津田大介・あいちトリエンナーレに「愛」も「知」もなかった①

三品純 By 三品純

活動家、行政まで巻き込んだ壮大な炎上芸術の様相を呈したあいちトリエンナーレの表現の不自由展中止問題。総責任者にして火付け役の津田大介監督による中止に至る説明は整合性が取れていない上に、津田は「異論と向き合う」「分断を防ぐ」という割にただの一度の議論や対話を試みていない。一般紙やSNSを使った弁明ばかりだ。また津田の擁護派や左派活動家も声高に表現の自由を叫ぶが、その反面、自身の嫌悪する政治家や文化人の講演会やイベントには「中止せよ」と息巻く。しかし実はこの問題、表現の自由などという高尚な話ではなく単なるメディアや行政の怠慢と左翼活動の独善に過ぎないのだ。

津田と大村 自己保身屋コンビ

愛知芸術文化センター8F国際美術展A23の「表現の不自由展・その後」のスペースには「作品は展示中止となりました」とだけ書かれた立て札がある。ここに1986年に富山県立近代美術館主催の「86富山の美術」で展示された大浦信行氏の作品「遠近を抱えて」(4点組)、 韓国の彫刻作家キム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻による「平和の少女像」が展示されていた。場内には案内スタッフが配置されているが、このA23近くにいるスタッフの表情は実に苦々しく見えたものだ。ある意味、この空間自体が皮肉なことに「表現の不自由」を表現しているから面白い。

それにしても中止問題はさておき一体、アートや芸術とは何なのかと思う。入場料は1600円ということの多寡や価値は分からない。この作品が愛知県立芸術大学の学生の作品と言われたら、そう信じるだろう。また世界的な超有名芸術家の作品と言われたらそれなりに有難がってしまうのもまた人情だ。心の中のあらゆる先入観を排除したとしても感動や衝撃は得られなかった。なんだかアートな空間や雰囲気を作り上げている一生懸命感は伝わってくるだけ。評論家と聞けばパイプをくわえ、文化人といえばベレー帽をかぶる、こういうステレオタイプなイメージ像と同等に「アート」と聞いて思い浮かぶ通りの「アート感」ならここにある。

「情の時代」というのが企画コンセプトだが、ここからどうしても「情」というメッセージは感じ取れなかった。8月3日の朝日新聞によるとこの津田は記者会見で「(各地の美術館で)一度は展示されたが撤去されたという作品の性質上、沸き上がる反感などを可視化する企画だった」と説明した。ここでいう可視化とは保守派からの反発や抗議を巻き起こすことだ。様々な理屈はつけているが早い話、愛知県庁・名古屋市=体制側も協力しているイベントで慰安婦を出して、天皇批判をしたぞ、ざまーみろ、というのが本音だろう。

展示物が少なくなってだんだんと空間美の世界になっていく。

だからといって身を挺して作家たちを守り抜くという覚悟も気概もない。8月15日に投稿した「あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に関するお詫びと報告」ではこうある。

僕は、2018年の5月10日(木)にキュレーター会議でこの展示を再び展示することを提案しました。そして1カ月後の6月10日(日)に、たまたま映画『共犯者たち』を東京で上映するイベントを主催していた「表現の不自由展」実行委員会の方に、映画を観た後にお声掛けしました。その後、12月6日(木)に、Facebookを通じて正式に依頼しました。2019年2月28日(木)と3月18日(月)の打ち合わせの段階では、僕から不自由展実行委に平和の少女像については様々な懸念が予想されるため、実現が難しくなるだろうと伝えていました。しかし平和の少女像は2015年の「表現の不自由展」でも展示された作品であり、展示の根幹に関わるという理由で「少女像を展示できないのならば、その状況こそが検閲であり、この企画はやる意味がない」と断固拒否されました。

実行委員会側がいかにも頑固で融通が利かず、自分ではハンドリングできなかったからどうしようもない。こんな風に言いたげだ。あるいはこういう現象もある。8月24日の『webDICE』「あいちトリエンナーレ津田大介芸術監督インタビュー」(聞き手・浅井隆)では「──キュレーターを選ぶ権限はあったのですか?」という質問にこう回答した。なお キュレーターとは展示作品を選ぶ学芸員のことだ。

