城らしい発音ですね。

      返信
      1. おぼどて

        「おぼどて」は部落民全般の呼称として使われたのではなく、千曲市森の部落を指して言った言葉ですよね。
        そこの部落に住んでいた女性が小学校の給食調理員として働いていて、
        小学生がそんな汚い味噌汁は飲めないと言って捨てたという悲しい出来事が…

        返信

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