学術・研究:部落探訪(105) 神奈川県海老名市本郷下河内“根村”

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

今回は神奈川県海老名市の部落にやってきた。海老名市は神奈川県のど真ん中にあり、交通の要所であるが、車や電車の乗り換えで素通りすることが多い街だ。

部落はその中の「本郷」とい地域にあり、相模川の河岸段丘のそばにある。

今回も動画でお伝えする。今夜9時30分にプレミアム公開だ。ぜひチャンネル登録を。

部落の名前は記録によれば「下河内しもごうち」。世帯数は15。生活程度は極端に悪くなかったらしい。なお、同和地区としての扱いはされておらず、海老名市民でもここが部落と知る人はほとんどいないだろう。

地名は「本郷」だが、地図には下河内というバス停があるので行ってみた。

バス停の近くに祠があるが、これは稲荷神社で、部落とは関係なさそうだ。

周辺は田畑や工場、資材置き場等がある。

この辺りには「吉川きっかわ」「清田」という表札が掲げられた豪邸がいくつかある。

部落にも豪邸があることはあるが、同和地区において貸付金で建てられたいわゆる「同和御殿」や、そのほか公共事業で儲けた人や、都市化により地下が上がって金持ちになった人というパターンが多い。しかし、この辺りの豪邸は昔ながらの大地主という佇まいで、部落の家にには見えない。実際、部落はここではない。

近くに下河内公民館があるが、これは部落の公民館というわけではない。

公民館から少し北に進むと「太鼓製造元 廣﨑賢太郎商店」という看板が現れる。太鼓と言えば昔からある皮製品。皮といえば部落産業というイメージがあるが…

「八代目」との文字が残る、古い電柱看板。実際、この太鼓店は創業320年で、明治以降にできたようなものではない。本物の、由緒ある太鼓店だ。ここまで歴史ある太鼓店は部落でも珍しいと思う。

太鼓店の近くに神社を見つけた。もしや白山神社かと思ったが違った。「第六天宮」とある。近くの住民に聞いたところでも、これは個人的に祀られているものだそうだ。白山神社がどこにあったのか知っている人もいなかった。

太鼓店の裏手には野菜の直売所が。

この辺りには「ひろさき」という表札の家がいくつかある。「廣﨑」だったり「廣嵜」だったり、漢字にバリエーションがある。

そして、この付近で少し興味深い伝承を聞くことができた。これについては、Youtubeの動画で解説している。

さらに進むと、段丘沿いに10軒前後の家がある場所が現れた。ここも部落内と考えられるが、ごく普通の農村で、見た目では部落とは全く分からない。

段丘近くに祠のようなものを見つけたが、これはおそらく稲荷神だ。

この部落は『人権のとも』2008年8月15日号に「海老名A地区」として紹介されている。この稲荷神について白山神社ではないかと書かれている。神社明細帳によれば白山神社は廣﨑賢太郎商店の近くにあったはずなので、これは無関係である可能性が高いだろう。

ただ、白山神社が稲荷神社に途中で変わっている例は他の部落で見られるので、白山神社がここに移設されて稲荷神になった可能性もゼロではない。

さきほどの稲荷神から道を挟んだところに、墓と石碑があった。どうやら戦争で亡くなった方の墓らしい。

稲荷神と石碑の間の坂道を登ると、墓地が現れる。

ここも神奈川県の他の部落と同じく、日蓮宗であることが分かる。

部落は解体されて消えていくとは限らず、部落が残りつつ、差別が消えていくことが分かる。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(105) 神奈川県海老名市本郷下河内“根村”」への10件のフィードバック

    1. 惣兵衛

      本郷から姿を消した中川家の関係者の方ですか?
      やっぱり平塚田村に移転されたんでしょうか?
      この地は馬入川を挟んだ田村との交流が非常に色濃く見えます。

      この本郷神社に合祀した白山の元宮の石祠が、へっぴり坂の下手入口に残ってますよね?
      (ストビューでも見える)
      へっぴり坂の下手 → 本郷6308番(明治17) → 本郷神社合祀、の流れで良いのでしょうか?

      太鼓店を含めた本郷6300番台(つまり下河内/神崎)付近の家は、
      えいぞうの坂を北限、へっぴり坂を南限とした4600~4700番台(つまり根村)の本来のムラが、
      解放令以降に一部移転してきたものと見てますが、如何でしょうか?

      情報お持ちでしたら、ご教示頂ければ幸いです。

      返信
      1. 鳥取ループ 投稿作成者

        ストビューで見える白山の元宮の石祠ってどれでしょうか?
        できればアドレスを教えてくださいませ。

        返信
  1. 音野

    関西出身なのでやはり食肉といえば部落産業のイメージが強いです。
    鳥取ではそのようなことはないとのことですが、関東でもやはり食肉が同和地区に
    直接結びついてることは少ないんですかね。
    あと大阪のタケダハムは部落企業です。
    東京の武田ハムは部落と関係ないと思われる。

    返信
  2. .

    東京の武田ハムの加工品工場がある千葉県香取市谷中字神ノ後2208-1、ここは白山神社や松本太鼓販売店や東太鼓工房のすぐそばですね。

    部落解放同盟千葉県連合会に武田さんがいたような、いなかったような。

    返信
  3. .

    氷室京介の実家は群馬県高崎市倉賀野町の肉屋ですね。

    中森明菜の実家も埼玉県志木市幸町にルーツのある肉屋。

    返信
  4. 土淵正雄

    高橋・松本という苗字は僕の住んでる地域ではほぼ間違いなくあたりです。松山は在日。もしも僕の地区の街に来られたときは参考にどうぞ。

    返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(299)茨城県 下妻市 高道祖

今回は、下妻市の高道祖(たかさい)の部落を訪れた。かつての部落名は田町。10戸の部落があったとされる。 白山神社を目印に現地に向かったのだが、その神社はアイキャッチ画像の通りである。もしかすると、白山神社が撤去される真っ […]

学術・研究:部落探訪(297)茨城県 古河市 諸川 西部

部落と言われてもピンとこない茨城県でも、どこが部落かといった地元での伝承は存在する。ただし、それらは不正確であることが多いので、文献に基づいた検証が必要である。そのような検証で、ほぼ間違いないと特定されたのが、今回訪れた […]

学術・研究:部落探訪(296)埼玉県 鶴ヶ島市 上広谷

小堤、下広谷、中小坂、そして今回の上広谷と狭い範囲に4つの部落が存在する。このことも興味深いが、ここには3つの市の境がある。小堤と下広谷は川越市、中子坂は坂戸市、そして上広谷は鶴ヶ島市に属する。 上広谷には鶴ヶ島市唯一の […]

学術・研究:部落探訪(295)埼玉県 坂戸市 中小坂

菊池山哉の『長吏と特殊部落』の、名細(なぐわし)村下広谷を解説した部分に「ここには、三芳野村の原村と、名細村小堤との三つの曲輪が、一つになって居る」という記述がある。 下広谷と小堤は既に探訪済みなので、「原村」を訪れた。 […]

学術・研究:部落探訪(294)埼玉県 日高市 女影 北口

菊池山哉の『長吏と特殊部落』には、こうある。 入間郡、高萩村、北村、□□○高萩村と言ふよりは女影(をなかげ)村に近い。多くの村が、鎌倉を受け南であるのに.この曲輪のみは、北村であり。俗に北口とも称へて居る。○白山神。○六 […]