津田:僕に人事権はなかったです。事務局から「この人でどうだろうか」という候補が来て、それを僕が承認した形ですね。僕の推薦がそのまま人事に反映されたのは、企画アドバイザーの東浩紀と公式デザイナーの前田豊さんだけです。

ところが7月8日の『北海道新聞』のインタビューではこういう説明だ。

約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。「僕はそういう(人の権利を奪う)タイプの人間ではありません。でも、そうしないと『情の時代』というテーマにこだわった内容にならないと思った。仕事は5倍くらい大変になったが、その方針のおかげで(参加作家の男女比を半々とする)ジェンダー平等も達成できました」

ここでは「決定権を握った」と書いてある。説明も一貫していないし、とにかくただ「炎上状態」が鎮火するのを傍観しているかのようだ。

さて一方、 愛知県・大村秀章知事の対応もひんしゅくを買った。

大村知事は津田とのツーショット写真などを削除した。8月13日の記者会見で大村知事は「表現の不自由展は私というより、中身については芸術監督の津田監督が全責任を持ってやっている」とこれまた責任を津田に丸投げ。責任転嫁し合っている。それでも不自由展再開を求める左派活動家たちは大村知事を擁護、応援する声が強い。これは河村たかし名古屋市長が「どう考えても日本人の心を踏みにじるもの」と見解を示したことに対して8月5日、 「憲法違反の疑いが極めて濃厚」と批判したことを評価したものだ。

しかし本当にそんな程度のことでリベラル陣営は納得してもいいの?と思う。大村知事は「梯子外しの名人」ということをご存じだろうか。2011年2月、神田真秋前知事の任期満了に伴う愛知県知事選で、大村は自民党衆議院議員の職を投げ打って立候補。この際、自民党は出馬を断念するよう求めたが、河村市長の強い要請と協力もあり当選した。ところが

「河村さんが名古屋市長に立候補した当時、大村さんは自民党愛知県連会長の立場。市長候補の応援演説会でも“河村に(市長を)とられたら大変だ”と訴えていた」(元市議)

本来ならば“借り ”があるのは大村知事の方だが、その後、中京都構想をめぐり対立してしまう。恩人とまではいかなくても知事選では最大の協力者だったのに今では「憲法違反」とまでなじる。

2010年には名古屋中国総領事館による旧国家公務員宿舎跡地(名古屋市北区名城3)の買収問題が発生した際、河村市長は反対の立場に立った。また2012年、南京市の中国共産党幹部の訪問を受けて河村市長は南京事件について否定的な見解を示し物議を醸し出した。こうした中で「“なんてことをしたのだ。私が仲介するから関係回復しろ”と飛んできたのが大村知事だった」(前出元市議)。大村知事の政治スタンスを考えれば、表現の不自由展再開派が支持するのもよく分かる。しかし過去の大村知事の態度を見れば、己に火の粉が飛んできてもあいちトリエンナーレの作家を守ろうという人物ではない。津田との記念写真を削除してしまう程度の人なのだ。

密室化したサヨク芸の論理を公に持ち込んだ

名古屋市内で開催された抗議集会。ある意味の前衛芸術。

インターネットの出現によっていわゆる市民活動、野党や労組の各種集会は大きく様変わりした。それは集会やイベント内容が簡単に拡散、周知されるようになり論評の対象になったことだ。人権・反戦・平和、こうしたキーワードは本来は誰もが反論しにくいもの。また部落解放同盟や民団、朝鮮総連のようなタブー視されてきた団体に対しては特に「論評」はやりにくかった。ところがネット時代では“ お構いなし”だ。

「市民と名乗りながら実はただの活動家だった」

こういう現象に対してネット上では容赦なく素性が晒され、過去の運動履歴、発言などの矛盾がやり玉に挙げられる。若い世代ならまだしもオールド左翼にとってみれば恐怖なのだ。

「今日はどこから来ました」

左翼集会で見慣れない参加者を見るとこういう聞き方で素性を探ってくる。おかしいではないか。本来、集会にせよ、学習会にしても社会に広く周知したいから開催するものだろう。ところが面白いことに“ シンパ”以外には見せたくないというのだ。だから密室芸化する。「表現の不自由展」などはその最たるものだ。

