5月29、30日の両日、佐賀市で「部落解放・人権確立第43回全九州研究集会」が開催された。内容はいつも通り内輪のテンプレ話だが、驚いたのは参政党と交流がある鈴木宣弘東大院特任教授が記念講演をしたこと。陰謀論、疑似科学に染まった“覚醒系市民”から支持される学者の講演とは部落解放同盟も目覚めたのか⁉
議員、行政、企業が 総動員され開催
部落解放研究全国集会、部落解放・人権確立全九州研究集会は部落解放同盟が主催する大イベントだ。記念講演と各テーマごとの分科会という構成である。同盟員だけではなく各地から議員、行政職員、企業が動員されており、報道によると今大会は約3700人が集まった。参加費5千円だから単純計算で1850万円の収益になる。
かつて集会の討議テーマは不動産業、身元調査、旧2ちゃんねるが中心だったが、最近では示現舎批判が最大のコンテンツになった。また以前は「某政党」と明言を避けた日本共産党批判があったものだが、「野党共闘」という関係上のためか、あまり聞かれなくなった。
この通り多少、内容の変遷はあったとしてもおおかた「いつもの顔がいつもの話」というのが解放研である。
しかし今回、鈴木宣弘東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授が「タネと食と命と人権」と題し記念講演を行ったのは注目に値する。
農業問題、特に無農薬、オーガニック推進などで鈴木氏はオピニオンリーダー的存在。参政党とも関係が深い。
なにしろ参政党の農業政策、またはオーガニック系の主張は非科学的とたびたび指摘を受けてきた。
同様に鈴木氏の著作や論文等は煽情的で、誤りも多い。『文藝春秋』(2023年4月号)「日本の食が危ない!」は農業技術通信社が運営する「AGRI FACT」では「鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」との連載で検証された。
こうした外部の指摘に対して鈴木氏が説明、再反論した痕跡はなく“スルー”で通している。
では解放同盟との相性はどうだろう。
単純に右派左派の立ち位置でカテゴライズできる人物ではないが、強いていえば反米保守で伝統主義だろう。この辺りも参政党の党是に通じる。従来の解放同盟人脈とは毛並みが異なる人物なのだ。
とは言え鈴木氏が主張してきた改正種苗法の反対派、無農薬有機栽培の推奨、反TPPなど部落解放同盟が加盟する「平和フォーラム」の取り組みと一致している。また反TPPは旧民主党政権で農水相を務めた山田正彦氏がけん引役でありリベラル色が濃い。こうした背景からすると鈴木氏と解放同盟は共有できる理念があるかもしれない。
一体、彼は何を語るのか? 当日、会場で配布された講演レジメを入手したが仰天した。
解放集会で 驚愕の 江戸時代賛美
農産物輸入を推進した結果、日本の農業が衰退化し、食料自給率が下がったとする話の流れで
鎖国をすれば自給率は100%なのだからー江戸時代の見事さ
世界が絶賛した江戸時代の見事な循環経済
と説いた。しかも幕末の思想家、吉田松陰の格言「外に媚び、内を脅かす者は、天下の賊である」を引用したのも印象的。解放運動家よりも民族派が好む檄文だ。
解放同盟の歴史的背景を考えると「異例」というレベルではない内容だ。多くの人は被差別部落民は江戸時代の身分制度「士農工商」の下に置かれた「えた非人」が由来だと教えられたのではないか。だが今では否定された説だ。しかしメディア等で「士農工商」という表記があった場合、解放同盟から抗議を受けることもある(下記記事を参考に)。「士農工商」自体が被差別階層につながる用語という位置付けだ。
正確に言えば鈴木氏のレジメは江戸時代の政治体制について賞賛したものではない。それでも解放集会で「江戸時代の見事さ」なる文言が示された。これ自体が珍事という他ない。
それからレジメに吉田松陰像を「救国の象徴」の如く掲載されたのも大きなインパクトだ。吉田松陰が幕末維新の理論的支柱であるのは説明不要だろう。明治の元勲、伊藤博文らの師である。
伊藤博文は初代韓国統監で朝鮮支配の権化として左派から忌み嫌われる。こうした関係上、吉田松陰は軍国主義、帝国主義の根源として嫌悪されるものだ。
動員された議員、自治体職員、企業関係者はともかく、だ。同盟員または左派の参加者ならばまず江戸礼賛・吉田松陰は不快な存在に違いない。違和感を覚えた同盟員は少なくなかっただろう。
覚醒系の ヒーローとしての 鈴木宣弘
解放集会に鈴木宣弘が登壇という現象。興味はまだ尽きない。
