学術・研究:部落探訪(8) 特別編・滋賀県草津市木川町(後編)

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

木川新田きのかわしんでんには、これといった名物というものはないのだが、飲食店が2軒ある。

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1つは、旧草津川の堤防近くにあるお店。「めし」と書かれた赤ちょうちんが目印だ。看板は出ていないが、屋号は「花」である。この店は、「ぐるなび」や「食べログ」にも載っていない、穴場中の穴場だ。

改良住宅に増築しているように見えるので、共産党の市議会議員から「公営住宅を勝手に改造していいのか」と市議会で質問がされたことがあったそうだ。しかし、改良住宅は持ち家の代替だし、住宅そのものを改造したわけではなく、あくまで継ぎ足しただけなのでセーフ、というのが市の判断のようである。

営業時間は11時から19時までで、定休日は金曜日。非常に入りにくい雰囲気だが、中はアットホームな食堂である。メニューはうどんやオムライス等。味については…実際に行って食べてみてのお楽しみである。「酔っぱらいの相手は嫌や」から、飲み屋としての営業はしていないという。

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もう1つが、「部落料理」のメニューで話題になったことがある「じんじん」である。

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部落料理だけでなく、沖縄料理や朝鮮風料理もある。日曜、祝日は休みで、営業日は11時30分から14時まではランチメニューで、18時から21時までは飲み屋として営業している。もちろん昼から酒を呑むのもOKだ。

部落料理とは言っても、新田の郷土料理というわけではない。新田は人夫の部落で、食肉産業はなかった。センマイやさいぼしといった物は、滋賀では近江八幡の末広の名物である。

しかし、名古屋の「とんやき でらホル」に決して負けていないどころか、むしろ「じんじん」の方がある意味本場と言えるだろう。仕事などで草津に来る事があれば、ぜひ立ち寄るべきである。

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地元の寺、笠堂寺りつどうじは関西の部落には多い、真宗大谷派の寺だ。「滋賀の部落」によると、この寺は同じく草津市内の部落である橋岡にあったが、1916年にこの地に移転されたという。

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こちらは神社。明治神社の名の通り、祭神は明治天皇である。1917年に作られた。

木川新田にある寺院はいずれも比較的新しい時代のものだ。今の村が出来上がったのはむしろ近代以降のことなので、地元住民によれば木川新田は部落とは言えないのではないかという説もある。筆者もその考えには同意で、前回でも述べたとおり、木川新田の起源は「スラム」である。

しかし、「滋賀の部落」によれば近世からの部落であった隣の西一地区から見下されていて、通婚もなかったと書かれている。ある西一地区の住民によれば、確かにその通りで「新田の子とは付き合うな」というような事を親から言われたこともあったという。ちなみに、「滋賀の部落」によれば西一地区は滋賀県内の部落では一番裕福な方だったという。

部落差別というと「穢れ観念」や「迷信」が原因と言われるが、決してそうではなくて、やはり所得格差や生活実態にこそに原因があるのではないかと考えさせられる。

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地元の隣保館、新田会館(ほほえみの館)は以前は市が直接運営していたが、今は地元NPOによる指定管理となった。ただ、このNPOについては、地区の一部の住民の内輪の会のようになっていて、他の住民が関わりづらいといった声が聞かれる。

また、新田では、以前は全員が部落解放同盟に加入していたが、現在は入ったり入らなかったりという状態になっているという。

実は一部住民の間で話題になっている「みの虫人生」というブログがある。このブログには「旧部落民が仕切る町内会を脱会した理由」といった直球なタイトルと直球な内容の記事がある。要は部落と知らずに新田に引っ越してきたものの、町内会の運営をめぐって揉めて、町内会を脱退し、その後村八分状態だという内容だ。最近では、この村八分が人権侵犯事件であるとして大津地方法務局に救済を申し出たようである。それでも、かれこれ10年以上木川新田に住み続けている。

このブログを作成した人物について、地元住民からは「偏屈で融通の効かない爺さん」という評価もあれば「言っていることは一理ある」という評価もある。ずっと一人の人間が町内会長になっていたのは事実で、お金の問題についても地元住民はあまり口を挟まなかった。しかし、「みの虫人生」運営者がしつこく指摘したことで、町内会の金が当時の町内会長によって私的に使われていたといった事実が明るみになった。現在は町内会長は変わったが、それでも以前の町内会長の身内により町内会が運営される状態はなかなか変わっていないという。

また、近隣住民からは地元の小学校は荒れているといった話も聞かれたが、ある住民は「今は子供も大人しいもんや」と語る。

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「属地主義」の木川新田であったが、部落には集合住宅も立ち始め、「部落民」でない住民も増え始めている。また、地区のあちこちにある空き地は草津市の土地であり、いずれ民間に売却されるだろうと言う話もある。

この部落も、着実に変わっている。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(8) 特別編・滋賀県草津市木川町(後編)」への3件のフィードバック

  1. 流し雛

    筋煮込みは「部落料理」だったんですね…
    ちょっとこぎたない店が作ってた事に納得行きました

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      何が部落料理かというのは、かなりいい加減なことなので、真に受けないでください。

      返信
  2. 音野

    じんじんはお昼のおしながきも夜食べれますよ。
    人柄の良いおばちゃんがやってます。
    大阪ならチェーン店でもかすうどんが置いている店がありますが、
    滋賀県ではなかなかありませんね。

    返信

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