表現の不自由展の実行委員会メンバーは、富山大学名誉教授・ 小倉利丸、女性国際戦犯法廷のNHK元プロデューサー・ 永田浩三→ 、「東アジアのYASUKUNISM 展実行委員会」にも名を連ねる岡本友佳 、 『天皇アート論』などの著書を持つアライ=ヒロユキだ。まずこれらの人物の名前を聞くことはないだろう。ただそれぞれ左派界隈では名うての人物たちだ。特に小倉氏は反天皇、反グローバルなどをライフワークにする学者、というよりも活動家というに相応しい。印象的なのは2008年の洞爺湖サミットでデモ隊の指導者的存在だったことだ。

表現の不自由展にしても、 東アジアのYASUKUNISM 展 であってもごく普通の生活をする人にとってまず無縁のイベントに違いない。また彼ら密室芸の面々も実に複雑なところで広く周知はしたいのはもちろんのこと。ところが批判は差別、論評すら許せない、こういうメンタルの人々だから結局のところ身内や活動家仲間だけを集めた密室芸になってしまう。しかし同じ思想を持つ同士と仲間内で楽しんでいるだけならば別に問題はない。仮に昭和天皇を燃やそうが、慰安婦を称えようが“ ご自由に”という程度の話。

そんな場に仮に右翼団体や民族団体が襲撃する――こんなことは不当であり、許してはならない。ただ今回は愛知県と名古屋市が関わる上、愛知芸術文化センターという大舞台で衆目に晒される。となれば当然ながら展示物に対して批判もあれば、抗議も起こりえるものだ。もちろん脅迫行為を推奨しているわけではない。そうした批判や抗議は真っ先に津田が引き受け、仮に自分が罵倒され、石を投げられようとも守る気概が必要となる。その覚悟なしに密室芸の活動家を呼んだこと自体が誤りだ。

だから今回のあいちトリエンナーレ問題は「表現の自由」などという高い次元の話ではない。むしろ左側が本当に表現の自由と向き合わなかったことにも原因がある。

以前、さいたま市内在住の女性が詠んだ「九条俳句」が三橋公民館(同市大宮区)の「公民館だより」に掲載されないのは違法として市に掲載と損害賠償を求めていた訴訟を報じたことを覚えておいでだろうか。表現の不自由展再開を求める一派には「九条俳句」市民応援団も加わっている。この問題、原告勝訴にはなったが、その根拠になった判例が「船橋市西図書館蔵書破棄事件」(2001年)である。船橋市西図書館の司書が自分の政治主張に基づき、保守系作家や新しい歴史教科書をつくる会会員らの著書計107冊を廃棄した事件だ。

皮肉にも護憲派が忌み嫌う保守系作家の著作物廃棄事件が九条俳句に救ったことになる。しかし表現の不自由展支持派がこの司書を批判するとは思えない。おそらくは小躍りして司書を賞賛することだろう。「表現の自由」と声高に叫ぶ前にどんな立場の人でも「他人の権利を守ることは自分の権利を守る」ということに立ち返るべきではないか。

津田大介・あいちトリエンナーレに「愛」も「知」もなかった①」への3件のフィードバック

  1. アバター.

    いわゆる慰安婦像の隣にライダイハン像もあったなら
    皮肉が効いてますしアートと言えたかもしれませんね
    こういうのは相反する主張を同じ熱質量で展示しないとだめですね
    一方向からだとただのヘイトです

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  2. アバター

    芸術を政治ショーの隠れ蓑にするな
    何から何まで醜悪だ
    展示内容も下劣
    芸術を冒涜したことが罪深い。
    そう思っていないだろうこの主催者が芸術と文化の展覧を催すのは
    まさに芸術を僭称した政治の腐敗と詐術、偽善にのみ捧げられたもっとも非芸術的なものだ。
    このような主張をしたければ、好きにデモの許可をとって政治活動としてやればいい。

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  3. アバターA

    >しかし表現の不自由展支持派がこの司書を批判するとは思えない。おそらくは小躍りして司書を賞賛することだろう

    いや、ここは三品さんの単なる想像に過ぎませんね。私は表現の不自由展支持派ですが、土橋悦子司書の行動はどこから見ても正当化の余地がないと思っています。支持派も一枚岩ではないので、「おそらくは」ではなく、実際にそのようなダブスタを弄している人間の具体例を持ってこないと説得力がないです。

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