インターネットの普及によって「ネットで真実を知った」という人々が増殖したのはご存知の通り。この文言は現在、「覚醒した」に変化した。
「覚醒」なる文言が浸透した背景はここ数年の政治状況と無縁ではない。
コロナ禍における反マスク・反ワクチン活動家・支持者、あるいはトランプ元大統領信奉者、オーガニック論者の間で「覚醒」はスローガン、精神昂揚として使用されてきた。
つまり「日本は世界の影の権力(DS)に支配、蹂躙、搾取されている」ことをネットやインフルエンサーによって気付いた=覚醒した、といった思考パターンだ。
これが「覚醒系」という面々である。覚醒系の主張はおおかた陰謀論、疑似科学を基礎にしたもの。当サイトでもたびたび扱ってきたDS(ディープステート)は最たるものだ。
覚醒系が理論的、精神的支柱にする人物の中にはれいわ新選組・山本太郎代表、参政党・神谷宗幣参院議員、立憲民主党・原口一博衆院議員、元外交官の馬渕睦夫氏などがいる。そして鈴木氏もその一人なのだ。
ここ最近、反WHOなど覚醒系のデモが頻発している。日米合同委員会抗議デモ(3月28日)もその一環なのだが、賛同人に鈴木氏も加わっていた。覚醒系の間ではカリスマ視される人物も多数。到底、学術的・科学的とは思えぬ面々だ。そこに東大教授・鈴木氏が名を連ねている。
この陣容に鈴木氏が加わるのも当然の流れである。覚醒系たちが最も重視する政策が「農業」なのだ。それも無農薬、有機栽培というオーガニック信仰。参政党がジャンボタニシ農法を推奨し、炎上した騒動を覚えているだろうか。著者もレポートした。
【参政党研究】 党員の「ジャンボタニシ 農法」大炎上で 見えた 危うい 農本主義信仰
本稿で覚醒系たちは農村社会への回帰願望、または農本主義があることを指摘した。そこで理想とするのが江戸時代なのだ。
「江戸時代は循環型社会」「江戸時代はエコロジー」「江戸時代はリサイクル社会」
だが江戸の農民が環境配慮、循環型、オーガニックなどと意識して農業を行っていたはずがない。当時、効率的な農法が現在の常識からは「循環型」のように見えるだけ。農機具、肥料もない時代の工夫である。そうした困難に目を向けず、一部分だけを取り上げ「江戸時代は循環型社会」と考えるのは夢想、現代人の放漫としか思えない。
信奉者たちは「作物→消費する→糞尿を肥料にする→作物」というプロセスを「江戸は循環型」と憧れるのだろう。ただし自身が肥を集め農業に従事すわけでもない。自然農法、無農薬を訴えるオーガニック系市民にありがちな「アナタやる人、私食べる人」というものだ。
江戸時代賛美、江戸時代回帰も覚醒系によくある主張だ。そこで鈴木氏の講演会内容の意味が大きくなる。
「江戸時代の見事さ」「江戸時代の見事な循環経済」という主張は本来、同盟員に向けられる説ではない。「日本の先人たちは偉大だった」「伝統の心」など覚醒系へのリップサービス、自己啓発なのだ。解放同盟のロジックからいえば「先人は偉大」「伝統の心」などありえない話。解放集会で江戸賛美をすることの異様さがご理解いただけただろうか。
まだ指摘したいことはある。実は部落問題という観点からしても「覚醒系」は本来、放置できない現象なのだ。
2018年5月から4回に渡って筆者はルポ 陰謀論者の楽園 「田布施システム」を発表した。かいつまんで田布施システムについて説明すると明治維新の頃、田布施に住む部落民の青年が天皇とすり替わり支配層となりユダヤ資本など外国に操られるといった陰謀論だ。
田布施システムについてレポートした動機は当時、右派左派問わずネットで盛んに広まったことがある。また解放同盟一部で部落に対する偏見だと問題視されたことも関心を持った理由だ。
「普段は解放運動に理解がある人権派までが田布施システムを信じている」
こう嘆く同盟員もいたほどだ。そして現在、覚醒系といわれる面々でも田布施システムは支持されている。
「迷信や非科学は偏見を助長する」と主張してきた解放同盟にとって、覚醒系は決して相容れないのだ。ましてや覚醒系の理論的支柱となった鈴木氏は部落解放同盟とミスマッチ、どころか水と油だったかもしれない。
言うまでもなく農業問題、食糧危機とは日本全体の問題である。それはもちろん解放同盟にとっても、だ。しかし農業への問題意識は共通したとしても鈴木氏の主張やアプローチ、人脈は解放同盟と別次元、別路線である。
農業危機がメインテーマの講演にしても他に適任者はいそうなものだが、まさかの鈴木宣弘とは興味が尽きない。鈴木氏起用の裏にもしや覚醒系同盟員がいたとすれば今後の解放運動にどんな影響をもたらすだろうか。