曲輪クエスト(441) 栃木市大平町榎本 旭

カテゴリー: 曲輪クエスト | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

この古村については、部落解放同盟栃木県連合会および同女性部が作成した、『被差別部落の民俗 北関東―農村大平町榎本の事例』という小冊子に詳細な記録が残されている。

この冊子は武蔵大学教授の宮本袈裟雄氏の科研費による研究成果をまとめたものだそうだ。

現地を訪れると、冊子の写真とほぼ同じ風景が残っていた。

実は、この白山神社はもとからここにあったものではない。「同和地区文化遺産調査」により神社の歴史的価値が知られ、住民が寄付を集めてこの地に移したという。

神社の近くにお食事処があったので入ろうと思ったが、惜しいことに定休日だった。

移される以前は、今は屋敷神が残っているこの場所に白山神社があった。しかし、これも戦後にお参りしやすいようにということで移されたのだという。

もっと前はこの食品工場の裏手にあったそうだが、今は草木が生い茂って近づけなくなっている。

この白山神社は字体に特徴がある。明朝体でかっこいい。

虫歯にご利益があるそうで、供えた赤飯は「虫歯の薬」と言われたという。

いにしえの記録によれば昭和初期に40戸ばかり。多くの家は農家だった。昭和52年には56戸まで増えたという。

白山神社の脇の道を歩くと、舗装されていない道を見つけた。冊子では「旭の旧道」として写真が掲載されている。

それにしても、この冊子は驚くほど詳細だ。戸単位で古村の範囲が分かる地図があり、古村の家一軒一軒について説明がある。個人情報クレーマーがうるさい現在では、こういったものを作るのは難しそうだ。

そして、この通婚圏の記録は今後のクエストの参考にもなるだろう。

古村の詳細な地名は「榎本小字旭」となる。

かつての小字名は南であり、今でも登記簿には南の記載があるそうだ。それが、戦後に旭と変わった。旭はいかにも昭和の始め頃のネーミングセンスである。

このリサイクルショップの前に「カセイバ」があった。大正13年に作られた、民間の牛馬の処理場である。斃牛馬の皮を取るほか、当時は肉も売って利益を得ていたという。昭和30年代に廃業し、昭和40年代の土地改良に伴って建物が解体され、今は跡形もない。

古村の一角に古いニコイチがある。この地で同和事業が始まったのが昭和47年というから、これはその時期のものだろう。

戦前には水平社運動があり、同盟休校(抗議のための子供の登校拒否運動)がされたこともあったという。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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曲輪クエスト(441) 栃木市大平町榎本 旭」への3件のフィードバック

  1. 匿名

    ここから北東に白山神社がある隣の小山市南小林も被差別部落なんだが通婚が無いのは部落解放同盟関連か。

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  2. .

    解放同盟栃木県連の委員長は「地区外」なのに、いいんですか、こんなに派手にアウティングしちゃって。

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